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US : Judee Sill




俺には自分の精神状態によりけりで、音楽がまったく良く聞けない時がある。皆にもあるだろう。それは2.3日ほど続き、とある曲をきっかけに心が晴れる。音楽の波に攫われる瞬間だ。
例えば、去年の梅雨だった。

分厚い雲とどうしようもない雨の中、俺はブートレッグの聖地 西新宿に居た。
騒がしい雑居ビルの並びからいくつかブート屋が視界に入る。

『STRANGE LOVE RECORDS』
Velvet Undergound のファーストアルバム、アンディーウォーホルのBANANAが大きくプリントされた看板を掲げている。

新宿の商業的、退廃的なエネルギー感の中で一際存在感を放っているその看板は、やたらと雨が似合っていて妙な親近感を覚えた。

雑居ビルの2階、入店してすぐそれは起きた。


埃を被ったスピーカーから聞こえる美しいメロディに、強烈に惹かれた。
湧き出る好奇心が分厚い雲を容易く突き抜け、立ち込めた陰鬱をブチ破り、俺は久々に高揚した。


"音楽って良過ぎる"


これだけ読むと、泣きたくなるほどに単純だが
明らかに俺は単純にできていた。
何も買わずにCD屋を飛び出して、ヘッドフォンに頭を埋める。





Judee Sillはアメリカ西海岸のフォークシンガーソングライターで今や伝説と呼ばれているらしい。
彼女が生前、出したアルバムは2枚だけだった。

Judee Sill / Judee Sill (1971)


HEART FOOD / Judee Sill (1974)


バッハやゴスペルなどにルーツを持ちながら、彼女はフォーキーであり、ブルージーであった。
凝ったバンドアレンジ、ロマンチックでムーディーな楽曲の数々に俺はどんどん惹かれていく。






だが、この2枚のセールスはそこまで伸びず、そのことが主な原因でドラッグ漬けになってしまった。
そして、3枚目のアルバム製作中にコカインの過剰摂取で彼女は生涯を終えた。




人気がないと精神を病んでしまった約50年前の音楽に
俺は励まされたのか?救われたのか?
彼女は売れるために、有名になるためだけに この2枚のアルバムを作ったのだろうか?
音楽を作ることによる自分の充実はなかったのだろうか?



俺は個人的に他人の評価は二の次だと思う。芸術、感情表現は 物となったり、なにかしらの形を得た時点で、作品として完結しているという認識があるからだ。
作ることには評価以前の価値があると思う。


死んだ後も世界は続く。
CDやレコードは進む時代の中に物として残る。
良い音楽は時代を越えて届く。




今でも詳細な気持ちは未だ正確な言葉にならないが、あの時 西新宿で味わった突き抜ける様な爽快感だけは忘れないだろう。




MK D


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