異星人が地球で送る日常生活〈1〉
【彷徨う世界】
これといってどうしても行きたい大学なんてない。就職に有利な偏差値が高くて名のある所に進学できればそれで良い。それが世の中を生きる上での定石だ。人生においてやりたい事が特にない人が辿る王道ルート。今どきの女子高生らしからぬ発想かもしれないけれど別に構わない。特別おいしくもないタピオカを「おいしい〜〜♡」だなんて言っちゃう方がどうかしてる。
そんな呪文を唱えたところで
それをあのクソみたいなSNSで投稿したところで
誰かの承認を得たところで
あなたのつまらない人生は変わらないのに。自己顕示欲と承認欲求を満たして自分のつまらない人生がバラ色であると自分を誤魔化してるに過ぎない。
みんなもう少し現実を見なよ。
でもいつまで続くんだろう...こんな退屈な人生。これが幸せと呼べるのか?私はまだ子供だから分からないけど多分違う。私は流行りに乗っかるだけの若者とも酒の味を覚えた頭の悪い大学生とも、退屈な人生に諦めて死んだ目で仕事に行く大人達のようになりたくない。私は...
「私はどうしたら良いんだろう...」
「まずあなたは仕事をしなさい。」
「えっ!?」
生徒会長が私の後ろに立っていた。
「私なんか独り言呟いてましたか?」
「はっきり聞こえなかったけど最後の『私はどうしたら良いんだろう...』って悲劇のヒロインみたいな...」
「わぁぁぁぁ!!ごめんなさい!!それ以上言わないでください!!」
「あっそ、じゃあ分かったら仕事しちゃって。」
「...はい。」
しかしこんな恥ずかしめ、大した事故ではない。このあと私の人生の中で最悪な部類の悲劇が待ってるのだから。まさか...
「わああああっ!!こっち来てるっ!!来てるよ!!」
「もうすぐ見つけるからちょっと待ってろ!ええいっ!!ポケットは中が広くてどうも使いづらい!!人間の服はなんて不便なんだ!!」
「早く!!わぁぁぁぁ!!」
化け物に襲われるなんて...
*********************
事の発端は30分前。生徒会の仕事が長引いて私1人になった。
「やっと終わったぁぁぁ。生徒会の仕事ってこんな激務だったけ。どこの生徒会もみんな楽な仕事ばかりしてると思うんだけど。」
さてと、早く帰って見逃したアニメでも...
「あれ?」
こんな所に階段なんてあったっけ?今まで目にしてこなかった視界の隅。私が今まで気付かなかっただけかな?どこにつながってるんだろう?この好奇心が私の身を滅ぼしかねない引き金となったのだ。
「え?本当にここどこ?」
あるのは明らかに内装が異なる廊下と連なる教室。まるで昔の学校みたい。木造の、あの雰囲気の悪い。いかにも『旧校舎』って感じ。
「気味が悪い。帰ろう。あれ!?」
私が登ってきた階段がなかった。おかしい、確かにここから上がってきたはず。なになに!?どういうこと!?
「ガラガラッ」
教室から誰か出てきたみたいだ。
「あの〜...すみませーん...私このフロアに来るの初めてで...」
いや、あれは『誰か』ではない。『何か』だった。
何故なら...
その人の形をした、この学校の制服を着た『何か』には顔が無かったからだ。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
その時の事はあまり覚えていない。記憶が途中で抜けている。パニック状態で思考が吹っ飛んでしまってたから。それに...
「何で追いかけてくるのぉぉぉ!?」
この不気味なフロアの構造を知らない。無我夢中で逃げるにしても先回りされたら終わる。そしてやはり私が逃げる方向に顔のない学生が立ち塞がった。
ああ、どうしよう...私死ぬのかな...
