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『ショウ・マスト・ゴー・オン』の変遷

0. はじめに

2022年に再演された『ショウ・マスト・ゴー・オン』は三谷幸喜主宰の劇団、東京サンシャインボーイズによって初演された作品であり、以下のような歴史をたどる。

1991年6月13-17日 初演(下北沢本多劇場)
1992年4月30日 TV版放送(フジテレビ)
1994年4月1日-5月1日 再演(新宿紀伊國屋ホール、天神都久志会館、上本町近鉄小劇場)

※TV版では劇中劇がマクベスから忠臣蔵に置き換えられている。
※1994年版の再演はNHKで放映された映像が2016年にDVDとして発売されている。

2022年の再演では設定が現代的に置き換えられ、東京サンシャインボーイズの劇団員である小林隆以外のすべてのキャストが一新して上演された。

また2022年の公演では、脚本・演出である三谷幸喜が合計4人の登場人物の代役を務めた。

11月7-13日(福岡)、17-20日(京都):万丈目充(小林隆の代役)
11月25日(東京):久野あずさ(シルビア・グラブの代役)
12月6-11日(東京):鱧瀬(浅野和之の代役)
12月24-27日(東京):進藤(鈴木京香の代役)

ここでは22年版において変化した点、またその変化によってもたらされた効果について述べたい。

1. 登場人物の変化

1-1. 性格・設定が変化した登場人物

  • 進藤(舞台監督)
    94年版では男性・22年版では女性。そのキャラクターも大きく変化している。
    94年版の進藤はあまり真面目には見えない。暇があればウノをしており、嫌味も言う。しかし舞台が上演されている間の仕事ぶりは目覚ましい。
    22年版では嫌味な要素はかなり薄まっている。94年版から引き継がれたセリフからシニカルな印象は受けるが、基本的には周囲によく目を配っている。
    94年版の進藤には妻と息子がおり、妻とは離婚寸前。開演前に喫茶店で話していた妻が公演中に殴り込みに来る。仕事を詰め込み過ぎて息子の名前を忘れていることによって妻の怒りを買う。
    22年版でその妻と同じ役割を担っているのが、進藤の恋人である浅倉。浅倉は進藤の家から荷物を引き払おうとしており、進藤は引き止めたい。進藤は浅倉に他に恋人がいることに気が付いていない。

  • 木戸(舞台監督助手)
    キャラクター自体に進藤ほど大きな変化は見られない。
    大きな変更点として、「4歳の息子がいる」と明言されている。この設定によって、七右衛門が馬の玩具を作る→馬に乗って進藤がジャンヌ・ダルクとして舞台に出る、という流れが22年版から追加されている。

  • 番場のえ(舞台監督助手)
    大きく変化しているのは浅倉との恋愛関係。その間接的な表現として「そうであれ」という口癖が追加されている。のえは94年版のラストでもお洒落をしてこの後の予定を匂わせている。

  • 宇沢萬(役者)
    94年版では老体のため体力がないという設定。22年版では酒に弱すぎる・極度の緊張という設定。アドリブが効かないという設定は共通。
    94年版では大ベテランの役者という設定のため、他の役者やスタッフが畏怖しているが、22年版ではそれほどの印象は受けない。むしろ宇沢の方が迷惑をかけていることを気にしており、開演前に舞台袖の様子を見に来たりする。

  • 久野あずさ(役者)
    94年版では男性で、女装して舞台に立っている。91年の初演では女性が演じていたため、22年版で女性に戻った。
    94年版ではかなり嫌味な部分が多く、スタッフへの当たりが強かったが、22年版では愛嬌があり親しみやすい印象。八代を下ろした進藤のフォローに回る場面もある。家族に夫と娘がおり、一度離婚している様子。

  • 八代平次(役者)
    キャラクターは94年版に近い。94年版では全身ジャージだったが、22年版では寿司屋の制服(寿司屋でバイトしているらしい)。22年版では久野あずさと仲が良くなっている。

  • 大瀬(社長)
    94年版では「小屋主」という設定だが、22年版では「社長」と呼ばれており、公演のプロデューサーの立ち位置となっている。94年版ではかなりいい加減な性格で、りんごを齧るなどの問題行為も大瀬によって引き起こされていたが、22年版ではきちんと仕事をこなしている印象。スタッフの選出やキャスティング、経費の請求など、セリフの中で責任の所在が大瀬にあることが明言される機会が増えた。
    宇沢に対してマネジメント的な立場も担っているようで、飲酒した宇沢に対して憤っている。ちゃっかりとした一面もある(七右衛門にギャラを支払わないで良いと分かったときのガッツポーズなど)。進藤とは長く仕事をしている様子。

