異星人が地球で送る日常生活〈2〉
【宇宙街】
あの爆破から1週間。ついに学校が始まってしまった。あー、もう少し休校でも良かったんじゃないかなー。校舎が直るまでとか。
「地球滅亡の危機に陥ってもきっと人類は最後まで気付かずに滅んじゃうだろうなあ。学校が原因不明の爆発事件に遭ってんのにみんないつもと変わらず学校来てんだもん。」
「まあそれが人類の真実だ。全く人間というやつは。誰のおかげで平和に暮らせてると思ってんだよ。」
「そうねー...」
いやいやいや!『そうねー』じゃない!
「なんでここにいるの!?」
「たまたま通りかけたから。」
「学校に!?」
「あんな事があったばかりだ、ついでに心配しに来てやった。」
「見ての通りみんないつも通りに過ごしてて私はびっくり仰天、呆れてものも言えない。虚脱感半端ないわ。」
「そっか、なら安心だ。」
「ねえ、私この後またエイリアンに絡まれたりするの?」
「いやまさかそんな。」
「そうよね、そんなフィクションみたいなこと。」
「あるよ。」
「あるの!?」
「アークに乗ったから君は前より少しだけエイリアン絡みの事件に遭遇しやすくなるかもね。」
「どうしてアークに乗ったらエイリアン事件に巻き込まれやすくなるの?」
「例えばアークの燃料を求めるエイリアンもいるんだけど、船の匂いを辿って君を巻き込んだりとか考えられるかな。」
それって私が1番やばいけど、この子も狙われやすくないか?
「それじゃあアークも襲われやすいじゃない。」
「前に言ったろ?アークは宇宙最大のタイムマシンだ。匂いを辿っても形を持たないから誰にも見つけることはできない。僕以外にね。」
「僕以外?」
「そうだな。乱暴に言っちゃえばこれがアークの本体かな?」
そう言うと新星はポケットから何度も見てきた未来的なガジェットを取り出した。
「これが...あ、違う、これゲーム機だ。」
おい、随分デカい機械が出てきたぞ。
「そんな大きいものどうやってポケットに入ったの?」
「中が広いんだよ。ええと、これだ。」
「何これ?」
前に叔父さんに会った時に吸ってたVAP...
「これがアークの鍵だ。」
「いや、これ電子たば...」
「違う。これを扉の鍵穴に向けてこのボタンを押せばどんな扉もアークと繋がれる。」
「どんな扉も?鍵がないドアは?」
「...無理だね。」
話を盛ったな。
「良い?あなたは宇宙のガジェットや知識を知ってるってだけであなた自身は大したことないからね。文明の利器と知識を後ろ盾に自分を大きく見せたって無駄。」
「失礼な。」
宇宙最大のタイムマシンか...
「ねえ。」
「ん?何?」
「アークで行きたい場所があるんだけど。」
「嫌だ。」
「何で?」
「僕は基本引きこもりだから地球の外には出たくない。」
あー、その服の色合いを見れば何となく分かるかも。
「私の学校爆破させておいてそんな態度取るんだ。」
「強請っても無駄。」
「私にアークの匂いを付けてエイリアンに巻き込まれやすくさせておいて...」
「あれはああするしかなかったじゃん!」
「お願いお願いお願い!1回だけで良いから!」
「辞めて辞めて!揺らさないで!頭がもげるっ!」
「良いって言うまで辞めない!」
「分かったよそこまで言うなら連れてくよ!」
「本当に!?」
「...はい。」
「やったー!」
憧れの宇宙♪テラサイトにはああ言ったけどこいつとの出会いは日常に含まれるということで。こいつに巻き込まれたということで♪
「厄介な女を助けてしまった...」
*********************
「良いか?僕の言うことを聞いて正しく観光を楽しむように。」
「はーい。」
「それでどこに行くの?」
「色んなエイリアンがいっぱいいるところ!」
「ざっくりし過ぎだろ...別に良いけど...」
新星が私の無茶なリクエストに答え、アークのコンソールをいじって目的地を設定した。アークがそれに応えるように唸り、揺れ、私の願いを叶えてくれた。
「着いたぞ。」
「よっしゃー!」
「約束だぞ。僕の言う事は絶対。あと人間である事を他に悟らせるな。後々面倒な事に巻き込まれるかもしれないからな。」
「分かってる分かってる♪」
「本当に分かってんのか...」
待ってろエイリアン!