死を覚悟して足を止めると、今度は右手を後ろから誰かに引っ張られた。
「やっと見つけたよ。」
「え?」
「こっちだ。」
その少年は私の手を引いて走り出した。
「よし着いた。」
「着いたって。この教室なに?」
「知らない。」
「知らない!?知らない教室に隠れるの!?」
「隠れる?逃げるに決まってるだろ。あれ...ちょっと待って...」
「何?」
「鍵が無い...」
「はぁっ!?」
「逃げてる時に落としたかな...」
「ちょっと何言ってるの!?」
「そんな筈はない!ポケットの中にあるはずだ!今探すから!」
「ねぇ...あれ...」
「え?」
私の指さす所に、例の学生が...
走ってきた。
「わああああっ!!こっち来てるっ!!来てるよ!!」
「もうすぐ見つけるからちょっと待ってろ!ええいっ!!ポケットは中が広くてもどうも使いづらい!!人間の服とはなんて不便なんだ!!」
「早くぅぅぅ!!わぁぁぁぁ!!」
もうダメだ、殺されるっ!!
「あった!」
少年はポケットから取り出したおもちゃのような棒の先をドアの鍵穴に向けると
「ガチャ」
ドアが開いた。
「よし開いた!」
不気味な教室に吸い込まれた。
私は急いでドアを閉めた。間一髪だった。しかし、これからどうしよう。もう逃げられない。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったわ。やっぱ慣れないことはするもんじゃないな。外にはしばらく出ないようにしよう。」
「ねえ、入ったこともない教室で籠城してなんでそんな能天気でいられるの?それにもう逃げられないんだ...えっ!?」
ドアを閉めて、後ろを振り返ると明らかにこの校舎には入りきらないくらいの面積の部屋が広がっていた。
「ねえ...」
「ん?あぁ、これは僕の宇宙船だよ。だから安心して、あの化け物は入ってこれないから。」
化け物なんて...それよりもこの部屋...え?宇宙船?なに?私夢でも見てるのかな?生徒会の仕事で頭やられちゃったのかな?
「君上履きで帰るの?」
「え、ああ。どうしよう。」
「大丈夫だよ。もう手遅れだから。」
「は?」
「体育館で良いかな。」
少年はコンソールのような台で機械をいじると、彼が宇宙船と呼ぶこの部屋が唸りをあげて揺れだした。そして揺れが収まった。
「ドア開けて。」
「さっきの怪物が...」
「もういないよ。それにさっきのフロアには僕たちはもういないし。」
取り敢えず言われたとおりにドアを開けた。
「あれ!?」
ドアを開けるとそこには学校のグラウンドがあった。
「無事着いたか。あと10秒だぞー。」
「何が?」
「良いから良いから。」
少年に促されて校舎の方を見た。そして
私たちの校舎が擬音語では表現できないような爆音を立てて爆発した。
「間一髪だったわー。鍵無くした時はどうなるかと思ったよ。」
「ねぇ、まさかのっぺらぼうに逃げてたんじゃなくて爆発に逃げてたの?」
「当たり前じゃん。もしかしてあのカオナシにビビってたの?」
「普通カオナシにビビるでしょ!?ていうか爆発するなんて私知らなかったし。」
「知らなくて当然だよ。誰にもバレないように爆弾設置したんだから。」
「ちょっと待って...あなたが爆発させたの?」
「そうだけど...」
真実をあっけらかんとした口調と態度で少年が言ったのが私には信じられない。
「何してくれちゃってんのよぉぉ!!」
「え?なんで僕怒られてるの?」
「どうすんの!!どうやって授業受けるのよ!!」
「知らないよ。大体助けてやった恩人にその態度はないだろう。」
呆れて何も言う気が無い...
「でも良かったね。」
「何が!!」
「しばらく学校休みになるんじゃない?」
少年はまるで大型台風がやってきて学校が休校するんじゃないかと期待する馬鹿な男子高校生のように満面な笑みで私に言った。
「あなたどこの学生?」
「学生じゃないよ。ニートだよ。」
「はぁ...」
「新星紅輝です。」
「そうですか。」
「名前は?」
「へ?」
「僕は名乗った。そっちも名乗りなよ。」
変わってんなぁ...
