見出し画像

『今夜、宇宙の片隅で』を見てほしい


三谷幸喜による脚本の1998年の連続ドラマ『今夜、宇宙の片隅で』が一部Tverで無料配信されています。
全ての話数はFODプレミアムに登録することで見ることができます。
大事なことなので一番最初に言いました。

このドラマはVHSで発売されたのを最後にディスク化されておらず、配信でしか見ることができません。先日Tverで一部が無料で配信されていることを知りました。
すでに視聴期限が迫っている話数もありますが、これを機に一人でも多くの人にこのドラマが届いてほしいので、『今夜、宇宙の片隅で』の良さをひたすら書き綴ろうと思います。
この記事を見て少しでも気になった方は、まず無料視聴を見てみてください。さらに気になったかたはFODで全話見てください。何卒よろしくお願いいたします。三谷幸喜脚本です。その面白さは私が保証します。


1.12話かけて描かれる3人の会話劇

三谷幸喜さんの作品といえば、大勢の人たちが織りなす群像劇という印象が強い方も多いかもしれません。ドラマでは『王様のレストラン』、舞台では『ショウ・マスト・ゴーオン』、映画では『THE 有頂天ホテル』などがその一例と言えます。

しかし『今夜、宇宙の片隅で』の登場人物はほぼ4人です。主人公の小菅耕介(西村雅彦(現・西村まさ彦)、その友人であり恋敵の樋口(石橋貴明)、二人が恋する川上真琴(飯島直子)、そして日本雑貨屋の店主(梅野泰晴)。

シナリオ集の表紙に和田誠さんが描いた3人。
シナリオ集は絶版。どうして

一回50分、12話かけて描く連続ドラマで、ここまで登場人物の少ない作品は珍しいのではないでしょうか。
一般的な恋愛ドラマでは、それぞれの登場人物の家族や職場の同僚なども登場しますが、この作品で描かれることはほとんどありません。あくまでも三角関係にある3人の会話だけで物語が展開していきます。

三谷幸喜さんの作品の多くに見られるような、多くの伏線、絡み合う出来事は、それほど目立った形では登場しません。
それぞれの回に小さな事件は起きますが、現代のドラマに慣れている視聴者には展開が少ないと感じる瞬間もあるかもしれません。

しかし、この作品の面白さはそこにあると思っています。
登場人物が少なく、一日の出来事をゆっくりと描いていくからこそ、3人の心情や関係性の絶妙な変化が繊細に描かれる。一回ごとの引きが大切な連続ドラマでこのような作品を作ることを決めた製作陣の皆さんに畏敬の念を感じます。
だからこそリアルタイムで視聴していた人は他の三谷作品に比べると少なかったのだと思いますが、この作品にこそ三谷幸喜さんが本当にやりたかったことが詰め込まれているような気がしています。

2.小菅と樋口の対称性

主人公の小菅と樋口は元々同級生で友人関係にありますが、二人は対照的な性格として描かれます。
小菅さんは物語の中でたびたび「いい人」「いいやつ」と言及されるようにお人好しな性格で、頼み事を断れずに酷い目に遭うことも多々あります。頼まれもしないことにまで首を突っ込み、そのお節介さが疎まれる場面も多くあります。

一方の樋口は、とにかく「格好良い男」として描かれます。
ニューヨーク行きのビザを抽選で当てるという強運の持ち主で、英語はブロークンのノリと勢いでなんとかなってしまう。複数の女性関係を持ち、恋人の家を追われた樋口は友人の小菅の家に居候を始めます。
彼の性格はお節介な小菅とは対照的です。川上さんに対して何かしてあげようとする小菅に対し、樋口は常に「ほっといたら良い」と言います。自ら背中を追うことはせず、待ちの姿勢を取ることができる。そしてそれが「男の格好良さ」である、という自覚をしていることも伝わってきます。

二人の対称性は彼らの職業にも表れています。映画会社のニューヨーク支社勤務のサラリーマンである小菅と、カメラマンという夢を追って身一つでニューヨークに来た樋口。
二人の生き方の違いが、川上さんの目にどう映っているのか。ぜひ注目して見てほしい点です。