待ってろ宇宙!
今私の宇宙観光が幕を開けた!
「おおー。」
すごい!今まで見たことのない二足歩行の生物がうじゃうじゃいる!
「はしゃぐな、田舎者に見られるぞ。つまり人間だと思われるってことだ。」
「これを見て『はしゃぐな』って言う方が無理じゃない?」
「まあ、それもそうか。」
「ねえねえ、今どの時代のどの星にいるの?」
「え!?ええとね、ちょっと待ってろ。」
新星が左手に付けてる腕時計を見て時間を確認している...あれ?それ普通の腕時計じゃない?
「1億年後の地球から40億光年先の星だ。」
「すごい!私本当に別の星にいるんだ!」
「ああ、そうだな、すごいすごーい(棒)」
「早くお店回ろうよ!」
「...僕との約束やっぱり聞いてないよな?」
*********************
新星が言うには、私達が今いる場所は星の地下にある『宇宙街』という市街地らしい。外は生物を殺す猛毒のガスが蔓延していて一瞬でも外気に触れようものなら全身が腐って分解され、泡となって消えるみたい。だからこの星の空が見られなくて少し残念だけれど、宇宙旅行できたんだからそれだけでもう満足よね。しかも時間旅行まで。図々しいお願いが喉まで出掛かってるけど、ここは我慢だ。じゃないとまた口うるさくあーだこーだ言われる。いくらエイリアンでも男のくせにぐちぐちうるさいのよ。あれ?エイリアンも男とか女とかあるよね?種族によって無いのかな?もしかして中性とか?そういえばあいつの種族なんて言ったっけ?確か『テラサイト』があいつにこう言ってたっけ?
『クリムゾンヘリックス』
どんな種族なんだろう。あいつを見る限りだと人間に近いのかな?傲慢なエイリアンなのかな?それとも捻くれてるのはあいつだけ?他のクリムゾンヘリックスはみんな天使みたいに優しいのかもしれない。今度タイミング見計らって聞いてみよう。
一通り店を回った。やはり地球には無いようなお店ばかりだった。この宇宙街は市場や食べ回りのお祭りみたいな出店ばかりで、そこは地球とは何も変わらなかったけど、人間じゃとても食べれそうにないものとか、人間にとっては何の価値もない物がエイリアンにとって大変価値のあるものとして高値で売られていたり、中には星を売るお店もあった。流石宇宙。スケールが違う。
「もう満足してくれたか?」
新星が私のご機嫌を伺いにきた。嫌そうな顔、早く帰りたそうな顔が露骨に表れている。
「うーんそうだなー。」
「うん、無いみたいだな、帰ろう。」
「あ!面白いものが見たい!」
「...僕は無茶振りするやつが大嫌いなんだが。」
「あっそ。」
「面白いもの?おいおいそんな簡単に言ってくれるなよ。なんで僕が君にそこまでしなくちゃいけないんだ?」
「うーん最初はこれ以上わがまま言っちゃ申し訳ないかなーって思ったんだけどやっぱ我慢できない!」
「だめだ。帰るぞ。」
「嫌。」
「早く帰りたい帰らせてください。帰って観たいアニメがあるんだよ。」
「エイリアンのくせになにアニメなんか観てんのよ。」
「地球在住のエイリアンがアニメを観てはいけない法律なんか無いだろ?」
「地球に染まりすぎだって言ってんのよ、このニートエイリアン。」
「ニートで何が悪い?ニートがこの地球を救ってやってんだぞ?」
え?