  • 栗林(作家)
    94年版ではもう少し理屈っぽい印象。大学で英米文学を教えているという設定は変わらない。94年版では演出家であるダニエルさんの通訳の役割も担っていた。

  • 七右衛門(小道具づくりの名人)
    94年版とキャラクターは変化していない。22年版ではマクベスの首以外のものを作る場面も多い。王冠のペンダントを一人ずつに渡すようになったことで全員との関わりが増えている。

  • 万丈目充(スタッフの父親)
    スタッフである万丈目武の父。94年版の苗字は佐渡島。初演では母親だった。
    キャストが94年版と22年版で唯一共通の小林隆。そのためキャラクターもほとんど変わらない。キャストが年齢を経た分少し落ち着いた印象。

  • 中島(観客)
    94年版とキャラクターは変化していない。おそらくやくざ者である彼が舞台袖で観劇する理由として、22年版から「チラシに間違えて事務所の電話番号を掲載してしまったお詫びに招待した」と明言されている。八代が下ろされた時に最も強く進藤に反発しているが、八代が納得しているのを見て溜飲が下がった様子。

1-2. 復活した登場人物

初演(1991)にはいたが再演(1994)で消え、22年版で再び復活した登場人物について。

  • 医者
    初演では鴻池、22年版では鱧瀬(はもせ)。94年版では宇沢に注射を打つのは付き人の男だったため、医者のキャラクターは登場していなかったが、22年版では付き人が消え医者が復活した。

  • 木村さん(通訳)
    演出家であるダニエルさんの翻訳を務めている。普段は外資系の会社で翻訳の仕事をしており、演劇の現場は初めて。
    94年版ではダニエルさんとの通話・翻訳は小屋主の大瀬と作家の栗林が行っていた。

1-3. 新たな登場人物

  • 尾木(ピアニスト)
    声が小さすぎて遠くまで聞こえない。

  • 野原(製作スタッフ)
    パーカッションのパクさんのピンチヒッターを務める。差し入れのお菓子をみんなに配りきることを使命とする。七右衛門ネーム「ブルボン」。七右衛門のファンらしい(もらった紅白饅頭は配らず持って帰った様子)。

  • 警備員(3人)
    冒頭で猫を捕まえに来る警備員たち。


2. ストーリーの変化

2-1. 回収された94年版の要素

  • 進藤ー浅倉ーのえ の三角関係
    進藤の身内が妻から恋人に変化し、のえとの三角関係が追加された。この三角関係の追加によって、浅倉とのえの共通の口癖として「そうであれ」が追加され、またその伏線として久野・万丈目らの会話(久野の前の夫の浮気話)が追加された。
    この設定の追加によって、初演から存在するラストシーンにおけるのえの「この後の予定」が回収されている。

  • 宇沢の飲酒設定
    宇沢が老体ではなく飲酒によって演技に支障を来す設定に変化したため、万丈目の買ってきたビールや中島の持っていたゴッチェ・インペリアルなど、飲酒のための伏線が追加されている。
    この設定の追加によって、初演から存在する万丈目の買ってきたビールが回収されている。

  • 猫とスピーカーのコード
    冒頭で警備員たちが猫を捕まえに来る場面が追加された。この猫がスピーカーのコードが切れかかる原因となっていたことが、後半に明らかになる。
    この設定の追加によって、初演から存在する切れかかったコードの原因が回収されている(94年版ではコードが切れかかる原因は「ネズミか何か」とのみ言及されていた)。

  • バンドマンの万丈目
    94年版で佐渡島(現・万丈目)の父はタクシー運転手の設定だったが、22年版ではバンドマンに変更されている(本来ならばパーカッションのピンチヒッターを務められた)。
    この設定の追加によって、初演から存在する万丈目の叩く和太鼓が回収されている。

上記のように、22年版において追加された設定やキャラクターは、94年版から存在する要素をも回収していた。

2-2. 新たに追加された要素

  • 謙信餅
    製作の野原さんの登場により、差し入れのお菓子として94年版から存在するドーナツに加え謙信餅が登場した(現実世界における信玄餅と同じ内容)。
    謙信餅にまぶされたきな粉の存在により、
    ・宇沢がきな粉にむせる→中島の酒を飲む→体調の悪化
    ・七右衛門の望む「砂にまみれた首」
    などの要素が追加されている。

  • 七右衛門作の木馬
    木戸に息子がいる→七右衛門が馬のおもちゃを作ってやる→進藤が舞台に出る際、馬に乗ってジャンヌダルクを演じる
    という流れの追加。初演で進藤は上裸の兵隊として走って舞台に出た。

  • 七右衛門作の王冠ペンダント
    土産を欲しがる中島に作ってやったことをきっかけに、舞台裏にいる人全員に渡されている。

  • 運気を気にする進藤
    ・マクベスという名前は不幸を呼ぶ
    ・待ち受け画面の美輪様
    など進藤から切り出す話題に運気めいた内容が増えており、浅倉との関係悪化を気にしているのではないかと思われる。


