対チャンネル桜裁判のご報告
放送会社「日本文化チャンネル桜」(代表取締役社長・水島総氏。以下、チャンネル桜と表記)と同社制作番組の出演者に対して私が起こしていた民事裁判、このたび最高裁で勝訴が確定しました。最高裁はチャンネル桜側の上告を退けたということですから、一審、二審の判決つまり「名誉棄損で100万円の損害賠償」と決定したわけです。
この裁判で私が訴えたのは、チャンネル桜沖縄支局が作ってネットで放送している「沖縄の声」という番組です。同番組のキャスターだったK氏は2016年10月、番組内で私のことを取り上げ、「香山リカは医師法に違反している」「勤務先の病院に保健所から監査が入った」といったデマを流しました。
「沖縄の声」は現在も継続されており、沖縄の子育てや障害者福祉などローカル情報をくわしく取り上げる回もあるようですが、再生回数が多いのは「沖縄・尖閣に迫る中国共産党の魔の手」「首里城消失は天罰か?玉城知事のデタラメ」「肩透かしを食らった反基地勢力」など、“中国の脅威”を煽り、玉城デニー県政を批判し、辺野古新基地建設反対派を愚弄するようなテーマの回です。
2016年には沖縄の北部・高江で米軍ヘリパッド建設工事が強硬され、県民を中心に反対運動が起きました。また全国から、さらには諸外国からも反対派を支えようと多くの人たちが集まりました。私もほんの数日ですが、東京から那覇に飛び、名護市を通過してさらに北上して高江にたどり着き、反対派の座り込みなどに加わったのです。
そのことをウェブメディアなどに書いたものですから、チャンネル桜からも「香山は基地反対派の仲間」と目をつけられたのでしょう。いえ、希少な動植物も数多く生息する高江の自然が破壊され、オスプレイの飛来などで住民の生活に危険が及ぶヘリパッド建設には実際に反対してましたので、反対派と目されるのはよいのです。もちろん、ヘリパッド容認の立場から反対に対して批判をするのもかまいません。
ただ、デマは困ります。しかも、「医師法違反」とか「保健所が監査に入った」とかちょっと調べればすぐにウソだとわかるデマを、いったいどうしてネットとはいえ定期番組で流したのか…。
番組じたいの視聴回数は数千から数万とはいえ、その内容はSNSなどで瞬く間に拡散されます。著名な保守論壇人もその情報をリツイートしたので、私も何人かから「保健所が来たんだって?」などと言われて釈明に追われました。もしウワサのレベルでも「医師法違反らしい」ということが勤務先の病院や所属学会に伝われば、大ごとになりかねません。以前、別の名誉棄損訴訟でもお世話になった小倉秀夫弁護士に相談し、私はチャンネル桜と番組のメインキャスターK氏を提訴することにしました。
裁判で明らかになったのは、たいへんにずさんな番組作りでした。ネット放送ですから低予算、少人数、短期間で作られているのは致し方ないとはいえ、キャスターらはツイッターのDMなどで寄せられたネタをいわゆる裏取り取材などすることもなく、そのままフリップなどにして流していることがわかりました。せめて私の勤務先に「保健所の監査が入ったのは本当ですか」など取材電話でもすれば、と思いますが、それもありません。
「医師法に違反していない」「保健所の監査は来ていない」と「なにかがない」ことをこちらが証明するのは実はむずかしいのですが、今回の場合は、管轄保健所に確認するなどして比較的、簡単に「ないものはない」と言えたと思います。
すると事実かどうかを争っても無理と思ったのか、チャンネル桜側は驚くべき主張を展開してきました。以下の一審判決の記事にもあるように、「そもそも香山リカの社会的評価は極めて低く、番組内の発言ぐらいではそれ以上、低下しようがない」と言ってきたのです。こちらも思わず苦笑するほかない話ですが、「いかに香山の評価は低いか」という証拠を向こうがいろいろ出してきたのにはちょっとだけ参りました。それにしても、いくら私がネトウヨ諸氏には評判が悪いからといって、「だからちょっとくらいのデマでは評価なんか変わりようがない」というのは…。ただ、この意表をつく戦法も裁判では認められませんでした。
そして、今回ようやく最高裁決定にこぎつけ、「沖縄の声」という番組の中で少なくとも一回は、裏取り取材も何もないまま、ネットのウワサ話を鵜呑みにしたデマがまことしやかに語られた、ということが明らかになったわけです。
もちろん、この裁判で取り上げられたのは私に関する名誉棄損案件だけです。
でも、ほかの回はどうなのでしょう。同番組はいまも継続し、相変わらず基地反対派の話題などが取り上げられ、徹底的に批判され、多くの視聴回数を稼いでいます。そこではずさんな作り方はされておらず、丹念な取材、事実関係の確認などが行われているのでしょうか? 私のときだけ、たまたまネットのデマを鵜呑みにして番組が作られてしまったのでしょうか?
それに関して何かを言うのは推測になってしまうので、控えておきます。
ただ、これだけは事実です。沖縄で基地反対派に対して、現場であるいはネット上で誹謗中傷を行い、沖縄戦を経験した島袋文子さんが辺野古反対で座り込みをしているところを挑発して、視察に来た和田政宗議員を手で払いのけたら「暴力だ」として警察に通報し、さらに名護署で島袋さんが事情聴取を受けたときには外で空襲警報に似たサイレンを鳴らしていやがらせをしたK氏は、チャンネル桜の番組で他人の職業に関する深刻かつ無責任なデマを流したことが、最高裁で正式に認定されたのです。
繰り返します。これは「たった一度だけ」のことだったのでしょうか。K氏は、あるいはチャンネル桜の「沖縄の声」は、さらには沖縄で基地反対派や玉城デニー知事、翁長雄志前知事に関しての誹謗中傷を行い、中国や韓国に対してヘイトスピーチを繰り出し続けるネトウヨや差別主義者たちは、私の今回の件以外で、根拠なきデマ、ウソをネット番組やSNSで発信したことはなかった、と本当に言えるのでしょうか。
その判断はみなさんにおまかせします。
これからも私は、日本国内で横行しているヘイトスピーチに断固として反対し、基地集中など構造的に日本の中で差別され続けている沖縄に心を寄せながら、前に進んでいくつもりです。ずっと応援してくださり、今回の判決をわがことのように喜んでくださっているみなさま―その中にはリアルで会ったことのある人もネット上でしか知らない人たちもいます―に心から感謝します。日本にも、心やさしくて、「差別をなくしたい」と思ってくれている人がこんなにいるんだなと思うだけで、希望がわいてきます。本当にありがとうございます!