2022年12月に観た映画
今年ラストは邦画が多め。
音楽
大橋裕之の漫画をアニメ映画化した作品。
全編が手書きのアニメーションで描かれる、男子高校生のゆるいバンド結成物語。
ツッコミ不在、マイペースすぎる不良3人組がなんだか可愛らしい。
手書きの手作り感が、バンド(=音楽)に初めて触れる彼等とリンクするように思えてくるこの作品。
スキル等の難しいことはよく分からないが、何でもやってみること、楽しむことが大切なのだ。
オフビートな笑い、独特の間、個性豊かなキャラクター達が癖になる。
岡村ちゃんこと岡村靖幸が役柄は秘密で声優として出演している、ということは聞いていたので、どこで出てくるんだろうと思いながら観ていたが…そこかよ!とこちらも思わず突っ込み笑い。
最高の声を披露してくれていた。
ケイコ 目を澄ませて
小笠原恵子の自伝を原案にした物語。
ろう者である主人公ケイコのボクシング活動を中心に、彼女の家族、ボクシングジムの人々が描かれる。
ろう者が主人公の作品は、よく作品内で流れる音を小さくしたり無音にすることでろう者の住む世界を観客に体験させる、共感させるものが多いが、今作はその逆で、例えばインターホンの音などの環境音を他の映画より上げているよう感じた。
観客が別にケイコに感情移入をする必要はないのだということ、そして安易に理解した気持ちにはさせないという意図を感じる。
ケイコだけでなく、そこで暮らすさまざまな人物が印象に残る作品である。
弟が奏でるギターと歌声、ダンスが上手な花ちゃん。
自分の娘が人を殴り、人から殴られるところをなかなか直視できない母親。
優しい眼差しでみんなを見つめるジムの会長と、奥さんの明るさ、そして林さんと松ちゃん。
淡々と過ぎる日常風景の中に、多くの美しい瞬間が確かに存在している。
ある男
平野啓一郎の小説『ある男』の映画化。
今作はファーストカットから引き込まれる。
原作では例え話で出てくる絵画、ルネ・マグリットの『複製禁止』を実際に映画の中に出すことで、より印象的・象徴的になっている。
平野氏が唱える「分人主義」が大きな軸であるのと同時に、過去作『透明な迷宮』のような、人は何を以て人を好きになるのかも描かれている物語と言える。
他人について、もしくは自分自身についても、一体どのような人間なのか、どのような過去を持つのか、実際のところは分からない。
自身の記憶すら書き換えている可能性もあるからだ。
現在分かっていることも、もしかしたら嘘なのかもしれない。
確かなのは、共に過ごした時間そのものだけである。
自分も、よく知らない人達から恋人の有無を訊かれることが煩わしくなった時に、ふざけて人によって毎回違う回答をしていた時期が以前あったことを思い出したが、今作はそんなしょうもない話ではない。
人間の分からなさ、不気味さがいつまでも余韻として残るのと同時に、ミステリーエンタメとして最上級に面白い一作である。
無自覚にそして無神経に差別を垂れ流すモロ師岡&「章良君は3世だからもう日本人よ」と言う全くフォローになってない池上季実子演じる義父母は僅かな出演時間ながら今年屈指の悪の名演。
許された子供たち
いじめ、少年犯罪をテーマにした日本映画。
いじめがエスカレートしたのち、ひとりの少年が死んでしまう場面は思わず目を覆いたくなるし、かなりエネルギーが要る厳しいストーリーである。
エンドロールに出てくる参考文献・資料の多さから、さまざまな少年犯罪について調査を行ったことが分かる。
オーディションで選ばれたと思われる出演俳優は皆知らない人だらけだが、それが説得力のあるキャスティングとなっている。
主役の絆星を演じる上村侑の眼差しが印象的。
絆星の転校先で、彼の過去を暴くクラス委員的な立ち位置の彼は少し演技が演劇的過ぎる気がしたが、それも敢えてだろうか。
少年犯罪は本人の素質の問題なのか、親なのか、環境なのか。
一体どこに原因があるのだろうか。
彼はこれからどのような人生を歩んで行くのか。
現代的なネット描写もリアルで、今日もどこかでこの映画で描かれていることが起こっているかもしれないと思わされる作品だった。
ストレンジ・ワールド
個人的な推し俳優、ジェイク・ジレンホールが主人公の声優をしているということで気になっていた作品。
日本語版はネプチューンの原田泰造が担当しているが、こちらも主人公のちょっとおどけた感じがぴったり。
もうディズニー+で配信中なので、英語版と日本語版を比べながら観られるのが嬉しい。
親子三代にわたる夢を追うことについての物語。
自分がやりたいことは何なのか、それに対して自分ができることは何なのか。
決して「大人になれ、現実的になれ」という着地にはならず、夢追い人を否定しないところも優しい。
目や口が無くても可愛いものを可愛く描くのはディズニーにとってもはやお手の物だが、今回のスプラットもいじらしい愛されキャラ。
閉じ込められた時のギャグは、くまのプーさんっぽくて好き。
好奇心旺盛な愛犬レジェンドも、家族にしたい可愛さ。
ロゴはインディ・ジョーンズっぽく音楽はスターウォーズっぽいので、昔ながらの冒険もののワクワク感に満ちた作品である。
途中で大きく物語がひっくり返るが、知ってから物語を振り返るとなるほどそういうことかと納得。
勘のいい人なら割と序盤で分かってしまうかも。
ペルシャン・レッスン 戦場の教室
題材だけ聞くとまるで三谷幸喜の舞台にありそうな物語である。
ホロコーストについての作品のため空気は張り詰めており当然やりきれない話ではあるが、「嘘がバレるかもしれない!」というハラハラを主人公と観客が味わうエンタメ要素もしっかりある作品である。
ナチス親衛隊、収容所に勤める者たちの人間関係が拗れたり、下世話な恋の鞘当て的な展開があったり、ところどころにブラックコメディ要素もある。
将校が憶え、口にしていた「ペルシャ語」とは何だったか。
物語の全てが回収される、静かながらも圧巻のラストは忘れ難い。
人類にとって言語とは何なのかを考える物語だった。
上映館が少なく観られない地域もあるようだが、多くの人に伝わって欲しい作品である。
ナチス・ホロコーストを描いた映画は数多く存在するが、新たな名作の誕生だろう。
EUREKA ユリイカ
今年3月、57歳という若さで亡くなった映画監督・青山真治。
追悼企画として、彼の代表作である今作がデジタルリマスター版として公開された。
2000年の作品であるが、役所広司、松重豊、光石研という今の日本映画・ドラマ界に欠かせない3人が同じ画面内に存在している。
まだ10代の宮崎将、宮崎あおいが劇中でも兄妹役で出演しており、本物の兄妹だからこその空気感が伝わる。
映画と分かっていても恐怖を覚える、冒頭のバスジャック事件。
生き残った者たちは、なぜ人を殺してはいけないのか、なぜ自分は生き残っているのかを考えてはもがき続ける。
「生きろとは言わん、死なんでくれ。」
沢井の言葉は観客の心の中にも響く。
しかしその沢井は確実に死へと近付いていく。
獄中で、バスの中で呼応する2回のノック。
周り続ける自転車。
拾った貝殻。
海を見ている。
3時間半、カメラを通して私たちが観たものは人間の再生が語られた叙事詩だった。