3. 雰囲気の変化

22年版として、設定や雰囲気に変化したと感じる点について。

3-1. 対等な人間関係

94年版では上司が部下を走らせていたり、役者がスタッフへの当たりが強かったりと、「現場」の雰囲気の生々しさを感じる場面が多かった。一方の22年版ではそれぞれの立場がより対等なものへと変化している。
94年版で畏れられていた宇沢は、あくまでも仕事仲間の一人として描かれている印象が強い。勝手に脚本を書き換えたり役者を下ろしたりといった横暴さは94年版のままだが、公演中の様子は癖が強いとはいえスタッフと対等の立場にいるように見える。
94年版では部下を働かせて自分はウノで暇を潰していた進藤も、上下関係をそれほど感じさせない印象になっている。木戸とのえに対しても、部下というよりもあくまで「演出部」のチームの一員として扱っている。(万丈目君へのパワハラはあるが)。
また現場の雰囲気の印象を大きく変えている存在の一人として、大瀬の存在がある。94年版の大瀬は適当な小屋主で、裏方の仕事の邪魔をしていることがほとんどだったが、22年版の大瀬は「社長」として、興行を支える役割を担っている。七右衛門や木村さん、八代に対して報酬や経費の話題を持ちかける場面も多く、この現場があくまでも「ビジネス」として成り立っていると印象付けている。スタッフの選出なども決して口約束で行われるわけではなく、あくまでも社長が決めることとして進藤が話している場面の印象も大きい。
これらの細かな描写、キャラクター設定の変更によって、より2022年的な現実に即した雰囲気が生まれていたと感じる。

3-2. 「舞台裏」への祝福

22年版の新たなキャラクターである浅倉は、94年版の進藤の妻とは大きく印象の異なる人物として描かれている。
浅倉はダンサーとして舞台の仕事を続けているが、仕事に恵まれず鳥取に帰郷しようとしている。進藤がミュージカルのダンサーの仕事を探してやっているようで、スタッフには好かれているらしいが、チャンスには恵まれていない。そんな彼がこの「萬マクベス」の舞台裏の時間を経て、進藤との別れ際には「もう少し粘ってみようと思う」と言っている(これもいつものやり取りなのかもしれないが)。
『ショウ・マスト・ゴー・オン』には、萬マクベスに携わる人々と、万丈目の父や中島といった外側の視点から現場を見つめる人々がいる。浅倉は22年版で新たに追加された外側からの視点であり、且つ舞台の仕事に携わっている存在となっている。
彼が萬マクベスで働く人々の様子を見て夢を諦めないことを決めるという描写が追加されたことで、舞台裏の彼らの仕事がより意義深いものとして描かれていると感じる。
また22年版で追加された要素の一つである七右衛門による王冠のペンダントが、舞台裏で働く彼ら一人一人への労い、祝福のように見て取れる。94年版ではドライに描かれていた舞台裏の世界は、22年版において彼らへの愛と祝福に溢れたものになっていると感じられた。

4. さいごに(感想と感情)

『ショウ・マスト・ゴー・オン』という作品はとにかく楽しくて、何度観ても面白い作品でした。ずっとDVDで見ていたさまざまな場面が目の前で展開していくことが本当に楽しかった。「お先マクベス」を目の前の人間の口から聞く日が来るとは思わなかった。
そのうえ何度も見れば見るほど、その構造がより美しいものになっていることがわかり、わくわくしました。22年版でより美しく愛おしい作品になっていることをどうしても自分の中で落とし込みたくて、論文みたいになってしまった。

またコロナ禍の中、舞台公演を続けていくとはどういうことなのか、ということを目に焼き付けるような体験になりました。
偶然チケットを取っていた12月24日の夜公演、あんなに緊張して客席に座ったことはなかったですし、あんなに熱い気持ちでカーテンコールの拍手を送ったことはありませんでした。すごいものを観た。
代役という形で上演を続けることは全員の本意ではないことも承知の上で、それでも観客のために公演続行を決意してくださったすべての方々に感謝しています。

この作品が30年前に多くの人を虜にしていたこともよく知っていたので(私はまだ生まれてもいませんでしたが)、こうして自分が劇場で体験することができたことが何よりも嬉しい日々でした。
本当にありがとうございました。

私はこのまま『ショウ・マスト・ゴー・オン』の余韻の中で、流れるように『THE 有頂天ホテル』を見て大晦日を迎えたいと思います。副支配人であり元舞台監督の新堂さんは『ショウ・マスト・ゴー・オン』の進藤さんと同位体のような存在だと思っています。『THE 有頂天ホテル』をよろしくお願いします。



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