「今あなた『この地球』って言った?」
「...」
「言ったよね?」
「...言ってない。」
「言った!」
「それよりも見てみろ。JKが喜びそうなお店を見つけた。ほらどうだ、ご希望の面白いものを見つけたぞ。」
「逃げた!やっぱり地球じゃない!適当に見つけたお店で私を釣ろうとしたって...」
新星の言うお店に目を向けると、今日1番の驚きの光景がそこにはあった。
「ねえ、あれ何?」
「人間でいうところの『ペットショップ』だ。」
「そうじゃない。あそこで売られているエイリアン...」
「発電するエイリアン!今お買い上げ頂ければ30,000セル!」
「演算能力なら宇宙で1番です!電卓としてご家庭で働けます!研究に必要な高度な計算もできます!1兆通りのパスワードも1秒ジャストで解けます!お願いします私たちを買ってください!」
『私たちと同じように言葉を話してるし二足で立ってる』じゃん。」
「まあ今売られている種族はそうだな。」
「何なのこれ奴隷!?」
「おいあまり大きな声を出すなって言ったろ?」
「でも...」
「第一君達だって大して変わりないだろ?」
「人間はもう奴隷商売なんてしてない。」
「同じ星出身の種族は『人間』だけだと思ってないか?ペットショップに売られている犬や猫は?あれだってれっきとした奴隷商売と何ら変わりない。強い者が弱い命を蹂躙する。」
「...」
「ここにいる連中にとって今売られている種族は君達で言うとこの『犬や猫と変わりないんだよ』。」
「納得いかない。」
「忘れるな、自分たちの基準で宇宙の基準が決まるわけではないんだぞ。図に乗るな。」
「...グス。」
「泣いてるのか?」
「もう良い、帰る。」
「良いのか?」
「最高に胸糞悪い。」
「そうか。」
「これを見せるためにわざわざ私をここに連れてきたの?」
「いや、そんなつもりは...」
「はぁ、帰ろう。あなたも帰りたいんでしょ?」
「...」
さっきとは打って変わって最悪のムードのまま、さっき来た扉の方に私たちは足取り重く歩いて行った。
「あれ?」
「何?」
「鍵が無い。」
「またポケットの中にあるんじゃないの?見た目より中が広ーいポケットの中に。」
「いや!今度は本当に無い!どうしよう!」
「どうせ地球の地下街なんでしょ?鍵が無いのは致命的だけど家に帰れないことはないんだし。」
「致命的なんだよ!前にも言ったろ、アークを狙うエイリアンはいくらでもいるんだよ!もしアークを悪用でもされてみろ。宇宙が終わるぞ...」
悪用ねぇ...
「例えば泥棒の道具とか?」
私は新星の後ろを指差し、小さな女の子がアークの鍵を握って全速力で走ってることを教えた。
「あの餓鬼っ!」
「餓鬼って...」
「おい!待てっ!」
鬼のような形相で女の子を追いかけるその姿はまさに意地悪な大人そのものだ。宇宙が終わるのは想像を超えて実感が湧かないけど、それはそれは大変なことなのは分かる。仕方ない、女の子を追いかけよう。
*********************
「ハァ...ハァ...」
「ごめんね、それ返してくれる?」
「うわあっ!!」
「大丈夫、酷いことしないから。ただあなたが持ってる物、あの人が持ってないと大変なことになるらしいの。だから返してあげてくれる?私も一緒に謝るから。」
ふと、女の子の首輪が目に入った。さっき見た奴隷達みんなに付けられた首輪。
「あなた、売り物にされてた子なの?」
「ご主人様に値打ちのある物を取ってこいって言われて。盗みが私の仕事なの。珍しい物をお兄さんが持ってたから盗んだの。これをご主人様に献上しないと私殺されちゃう...お願いお姉ちゃん、これ私に譲って!」
か弱い少女の、文字通り必死な懇願。なるほどこれが宇宙の真理ね。だけど宇宙をまだ知らない人間にとだてそんなの関係ない。私は私がしたいことを貫く。『選んだ道を後悔しないように生きる。』