「赤城愛衣...」
「はい、よろしくどうも。」
新星紅輝が軽く頭を下げると
「じゃあ僕もう行くから。じゃあね、気を付けなよ。」
「えっ、ちょっと!」
体育館のドアを閉めて部屋の向こうからさっきの唸り音が聞こえ、音が静まってドアを開けると、さっきまであった宇宙船の内装は無かった。
「やっぱり疲れてるのかな...」
*********************
テレビには昨日起きた学校の爆破事件が取り上げられていた。幸い私たち以外に人は居なかったらしく被害者は0人で事は済んだ。
「今何時だと思ってるの?学校が休みだからって寝過ぎよ。」
午前6時の起床の時点で学校から休校の連絡が回り、私は二度寝を決め込んだ。その結果午後の起床となり母から説教を喰らう羽目となった。
携帯通知には友人から遊びの誘いが来てる。
「今日は遠慮するね。と。」
さすがに外に出て気晴らしに遊びに行く気分にはなれない。この世のものとは思えないできごとの連続に遭ったのだから。
ピンポーン
「愛衣出てくれる?」
インターホン の画面を覗くと
「えっ!?」
新星紅輝の童顔が映っていた。
私は急いで玄関に向かいドアを開けた。
「あれ?なんで君がいるの?え、何?ここに住んでんの?」
「そうよ。」
「あっそ、じゃあお邪魔するよー。」
「ちょ、ちょっと!」
私の制止を無視して勝手に上がり込んできた。この場合、彼を不法侵入で訴えられるのかな?
「随分広い家だね。」
「あなたがそれ言う?」
昨日は逃げるので精一杯だったから彼のことをよく見れなかったけど、容姿はまあそこらにいる大学生と変わりないのよね。
白髪に、5月になるのにまだ分厚いネイビーのチェスターコートと、黒いパーカーを重ね着して黒のシャツを着ている。下は黒のスキニーパンツとブーツ。いや何人ん家に土足で入ってきとんねん。
「暑そう。」
「何が?」
「服。」
「人間の平均体温が高すぎんだよ。これでもまだ寒い方だよ。」
「あなたやっぱり宇宙人なんだ。」
「そうだよ。」
「夢じゃないんだ...」
「そんな大したことじゃないよ。」
「大したことでしょ!」
「いや、本当、大したことないんだ。敵は既に分かってるんだよ。あとはそいつを見つけるだけなんだけど、追跡していたら君の家に着いた。」
「敵って、昨日の化け物?」
「あんなのただの雑魚だ。その親玉がいる。」
「ぬらりひょんとか?」
「ぬらりひょん?なんだそれは。」
「妖怪の親玉。」
「妖怪?」
「あー、日本に住むモンスターのこと...」
「なるほど。」
宇宙人に地球のことを説明するのがここまで面倒だとは思わなかった。
「まあ残念ながらそのぬらりひょんとかいう妖怪の仕業じゃないね。犯人は別の星から来た異星人(エイリアン)だ。」
「エイリアンって...やっぱり宇宙人っているの!?」
「宇宙に自分達以外に生命は存在しないとでも思ったか?」
「いや、宇宙人はいると信じていたけどUFOは信じていなかった。」
「UFO?」
「地球ではあなた達の宇宙船をそう呼んでるけど。」
「ここまで人間が無知だとかわいく思えるな。」
「...それってどういうこと?」
