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フォーカスと実感 1(全3回)
心地よさのあるびっくり箱、えぬです。
昨年12月16日から始めたショート配信について、テキストで付け加えたいことを残していきます。
今日は12月16日の初回の分ですね。フォーカスと実感というタイトルで配信しました。
↑の音声を書き出しますね。
フォーカスするのは欲しい未来。実感は今を味わう。こうであったらいいと思う未来から、意識をそらさないこと。大切だと思う。欲しい未来に意識を置いたまま、今を実体験すること。
生きている体験は二重構造になっているなぁって思うんです。
二重、これを構成する2つの要素とは、“目の前にないもの”と“目の前にあるもの”です。欲しい未来は、それを実現するまでは、現象とか物質的にないものですよね。今現在の現象とか物質は、実体とか実感を伴っているので、目の前にあるものなんですけども、欲しい未来には持っていきたくないなっていう要素と、欲しい未来の土台になりそうだなって思える要素が混ざっていると思うんですね。
自分にとって、ためになりそうな要素と、そうではない要素が混ざっている。どうしようもない事実なんですけども、その事実に意識を向けた途端に力が奪われてしまうことってあると思います。
欲しくない現象が目の前にあるというのを見て、未来はきっと変えられない、ずっとこうなんだという意識が湧いてくることってあると思うんですね。
じゃあ、欲しい未来だけを見て、まだ現実になってないものを、さもあるように思い込んで生きていけばいいのかというと、そうではないですよね。
ある一定期間できるかもしれませんが、ないものをさもあるように振る舞うという感覚は、私たちは実体という体を持っているので、どうしても違和感を覚えてしまうと思います。
欲しいものと欲しくないものが溶けて混ざったような中を、私たちは歩み進んでいるように思うんですね。欲しい未来、まだないものを意識に置きながら、なおかつ現在に飲み込まれないように生きるには...…ここが悩ましいところです。
欲しいものと欲しくないものが溶けて混ざり合って、もうその分別もできないぐらい、わからないぐらいになっている混沌とした中を、ガッシュガッシュと歩み進める。
なんでこんなにつらいイメージがね、私って好きなんだろうなって思うこともあるんですけど、そういうイメージがあるんですね。ですけど、傍から見ていて、危機として楽しそうに確実に歩みを進めている人がいるじゃないですか。一定数いると思うんですね。
彼らは私と何が違うんだろうって考えちゃうんですね。もちろん、素質、環境、そういった違いも大いに関係するんでしょうけど、それだけじゃない。
なんかあるなーって思ってたんですね。
彼らが眩しいぐらい爽やかに、そして穏やかに欲しい未来を手に入れている。そのために大切にしている原則があるんだとしたら、そういう人たちがみんな共通して原則としていることがあるんだとしたら、もしかしたらこれじゃないかなーって思うものが3つあるんですよ。
それは、感情と行動と感謝です。
『フォーカスと実感』、一回目はここまで。
長文になると、なかなかね、読む時間を割くのって難しいなって思うことが私もあるので、一旦ここで切ります。
続きはパート2になります。
えぬでした。
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