あなたが言った言葉よね、新星。
*********************
「というわけでよろしく。」
「...」
「何とか言いなさいよ。」
「アークの鍵を盗んだことは許そう。けれどこの子の事情と僕とは何の関係もない。」
「そんな!」
「僕は別に仮面ライダーでもなければどこかの戦隊のヒーローでも無いんだよ。」
またオタクが好きそうな作品を並べたな。
「ねえ、本来この旅行は私に対する贖罪なのよね?だったら私の命令も聞いて。」
「願いは1つだけ。僕はどちらかと言うと神龍みたいだな。」
「うわー便利。7つの玉を揃えなくて手間が省けるわ。」
「まあそういうことだ。他を当たれ。」
「分かった。」
「お姉ちゃん...」
「良いわ、私1人で何とかする。」
「何か策は?」
「無い。これから考える。」
「その後先考えない性質がテラサイトの事件に巻き込まれた事を忘れてないだろうな?」
「どのみちアークに乗った時点で私はもう普通の女子高生として生きていけないじゃない。」
「...」
「行こう。えーと、名前は?」
「無い。ご主人様は私に名前を付けてくれなかったの。」
「人間はペットにはちゃんと名前をつけるけど新星紅輝君。どこが人間とエイリアンは変わらないって?」
新星は黙ったままで口を開かなかった。
「私にね、『愛衣』って名前があるの。よろしくね。」
「よろしくお姉ちゃん。」
「うん。じゃあ新星君、この子を連れて帰ろう。」
「無理だ。」
「それくらい協力してくれても良いでしょ!」
「ねえ、ご主人様は今近くにいるのかな?」
新星は名前のないかわいい少女に尋ねた。
「うん。いま劇場で音楽を聴いてる。」
「音楽の鑑賞か。ちなみにこの子が主人から一定の距離を離れた瞬間首輪が爆発して死ぬぞ。」
「え...」
「首輪には主人の命令に背いた行動を取れば爆発する仕掛けになってる。ペットとして扱われるエイリアンは飼い主よりも強い力や能力を有してる事もあるからな。」
「そんな...」
「策が尽きたみたいだな。どうする?」
「黙ってて!」
「...」
首輪が問題なら取ってしまえば良い。でも私にこれを取ることはできない。新星に頼んでも絶対断るだろう。主人の命令に背くと爆発する首輪。だったら...
「私がこの子の主人になる。」
「どうやって?」
「買う。」
「ほう。言っておくけど人間の通貨は通用しないぞ。」
「お金は払わない。別の物で払う。」
「例えば?」
「ご主人様は珍しい物が好きなのよね?だったらアークの鍵と同じ値打ちの物...」
「私の...臓器...とか。地球も人間もエイリアンの注目の的なら人体に興味があってもおかしくない。」
「まさに人間同士の闇取引、宇宙の価値観は人間の価値観と同義であるという発想がまだ抜けてないみたいだな。」
「うるさい、とにかく私はこの子の主人に臓器を売ってこの子を買う。」
「そうか。」
「お姉ちゃん、本当にそれで良いの?」
「うん。今ここであなたを見捨てたらきっと後悔するから。」
後の事はもうどうにでもなれ。
「ご主人様の所に連れてって。」
「分かった。」
女の子に連れられて私は劇場へと向かった。
白髪のクソエイリアンを置いて。
*********************
劇場の前に辿り着くとどうやら音楽会はちょうど終わったみたいだ。
「ご主人様ってどんな人なの?」
「珍しい物が好き。私を買ったのも宇宙で希少な種族で盗みも得意だから。」
「へえ、あなたとっても価値のある人なのね。」
「私達の種族は大昔に滅んじゃったから。私はその生き残りなの。」
「そうだったんだ...ごめんね、お姉ちゃんあなたに辛いこと話させちゃったみたい。」
「ううん、大昔のことだから私もよく知らないの。あっ!ご主人様だ!」
「嘘!どれ?」
「あれ、あの黒い服を着た男の人。」
少女の指差す方向にそのご主人様とやらがいた。
けれど...