3.日本食材店『楠』の店主

この物語には小菅、樋口、川上の3人以外の登場人物はほとんど描かれません。しかし唯一、彼らから少し距離を置いた存在として、日本食材店の店主が登場します。
ニューヨークで日本の食べ物やお菓子を手に入れられる場所でもあり、3人が同居人たちから距離を置いて過ごすことのできる場所として、この店は重要な役割を果たしています。
この店の店主を演じるのは梅野泰晴さん。彼の演技がとにかく軽妙、お洒落で、このドラマの素晴らしいアクセントになっています。彼のウィンクは、ドラマの中でも言及されるワイルダー監督作品の登場人物を彷彿とさせます。

彼は小菅から恋の相談を受けながら、さまざまな作戦を練ります。(それが裏目に出ることも多々ある)
この店主は小菅の唯一の味方とも言えます。小菅が純粋すぎるが故に気付けない樋口の策を暴き、小菅が恋路を諦めそうになった時には「まだ終わっちゃいないよ」と彼をけしかけてくれる、この物語になくてはならない存在です。

4.小菅耕介応援上映

この物語の主人公である小菅は、とにかく全てが上手くいきません。
樋口がなんでもそつなくやってのけてしまうのに対し、彼はお人よしで、不器用で、川上さんのこととなると全てが裏目に出てしまいます。
視聴者である我々は、途中からほとんど「小菅耕介応援上映」をするしかなくなります。三谷幸喜は視聴者が応援したくなるような人間を描くのが本当に上手い。
もちろん彼自身にも悪い部分は沢山あります。姑息な手段に出ることもあるし、見ていられないと感じる場面もあります(本当に)。
でも結局応援したくなってしまうのが、三谷幸喜さんの描く人間のバランスの絶妙さだと感じます。
この「小菅の上手くいかなさ」が12話続くので、耐えられない人もいるかもしれません。でも頑張って、信じて走ってほしい。大丈夫です。三谷幸喜を信じてください。

5.音楽

この作品の音楽を担当したのは本間勇輔さん。知らない人はいない『古畑任三郎』のテーマ、『THE 有頂天ホテル』など、一時期の三谷作品を支えた作曲家です。
彼の音楽はニューヨークの香りで溢れています。第一話でマンハッタンの風景と共に流れ出すビックバンドのメインテーマには、これから始まる物語への高揚感を感じずにはいられません。
どこか『第三の男』を感じさせる旋律や、美しく切ないピアノアレンジ。
彼の音楽に彩られているからこそ、この物語は「ニューヨークのロマンティックコメディ」として完成したのだと思います。

エンディングテーマ『But Not For Me』
このドラマのエンディングテーマはフランク・シナトラが歌う『But Not For Me』というガーシュインのナンバーです。
各話の最後にこの歌が歌われるたびに、なんて美しく残酷なドラマなんだと感じずにはいられません。

They're writing songs of love, but not for me.
A lucky star's above, but not for me.

彼らは恋の歌を書くけれど、それは私のためではない。
空には幸運の星が輝いているけれど、それは私のためではない。


6.映画との重なり

主人公の小菅は昔から映画が好きで、会話の中にも数多くの映画の話題が登場します。彼の部屋に貼られたたくさんの映画ポスターもしばしば映り込みます。
全ての回に必ず一つは有名なハリウッド映画が登場し、その映画は小菅の置かれた状況に重なるように進んでいきます。

そして小菅自身もまた、この「映画作品との重なり」に自覚的です。自分の置かれた状況を自分の好きな映画に重ねるような独白がたびたび現れます。

「シャーリー・マクレーンが自殺未遂を犯した時、ジャック・レモンは、トランプをやって元気付けるんだよ」
「映画の中の話だろ」
「『アパートの鍵貸します』」

第一話の小菅と樋口の会話より

『真昼の決闘』『ティファニーで朝食を』『黄金狂時代』……さまざまな映画が登場する中でもとりわけ印象的なのは、ビリー・ワイルダー監督の作品です。

三谷幸喜さんが敬愛するビリー・ワイルダー監督の作品は、彼の映画やドラマにたびたび引用されます。たとえば『王様のレストラン』の各話の最後に入るナレーション「それはまた別のお話」は、ワイルダー監督の『あなただけ今晩は』からの引用です。
『今夜、宇宙の片隅で』は彼の作品の中でも特に強くワイルダー監督へのオマージュが為されている作品と言えます。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B09TBK98YZ/ref=atv_dp_share_cu_r