「人間は今むやみやたらに地球の外に自分たちのおもちゃを放っている。人類は宇宙の中でもかなり注目を浴びているんだぜ。だからそんな地球を偵察するために何千何百もの種族がこの星に潜んでるんだ。」
「嘘...」
エイリアンは何も外から地球を見てるわけではなかった。既に私たちの日常に溶け込んで私たちを見てた。それがなんの目的か、侵略か、友好か。
「じゃあ昨日のエイリアンはなに?侵略が目的?」
「当たり。そして僕は奴と戦ったことがある。」
「まじ?」
「まじ。」
「じゃあ地球はこれで安心ね。」
「ただやつがどこに潜んでるかわからない。」
「親玉ってどんなやつなの?」
「『テラサイト』。姿を持たないエイリアンだ。相手を自分の世界に引きずり込む、いわばミジンコサイズの小宇宙って言ったところだ。」
「じゃあ私たちが昨日いた場所って...」
「やつの世界だ。しかし...」
「ねえ、そのテラサイトとかいうエイリアンはどんな世界にでもなれるの?」
「うん。」
「じゃあなんで妖怪が出てきそうな旧校舎みたいな世界になってたの?」
「え?」
「だってエイリアンなんでしょ?なんでピンポイントで日本の怪談にしか存在しないような世界で私たちを閉じ込めたのかな?って。」
新星がキョトンとした表情で私を見たかと思いきや何やら難しそうな顔をして独り言をぶつぶつ唱え始めた。あ、昨日の私みたいだ。
「確かに。それは考えてなかった。赤城は地球人の割には頭良いな。」
「これでも名門私立大学行けるレベルだから。」
「名門?下らん。ところで...」
「おい。」
「テラサイトがどこに潜んでるのかヒントを頂いたのは良いがもう一つ問題がある。なんでやつを追っていたら君の家に辿り着いたのか。」
「あ。」
確か新星はそんなことを言って私の家を訪ねてきたんだっけ?
「それと君今日1人?」
「ううん、お母さんいるけど。」
「なるほど。僕がここに来て5分強かな?これだけ大騒ぎしてなんでお母さんはお茶の1つも出さないんだ?」
「おいこら図々しいにも程があるぞ。」
「真面目に言ってるんだ。」
「今お母さんはどこにいるんだ?」
「...キッチンにいるはずだけど...お昼ご飯を作ってる。」
「だったら、向こうから物音1つ聞こえないのは何故?おいしそうな匂いもしない。言っておくけど僕は人間より五感は鋭い方なんだぜ。」
「...」
私たちは急いでキッチンに向かった
「ッ!?お母さんいない!」
時既に遅し。火がつけっぱのガスコンロが明らかにお母さんの身に異変があったことを証明していた。
「テラサイトはこの部屋のどこかにいる。やつの反応がこの部屋から来てるから。」
「じゃあ早く見つけてよ。」
「昨日テラサイトをどうやって見つけた?」
「えぇっと、確か...」
昨日のことを必死になって思い出す。
−−こんな所に階段なんてあったっけ?今まで目にしてこなかった視界の隅。私が今まで気付かなかっただけかな?−−
「視界の隅に目を向けた。」
「それだ。視界の隅に注意を向けろ。そこに今までこの家にはなかったものが無いか?」
視界の隅。この家には無かったもの...