「ねぇ、あれがあなたのご主人様で合ってる?」
「うん!そうだよ。」
「でも、あれって...」
どう見ても人間なんですけど。
どういうこと?
「ご主人様!」
「ん?お前か。なんだ?仕事を果たしてきたのか?」
「それが...ご主人様が気に入る物は手に入りませんでした...代わりに!人間のお姉さんを連れてきました!」
まずい...てっきりご主人様ってエイリアンだと思ってた。まさか人間だなんて。でも私は例外を1人知ってる。か弱い少女の涙を見ても何とも思わない冷酷なクソニートエイリアン。もしかしたらこの男も人間に近いエイリアンかもしれない。
「...まず話を聞こう。付いてきてもらうぞ。」
「分かった。」
私達は男の指示に従い、宇宙街の最深部に向かった。
*********************
最深部に来たは良いものの、エレベーターで移動なんて人間と変わらないなぁ。ここが地球だからってのもあるからかな?
地上へ出ると、私は馴染みのある光景を目にした。いやもう馴染み過ぎてる。
「ここ...槻山じゃん!」
どうなってるの?
「何だ?知らないで来たのか?大平市は日本で最もエイリアンが集まる場所だ、だから宇宙街がこの市の地下に作られても必然なんだよ。」
あのクリムゾンヘリックス...何もかも嘘だらけじゃん...約束なんて何一つ果たされてない。宇宙旅行なんて嘘っぱちも嘘っぱち、ただ近所に移動しただけじゃない...
「ねえ、変なこと聞くようで悪いんだけど、今って何年?」
「何言ってるんだ?2045年に決まってるだろ?」
時間旅行は律儀にしたのか...
下らない問答を終えて男のリムジンに乗り、オフィスに向かった。
大平市にこんな馬鹿でかいオフィスができたんだ。なんていうかもう軍事施設よね。セキュリティ万全のゲートがあって地下の駐車場に向かい専用のガレージに格納する。わお、すっごい。金持ちのスケールに驚きの連続。気付けば男の部屋に辿り着いていた。
「仕事を果たさなかったお前の処遇は後だ。さて、本題に入ろうか。どう見ても一般人の少女が何故宇宙街に入ることができた?」
「...ツレのエイリアンに、連れてきてもらった...」
「そのお友達のエイリアンは?」
「置いてきた。この子の件に関わりたくないって言ってどっか行った。今日はお願いがあってあなたに会いに来たの。ねえ、この子を私に譲って欲しいの。」
「だめだ。」
「やっぱり。」
「私の条件を飲んだら君の要望を聞こう。」
「条件。」
「ああ。」
「私と結婚しろ。」
え?今なんて言った?
