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カフェから見える生活

ケーキを食べながら読書ができるほど、器用じゃないからケーキを食べてから読書をしようと思っていたのに、ケーキを食べただけで胸いっぱい。いや、これは胸焼けか。
二つ隣に座る大人しそうな男性はその店の常連っぽくて、店員さんに「今日は、ほうじ茶じゃないんですね?」と言われていて、恥ずかしそうに「今日は、アイス珈琲の気分なんです。インスタでここのドリップアイス珈琲の写真を見て飲みたくなって...」と答えている。
また、ある女性の常連さんは、店員さんの髪色が変わっていたことを褒め、またある人は「昨日ぶりですね。」なんて言われている。
私はそんな情景にいいなあと思いながら、私が店員さんに覚えられたら、きっとこの店にはもう来れないだろうなあとも思っていた。それは私が人から干渉されるのを苦手とするからなのか、嬉しいような恥ずかしいような、こそばゆい感じに耐えられそうにないからなのか。
私は、そんな控えめでコソコソと話す会話を聞いたり、聞いていなかったりしながら読書をする。また、本の区切りのいいところで目線を上げて、窓から見える、人の通りを眺めていたりする。そこで私はふと生活だなあと感じる。大人しそうな常連の男性、如何にもカフェ好きそうな女性、友達同士でこそこそとお喋りしている学生、それぞれにそれぞれの生活があるし、髪を染めた店員さんにも店員さんの生活があって、足早に歩いていくスーツ姿のサラリーマンにも生活がある。もちろん私にも私の生活がある。その生活の一部を私は今覗いている。その温度を少しだけ感じている。なんて素晴らしいのだろうかと思えた。なんだか泣きそうだった。心臓がどきどきして、世界の端っこで、この世界の綺麗なところを少しつまんで、食べているみたいだった。
ケーキを食べ終わり、最後はミントアイスラテをゴクゴクと飲み干してカフェをでた。夏特有の蒸し暑さでクラクラした。すぐそばの横断歩道を渡れば、コンビニの前で何人かのスーツ姿のおじさんたちが煙草をふかしていた。そのスーツ姿のおじさんたちとカフェにいた常連さんたちは、なんだか不釣り合いで交わってない感じがする。しかし、どちらも夏の蒸し暑い中、休憩をしている。その温度と色が同じで、交わっている感じがした。私は、蒸し蒸しする夏の中、コーヒーのほろ苦い後味を味わいながら確かにそう感じた。

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