私たち家族が今まで気にも留めなかった『部屋に続くドア』。
「あった。見つけた。あのドア!」
「よし行ってくる。ありがとう。」
「行ってくるって?」
「いや、部外者はここまでで良い。君のおかげで僕の仕事が達成されそうだ。」
「ちょっと、ここまで私に仕事させたんだから私も...」
「だめだ。異星人同士の話だ。」
「地球の危機だよ!だったら地球人の私にも首を突っ込む権利がある。」
「んん...」
「お願い、足は引っ張らないから。」
「...分かった。」
「ありがとう。」
「じゃあ行こう。」
新星の後ろに続いて私たちはテラサイトの世界に飛び込んだ。
*********************
再び旧校舎の廊下に立つことになるなんて。
「お母さんどこにいるのかな?やっぱり教室とか?」
「分からん。」
「そもそもテラサイトとどうやって戦うつもりなの?」
「戦うというか話し合いだな。」
「話し合い?」
「ああ。」
「ミジンコサイズの小宇宙と?」
「それでもれっきとしたエイリアンだ。言葉は通じる。」
「そう。でも形を持たない相手とどうやって?」
「ああ、分からない...」
「分からない!?」
「以前会った時は誰かの姿を借りてたんだよ。」
「誰かの姿?昨日のあののっぺらぼうがそうだったんじゃないの?」
「いや、あれはテラサイトが作り出した飾りだよ。この世界の一部だ。」
「...」
「何だ?」
「話し合いで済ませるつもりだったら...」
「なんで学校を爆破したの?」
「えっと、それは...」
「何で?」
「...テラサイトが寄生できる空間を削るためだ。僕が彼と対峙できて且つ僕に有利な場所に誘導したかったんだけど...」
「それで私の家?」
「予想外だったとはいえ申し訳ない。」
「しばらく学校が休みになったからそれでチャラにする。」
「あそこに誰かいる。」
新星に促されて前を見るとお母さんが立っていた。
「お母さん!」
駆け足でお母さんの元に向かった。
「待て!」
「え、何?」
「僕が以前テラサイトと対面した時は...」
「誰かの姿を借りていた...」
そんなこと思いたくないけど、あのお母さんはお母さんじゃなくてテラサイト...
「君はこの子のお母さんか?それともテラサイトか?」
新星の問いに、お母さんの姿をしたその人はこう答えた。
「『クリムゾンヘリックス』。昨日の爆破は君か。傷がまだ痛むよ。あれが話し合いのするやつの取る行動とは思えないな。」
*********************
お母さんの声じゃない、低い声。じゃああれが。
「ああでもしなきゃ君は出てこないだろ。単刀直入で申し訳ないけれど、この星の人類に危害を加えないこととこの子のお母さんを返してくれ。」
「お前は何も分かってない。クリムゾンヘリックス。」
「いや、爆破の件は悪かったよ!でもそれ以外に何かしたか!?」
「お前は私がまたこの星の侵略を企んでいると思ってまた首を突っ込んできたのだろ?侵略なら一切考えていない。テラサイトは一度交わした約束は破らないからな。」
「じゃあ君の目的は何だよ。」
「彼女を私の世界に招待する。」
「...えっ、私!?」
まさかのご指名。
「何かしたの?」
「何もするわけないじゃん!私普通のぴちぴちのJKだよ!?そこらにいる退屈な人達と変わらない一般人がどうしてエイリアンと遭遇できるの!?」
「あぁ...そうか...」
「分かった?」
「分かった。テラサイトがどうして君を招いたのか。」
「え、そっち?」
私の話を理解したんじゃないの?私がどれだけつまらない一般人なのか分かってくれたんじゃないの?
「テラサイトは君の『退屈な人生から抜け出したい』という願望に呼応したんだ。テラサイトは如何なる世界にもなる。君が望む世界にも。だから君を自分の世界に招待しようとした。ただ分からないのは...」
それがなぜ私なのか?
「君が私を見つけたからだ。」
お母さんの姿をしたエイリアンが言った。
「いやいや、私はただ何気なく視界の隅に階段があってたまたま...」
そして途中で新星が口を挟み私にこう告げた。
「視界の隅に何かがある事に気づいたのは退屈な日々に刺激を求めたため。あるはずのない階段に敢えて足を運んだのもつまらない人生に刺激が欲しかったから。そんな君がテラサイトを見つけた。そしてテラサイトも君に反応したんだ。」
「私が...?」
「どうする?家族と一緒にテラサイトで暮らして夢のような人生を歩むか、退屈な世界に戻るか。」
「そんなの急に言われても!」
「究極の選択はいつも突然やってきて強いられるもんだろ?」
「そんな...」
今日はなんて最悪の日なのだろう。昨日まで平凡な女子高生だったのにどうして心を削られるような状況に立たされているのか?答えはもう決まってるじゃん...