ワイルダー監督の映画『アパートの鍵貸します』は、『今夜、宇宙の片隅で』全体を通じてオマージュされています。小菅の置かれている状況から彼らの住むアパートのセットまで、その影響は随所に感じられます。
『アパートの鍵貸します』を見た上でこのドラマを最後まで見ると、きっとより楽しめることと思います。



7.「脇役」が「主人公」になるということ

僕の先祖は平安貴族だった。

第一話の小菅の独白より

第一話の冒頭で、不思議なイメージ映像がいくつも流れます。様々な時代を生きる3人が映し出される中で、常に樋口と川上が結ばれ、小菅はその隣にいる。どの時代に生きてもそれは変わることがない運命であるかのように描かれます。
この時点で、小菅は「脇役」に運命づけられていることがわかります。あくまでもラブストーリーの主人公は樋口と川上であり、小菅はその隣にいるだけの人間であると。

三谷幸喜作品には、「舞台裏」にスポットを当てた作品がいくつも存在します。文字通り演劇の舞台袖にいるスタッフたちの物語や、ホテルの裏側で働く人々の物語、映画のスタッフ、ラジオ局のスタッフ。
そして三谷幸喜が歴史を描いた作品の多くでは、「歴史に名を遺した人の隣にいた人」にスポットが当てられます。
2007年の舞台『コンフィダント・絆』では、ゴッホ・スーラ・ゴーギャンという印象派の著名な画家たちの人間模様が描かれます。しかしこの舞台で最も重要な立ち位置にいるのは、彼らと一緒にいた無名の画家、シュフネッケルでした。

彼の作品の多くで「脇役」が舞台の中心に立ちます。
決して表舞台に出ることのなかった人、スポットライトを浴びることのなかった人間が、彼の物語の中では舞台の真ん中に立ち、脚光を浴びることになるのです。

『今夜、宇宙の片隅で』もまた、「ラブストーリーの主人公になれなかった男」の物語です。
第一話の冒頭、どの世界線でも川上さんと結ばれずに脇役となってしまった小菅が、初めて「主人公」になる物語。それが『今夜、宇宙の片隅で』というドラマなのだと思います。

まるで映画だ。
僕は今、生まれて初めてラブストーリーの主人公を演じている。

第一話の小菅の独白より


彼が語る物語

※この先にはドラマ最終回の場面への言及が含まれます。ネタバレが気になる方は次の項目に飛ぶことをお勧めします。




最終回の一番最後の場面。全てが終わったかと思った後に、不思議な場面が続きます。

バーに立ち寄った小菅が、謎の紳士に話しかけられます。
彼は小菅に「まるで映画のような」自分の人生について語ります。こんな嘘みたいな話は信じられなくても無理はないと話す紳士に対して、小菅は言います。

世の中には、確かに映画のような人生もあるんですよ。

小菅は紳士にこう告げて、彼が体験したアパートでの日々を紳士に語り始めたところで、このドラマは幕を閉じます。

小菅が「語る」ことによって、この出来事が彼自身を「主人公」とする物語となったのだろうと感じる幕引きです。
彼の独白によって進んできたこの物語が、彼自身が物語の外側に立つことによって本当に完結した瞬間のように感じられて、とても好きな場面です。

映画が好きな彼が「まるで映画のような物語」の主人公になる、という一歩引いた外側の構造への目配りも感じられるところに、三谷幸喜の作品の底知れなさを実感します。


おわりに

三谷幸喜作品が好きな人の中でも、このドラマを見たという人はとても少ないような気がします。
確かにわかりやすく楽しいドラマというわけではなく、一話完結ではないのでとっつきにくい部分もあるかもしれません。
でも………見てほしい………少しでも多くの人に………
当時の視聴率が低かったなんてことは関係ありません。我々が"これから"視聴率を上げるんです。よろしくお願いします。

そして願わくば、ディスク化をしていただけませんでしょうか。そして副音声で三谷幸喜さんと西村まさ彦さんに対談していただけませんでしょうか。
私はVHSの雨に唄えばオマージュのデザインが大好きなのですが、このデザインのBD-BOXを出していただけませんでしょうか。頼みます、フジテレビさん…………。



いいなと思ったら応援しよう!