「あなたと結婚?」
「ああそうだ。」
「私まだ高校生だけど。」
「関係ない。私は法律に縛られない。私の女になればこいつを解放してやろう。」
「結婚の事はさて置いて、随分あっさり手放すのね。希少な種族なんでしょ?」
「いくら珍しいエイリアンでも芸の無いペットに用は無い。挙げ句の果てに仕事も満足にできないとはな。ちょうど良い、高値で売り捌こうかと考えてたんだ。」
最低...こいつがまだエイリアンだったらここまで怒りが湧いてこない。でもこいつは私と同じ『人間』。だからこそ余計胸糞悪くて仕方ない。
「あなた人間でしょ?人間がどうやってエイリアンのコレクションなんかしてるわけ?」
「私は珍しい物が好きでね。この星の物に飽きてしまった。ある日槻山に隕石が落ちた。隕石の正体はなんとエイリアンの船の部品だった。そこから私の収集癖は宇宙に向けられた。壊れた部品を求めて私の元に現れたエイリアンが私にこの町に潜むエイリアン絡みの情報を教えてくれた。だから人間の私でも宇宙街に出入りできるようになった。」
随分誇らしげに語ってるけど、おっさんが嬉しそうに語る武勇伝ほど聞くに耐えないものって無いのよね。しかも非人道的なモラルのおっさんに関しては。
「君は私以外にエイリアンの造詣の深い唯一の女だ。共に宇宙について語り合いながら人生を歩もうじゃないか。」
「人生まだまだの女子高生に今から将来を約束しようとされても困るわ。やりたい事だっていっぱいあるし。」
「私なら君の願いをいくらでも叶える事ができるぞ。」
このロリコン親父が。良い?年上好きの女子はただ歳だけ食ったおっさんには興味無いの。経験豊富で落ち着いてて、子供になんか興味の持たないそんな『おじ様』に憧れてるの。『おっさん』は要らない、『おじ様』が欲しいの。もっとも私の趣味は年上じゃなくて年下だけど...
「じゃあ、結婚したらこの子を売らないで解放してくれる?自由にしてあげたいの。私の将来とこの子の自由と交換よ。」
この子の為だ、この際もう仕方ない。頼れる相手はいない。こいつと結婚した後、頃合いを見て逃げても良い。後は私の持ち前の幸運に頼るしかない。
「いや別に君が結婚する必要はないぞ。」
人を小馬鹿にしたような口調。自分は特別だとでも思ってるような喋り方。さっきまで私を突き放した奴の声。振り向けば奴がいた。
「どうも初めまして、新星紅輝と言います。」
*********************
どういう風の吹き回しだろうか。なぜ今になって私達の前に現れたんだろう。
「あのなおっさん、あんたの性癖をとやかく言うつもり無いけど、年上好きの女子はただ歳だけ食ったおっさんになんか興味無いんだよ。経験豊富で落ち着いてて、子供になんか興味の持たないそんな『おじ様』に憧れてるらしいぜ。世の『枯れ専』は『おっさん』なんか求めちゃいない、『おじ様』を求めてんだよ。」
あの...もしかして私のモノローグ聞いてましたか?何?エスパーか何かなの?それとも私また声に出して独り言話してましたか?
「何だお前!どこから入ってきた!?」
「いや、そこのドアから。」
相変わらず素っ頓狂な返しするなぁ...普通は鍵のかかったドアから突然何の前触れもなく人は出てこないんだって。
「おっさん、僕と取引しようぜ。僕はこの子の解放を求める代わりに...」
「僕のエイリアンとしての宇宙のあらゆる知識と心理をくれてやるよ。勿論、ペットとして。」
*********************
「ちょっと何言ってんの!?」
「君の要望を叶えに来たんだぜ。」
「あなたならもっと他の作戦思いついたでしょ!?」
「いやもうこれしか思い付かなかった。」
「私は別にあなたにそこまでは求めてないよ!」
「お前種族は?」
おっさんが新星に言った。どうやら興味の対象が私のような一般人からこのクソエイリアンに移ったらしい。
「クリムゾンヘリックス。この宇宙で最大の種族だよ。」
「大きく出たな。見るからに餓鬼にしか見えないお前が宇宙で最大の種族の仲間か。」
「これでも推定年齢905歳だぜ。」
「お前がエイリアンだと言う証拠は?」
「じゃあ今から見せるわ。」
そう言って新星は再びドアを開けておっさんに中を見せた。
「これが宇宙最大のタイムマシン『アーク』。僕はこれに乗ってあらゆる時空を移動してきた。僕とそこの女の子はこれで宇宙街に来た。」
「なるほど、どうやらお前の話は本当みたいだな。」
「信じてもらえて良かった。」
「それでどうやってタイムマシンとこの部屋を繋げた?」
「これ、アークの鍵で鍵の付いたドアをアークと結び付ける事ができる。これがアークに乗る方法だよ。」
「実に素晴らしい...」
「お気に召しましたか?」
「ああ十分過ぎるほどにな。良いだろう。そこのペットを解放してやる。今日からお前が私のペットだ。それとその鍵を私に寄越せ。今後は私が鍵を預かる。」
「無理!アークの鍵は僕にしか扱えない。」
「私の辞書に『無理』という言葉など無い。私に仕えて、どうにかアークの鍵の所有権を私に移させろ。」
どうすんのこれ...アークを悪用する者を遠ざけるのがあなたのルールでしょ?それに鍵の所有権他人に譲渡することなんて本当にできるの?
