19/11/18
いずれ人は死ぬものだと、頭ではちゃんと理解していた。小さくて薄い身体。その中に入っているであろう、僕より小さな胃。その中にラーメンを詰め込んでいく君ですら、いつか死ぬんだと理解していた。
濃厚で、ベジタリアンに蹴りを入れるくらいの動物性の旨味がたっぷりと詰まったスープがゆらゆらと揺れる。中に入っていた麺ならとっくに消えていた。久しぶりだったから、慌てるように食べてしまった気がする。おかげ様で僕の丼の中は短く千切れてしまった麺しか残っていない。
ラーメンを啜る君の前で、携帯をいじるフリをしてカメラの録画ボタンを押す。時折店内を不思議そうに見回してコップに注がれた水を一口。麺をすすっては浮かんだネギをちまちまと拾って口に運ぶ。僕が分けてあげた煮卵が箸に突かれてぷかぷかと逃げる。そんな当たり前の動作一つがこんなにも愛おしいものだとは思わなかった。こんな当たり前のことを撮りたがる自分がいることも知らなかった。
携帯の中で君が動く。現実とシンクロしながら、ゆっくりとデータ化されていく。
『美味しい?』
口だけを動かしてそう言うと、ほんの少し眉を潜めて頷かれる。もっと良い顔しなよ。出来るでしょ。ほら、昨日作った肉じゃが。あれ食べた時もっと美味しそうな顔できてたじゃん。何でそんな変な顔するんだよ。
声を出さないように笑って録画の終了ボタンを押す。ピコンと鳴った音にすら、君は気付かないまま。
いつか君も死ぬんだと、頭ではちゃんと理解していた。この思い出だって君と僕にとっても何でもないようなことで、人に話したところで何か影響を与えられるわけでもない。だけど"永遠"という呪いがかけられるのだとしたら、僕はラーメンを啜る君を見られる今。この時間にしたいと思う。
『美味しい?』と聞いて美味しくなさそうに頷く君。それを何度も繰り返して寂しさに似た幸せを噛みしめる。そしてモノを食べる君を見ては、いずれ君が死ぬことを思い出してじんわりと目の奥を温めるんだ。
せめて君が死ぬ時、今日食べたラーメンの味や店内の匂い、そして僕の姿が一つでもいいからその身体に残っていればと思う。生きる糧としてほんの少しでも貢献して、君の人生に僅かながらの思い出を添えさせてほしい。
そして、これは僕の我儘でもあるけど
いずれ君は死ぬものだと、頭ではちゃんと理解している。けれど。
生きるだけで辛くなるこの世界の中で、君と食べたラーメンの味だけは僕たちの中で生き続けてくればと思う。
君が両手を合わせる。
神への祈りにも似たそれを真似するように僕も手をあわせる。君にとってはただの食事の終わりを告げるもの。ただ、僕にとっては君への願いに似た呪いだった。
「ご馳走様でした」