「元の世界で平凡な人生を歩みます...ごめんなさい、夢のような世界なんて私には耐えられない...理想の人生が待ってるのにどうしても怖くて怖くて堪らない...家に帰りたいよ...」
これが私の、惨めで情けない臆病な答えである。
「君達と君の母親を返そう。」
夢の世界は怒ることもなく、穏やかに私達を解放してくれた。
*********************
無事、我が家に戻ってこれた。帰る場所がある。これほど安心できるものはない。私の幸せ。長い1日だった。いやまだ1時間も経ってないんだけれど。それくらい私には刺激が強すぎたということなんだろう。
「あのままテラサイトに行ったらもう戻ってこれなかったんだろうね。」
「分からない。選んだ選択を覆すことはいくらでもできる。だからあのまま向こうへ行ってもこっちに戻ることはできたでしょ。でもテラサイトにそれが通じたかどうかは分からない。」
「そうだよね。」
「後悔してるの?」
「いや、してないけど。」
「選んだ道を後悔しないように進むことだってできるでしょ。」
「昨日みたいにつまらない世界の隅に目を配らせて刺激を見つけるとか?」
「それも1つの手段なんじゃない。」
「なにそれ、同年代なのに偉そうに人生語っちゃって。」
「僕今年で905歳だよ。」
「へ?」
ああもう、これ以上はキャパオーバーだっつうの。
「まあタイムマシンにこもってりゃ年齢なんて関係ないだけどね。」
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どうしてテラサイトは旧校舎の世界で私を招いたのか?私は別に古い学校も怪談にも興味はない。新星によると
「僕と会った時は60年くらい前だったかな?その時は第二次世界大戦中でさ、テラサイトを人類が混乱しているのを付け込んで地球侵略に向かったんだ。そこを僕が止めた訳なんだけど。恐らくその後君に会う前に同じような子が現れたのかもね。」
「退屈な人生を抜け出したいって子?」
「うーん、どちらかと言うと『大好きな人達と楽しい学園生活をずっと過ごしたい。』って人かもしれない。前の宿主が望んだ世界のままだったんだよ。そう考えると僕と前会ったあの時も、地球侵略というより『戦争のない平和な世界』を望む人に呼応して現れた。争いの無い穏やかな世界として人類を支配し地球を侵略、みたいな。」
「平和な世界をあなたはやっつけたって訳?」
「まずい事しちゃったかも...」
「いや『かも』じゃないでしょ!?」
「それが真実かどうかは分からないじゃん!」
「よし、今からアークで60年前に戻ろう。」
「それはダメだ!」
「何で?」
「タイムトラベラーは違う時間にいる自分と会う事はできない。タイムパラドックスが起きて宇宙が崩壊する。」
「ふーん。」
もう分かんない!
「『テラサイト』ねぇ...『テラ』サイズの寄生(=パラ『サイト』)。世界そのものが宿主の心に寄生して甘い夢を見せる。そんな意味があるのかもしれない。」
「その名前誰が考えたんだろうね。」
「宇宙が生まれた時からその名は存在していた。謎は謎のままだよ。」
「タイムマシンで過去に戻ってもできないことって多いんだね。」
「無敵なわけではないよ。ただ『できないことが少ない』だけだ。」
「そ。なんか私もう疲れちゃった...あぁ、私パジャマ姿で変な世界に行っちゃったんだ。もう訳わかんない。」
「そうだな、今日の事があって人間という生き物がますます分からなくなった。」
「はいはい、分からないねー。それよりも早く帰ってよ。」
「ん?」
「『ん?』じゃない、あなたがいると怖くて寝れない。」
「君達人間は猿と付き合えるか?」
「あぁ...そう。さ、早く帰って。」
「分かった。」
新星は玄関に向かい、鍵穴にアークの鍵の先端を向けて船の中へ消えた。私はそれをリビングから見送った。
「会えるならまた会っても良いかな。」
いつもどおり、三度寝できる日常に私は戻ってこれたみたいだ。