「分かった、約束しよう。」
「ちょっと!」
「何だよ。僕は僕ができる事を全うしたまでだ。」
「アークを悪用すれば宇宙が終わっちゃうんでしょ?」
「宇宙の崩壊なんて知ったこっちゃないよ。大体僕にだって宇宙の終わりなんてスケールデカ過ぎて実感湧かないし。」
「でも...」
「良いだろう!お前達は今日から私のペットだ!」
「『達』?」
「この世の全てを知り尽くしたエイリアンと唯一の理解者である女、全部欲しい!私に寄越せ!」
「うわぁ、欲望剥き出しの人間がここまで醜く写るとは思わなかったぜ。でもそれはダメだ。この子には手を出すな。」
「お前こそ私に命令するな。おい、連れて行け。」
おっさんが黒服の男達に命令した。黒服達が私達を取り押さえようとこちらに向かってきた。
「ちょっと離してよ!」
「そうだぞ!離さないとクリムゾンヘリックスの凶暴な本性が火を吹くぞ!」
「そんなことできんの!?」
「いや!ごめん!嘘ですできません!」
「何で下手な嘘ついたの!?」
「嘘も方便て言うだろうが!」
必死の抵抗に黒服の腕力に、女子高生と引きこもりのエイリアンの非力な腕力では敵わなかった。おっさんがデスクの引き出しからあの首輪を取り出した。
「今日からお前達は私の『モノ』だ。」
ダメだもうおしまいだ。アレをつけられたら私達に自由はない。その時...
「辞めろ!」
少女がおっさんの手に噛み付いた。
「痛っ!てめえ!」
黒服達が焦り、標的を少女に向けた。
「お姉ちゃん達早く逃げて!」
「でも!」
「赤城ダメだ!ここを出ないとまずい!」
引きこもりエイリアンの火事場の馬鹿力が私をアークの内部へと引っ張っていった。
「あいつらはもうおしまいだ!あの子も助からない!ほら行くぞっ!」
「でも!」
ピピーッ
警報音が鳴った。この部屋から鳴ってるんじゃない。『女の子の首輪』からだ。
『主人に逆らえば首輪が爆発する』
部屋が爆風に包まれた。おっさんも黒服も...女の子も一瞬にしてその原型を留めることなく炎の中心地となって消えた。
私たちは間一髪アークに避難する事ができ、ドアも爆風の勢いでバタンッと閉められ、炎の侵入を防いだ。
*********************
今回の観光旅行の中で、誰も幸せにならなかった結末は前回のテラサイトの騒動よりも辛く心に残る事になった。こんなに後味の悪い思いをしたのは初めてだ。2度とこんな思いをしたくない。
「その...悪かったな。僕もこんな事になるなんて思わなかったんだ。」
「あなたはアークでどこかへ行く時いつもあんな辛い目に遭ってるの?」
「楽しい時だってあったさ。」
「じゃあ何でアークに引きこもってばかりなのよ?旅をするといつもあんな辛い事件に巻き込まれるからじゃないの?」
「いや別に僕は...」
「ねぇ、何であなたはそんなあっけらかんとして居られるの?人が死んだんだよ?それともエイリアンは命が失われるのを見て何とも思わないの?」
「あの子の勇姿を見ればどんなエイリアンでも命の大切さは重々理解しているのは明白だ。」
「じゃあなんであなたはそんなに平気で居られるのよ!」
怒りで身体が震えてる。ここまで感情が荒ぶった事は1度も無かった。退屈な人生を送って、何もかも諦めてきた私に『怒り』という概念とは無縁だった。
そんな私の様子を見ても、このクリムゾンヘリックスは顔色1つ変えずにいた。
「お願い。今すぐアークであの子を助けに行って。」
「無理だ、宇宙が壊れる。」
「変えて、未来を変えて。」
「未来を変える事なんてできっこないんだ。」
「じゃあ何の為のタイムマシンよ!戻って!今すぐ戻ってよ!...うっ...うぅ...」
「本当に残念だ...申し訳ない...」
「ぐすっ...何が宇宙最大のタイムマシンよ...何が宇宙最大の種族よ...命1つ救えない宇宙最大のポンコツマシンとそれを万能だと勘違いしてイキってる宇宙最大に惨めなエイリアンの間違いよ...」
「...」
何だよ...何とか言えよ...
私にここまで言わせんなよ...
お前も何か言いたいことあんなら言えよ...
「辛いと思う気持ちなんて僕にはもう無いんだよ...何かに悔やむ事も、悲しむ事も、哀れむ事も、慈しむ事も...色々な事が僕の周りで起こり過ぎた。」
「...」
「恨んでも何も言わない。僕を見て、僕のようにはならないで。」
「...」
アークの動きが止まった。どうやら無事帰ることができたみたいだ。
そうだ、もうこの際だから聞いてしまおう。
ずっと聞きたかった事。彼が素直に答えてくれるとは思えないけど。
「ねぇ。最後に教えてくれる?」
「クリムゾンヘリックスって何?」
「...」
「そうだよね、あんたが素直に自分の事を話すはずないよね。」
ちょっとは期待してたんだけどな...
やっぱりあんたはクソエイリアンだわ。
あの時私を助けてくれたのはただの気まぐれだったね。
さようなら、新星紅輝。
「いずれ話せる時が来れば全て話すよ。」
「...」
「こことは違う、遠い遥か彼方の銀河の中心に僕らの星がある。『ワーノフ』って星だよ。僕らの種族は凶悪なエイリアンを狩る事を使命としている『宇宙の死神』だ。」
宇宙最大の種族と呼ばれる所以は“畏敬の念”が込められてた。
「この星の科学は人を傷つける戦争によって急激に発達したろ?僕らの種族も一緒だ。多くのエイリアンの命を奪う過程の中でクリムゾンヘリックスの科学力もそれに比例して急激に発展した。こうして僕らは宇宙最大の兵力と科学力を手にしたんだ。アークもその産物だ。」
「あなたもたくさんのエイリアンを殺してきたの?」
「まさかそんな事できるわけないだろ?」
「そう...」
以前の彼にも多くの命が奪われる事に戸惑いを感じていたんだ。だったら、今ならそれを思い出させることもできるのでは?
「僕はそんな彼らに嫌気が差して逃げたんだ。僕に死神は向いていない。だからアークを盗んでワーノフを抜け出したんだ。」
「僕の話はこれで終わりだ。これ以上はもう話せない。」
沈黙が重くのしかかる。タイムマシンの中に流れる時が緩やかになり永遠かのように感じる。
「今日の事があったんだ。今後君とは接触しないようにするよ。君もどうか僕なんか見つけようとしないでくれよ。」
今日の事?あれはたまたまなんでしょ?
だったら...
「あなたと楽しい思い出を作れるまで私はあなたを捕まえるよ。」
「は?」
「じゃあね紅輝!また明日!」
アークのドアを乱暴に閉めて私は家に帰っていった。
「いやちゃんと丁寧に閉めろよ...」
「...今あいつ『紅輝』って言ったか?」
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