10年桜✕転がる石になれ #十年希望2024
古のAKBオタクが喜びそうなワードですが、どことなく似ているなと。アイデアを云々というよりは、それだけ普遍的な着想なのかなと感じた2点が結びつきました。
あらすじ
青臭い 青春群像劇
言うなれば、今作の全体的な雰囲気は「青臭さ」です。1年ごとに映画サークルの同窓会をカメラの前で行う。そのカメラに向かっての近況報告と心情の吐露が交差する。
決して簡単では無いその道や、人物達の不完全さはまさに坂道を転がる石ころのようでした。その無数の石ころたちの中でも、だいぶドラマチックな道のりを歩んだのが今作ではないでしょうか。
最初スタートは同じでも
途中で道から逸れたり
弾き飛ばされて消えてしまったり
真っ直ぐ進んだり
一緒だと思ったら離れたり
離れたと思ったらまた戻ったり
そういう色んな道を辿っている。そういう印象を受けて「転がる石になれ」と1つタグをつけました。
まあ、止まらなかったことでも苔が付いてしまうのも人生なんですがね。
年齢こそだんだん30歳に差し掛かるので、少し気恥しいセリフ回しが多いかな?と少し感じるところがありますが、「青春の青臭さ」を表現しているのならよいのかな?と思いました。
今の時代は脱サラしたり何かにチャレンジすることが増えてきましたが、まだ躊躇する人もいます。そこに「そんなの恥ずかしいことじゃないぞ」と後押しする、ちょっと臭い芝居(良い意味で)としたように思います。コウヤ含め、かっこよさは今作の登場人物には求められていないはずですので。
時間とともに進む
十年あれば人は変わります。おそらく登場人物の最終年齢と同じかそれより少し上の世代のアラサー~ミドサーの方々には、チヒロの言う「回り道」は結構刺さるのではないでしょうか。
今作は群像劇なので、どうしても各々の時間経過を補完しなくてはいけなく、1年前との違いや時間経過から察するしかできないのは、少し難しい所かなと思いました。ご都合主義とも捉えられがちなので。(じゃあ10年分各々を細かく描くのかって話です)
多分そこは、自分の周りの人も近況報告から何があったかを察していく。1から10まで話さないという普段の自分たちの生活とリンクさせるべきなのかなと思いました。
むしろ今作はその10年の中で各々に何があったか想像したり、誰かの人生に重ねるという方向なのかなと思いました。
もちろん、今作では時間経過があまり寄与しない権藤とユカがいます。権藤に心を奪われる人は多分少数だと思いますが、コウヤを献身的に支えるユカに心を癒された人は多いと思います。ただ、ユカには今作の肝になる「起伏」があまりない点はほかの人物と大きな差別化があります。きっとユカに安心を覚えてる人は、他の人の起伏を見て「ウッ」と心にチクリと来る人たちなのかなと思いました。(凄くいい奥様だと思いますし、演じられてた椎名香奈江さんの雰囲気は個人的に好きでした)
個人的には卒業してサラリーマン生活をしていたのでコウヤや就職後のテツヤみたいな、目標も具体的になく、さらに結婚などのような転機もなかったので、このふたりへの重なりが強めでした。
借金したり、お金を貸したりといったことはなかったですが、漠然と「これをしよう」って目的もなかったので。
コウヤは行動に移すきっかけは、リクが出所してエイジの台本を形にしよう。という所だと思います。それくらい大きな動きがないとできないことだと思いますので。
ただ、そこのムーブメントが今作の1番のハイライトなら、エイジとの繋がりはもう少しこいめでも良かったかな?と思いました。命を落とすっていうのも大きな動きですが、もっともっと上げて落として、コウヤやその他の人との落胆を共有出来たらなと思いました。個人的には少しあっさりしちゃったかなと思いました。
時の流れによる変化
青春群像劇なので、どうしても成長という言葉を使いたいですがどちらかというと変化が正しいのかなと思いました。
考えが変わったのはコウヤ
立ち直ったのはカズキとアキナ
回り道をして道をもう一度見つめ直したチヒロとテツヤ
他人の力に抗ったハル
立場が変わったキヨシ
凹んで這い上がる途中のリク
絶望から戻れなかったエイジ
これらは成長でもあり、環境の変化でもあるのかと思いました。出来なかった事ができるようになった能力的な成長というよりも、環境の変化に大して自分がどう変わっていったかがそれぞれの人物に映し出されていたのではないでしょうか。
今作で個人の感情を1番出して、喧嘩のように素直に向き合えたのはアキナが1番だったかな。声を荒らげているから、みんなの前だもお調子者のようだけどしっかり芯も通ってて、だから凄く後悔して、そこから立ち直って出会いがあった。
そして失ったカズキがダメと分かっていても抱きしめたくなるような儚さ。たぶんパリピな感じの付き合いではなくて2人の暮らしはもっと平和でお互い寄り添っていたのかな。と思います。
そのシーンを思い出したから、カメラの前のアキナは「2人で寄り添って」という言葉で思い出を反芻して、涙が込み上げてきたのでしょう。
今出さんのこういうトリガーについては、最近凄く注目していて。「ここで泣け」って言われている感じがしないんですよね。むしろ、そのトリガーを観ている人に共有して「ここ!」って所で泣き始めるので印象にすごく残るのです。
あと、カズキに抱きしめられたときに驚いた表情はもちろん、抱きしめ返すまでの躊躇い。あそこは今のパートナーへの気持ちや自分がカズキを嫌いになったことと同じことを今やろうとしている。でも、真っ直ぐにカズキが好きだった気持ちもある。ドライに考えられない人間くさい葛藤が描かれていました。あの胸の中でどういう表情をしていたのでさょうか。
ただ、ここがだいぶパワフルだったので、テツヤが借金するシーンは、エイジの死と重なるところもあったのでもう少し「もう誰も死んで欲しくない」くらいのドラマがあっても良かったきもします。
ハルと権藤のシーンは、逆に感情を出しすぎたら生々しくて作風が少し壊れてきちゃいそうかなと。だからタレントらしく「臭いものには蓋を」で終わらせたのでしょう。
チヒロはパパ活モードはきっと、今までの反動だったのでしょう。何をしているかをすぐに答えないっていうことは何かしらの後ろめたさがあったんだと思います。引っ込み思案の悪い所って、陽キャに優しくされると素直に喜べない所なんですよね。「弱い人にも仲良い俺たち」のネタにされてるような気持ちが心の底に残ってる。
だから指摘された時には言葉にできない爆発が生まれたのでしょう(耳がキーンとなりました笑)
リクは、ある意味1番わかりやすいかも。出所して言葉遣いが変わったところから悔い改めていたことが時の流れから伝わります。(ただ、刑務所の中にしては靴がオシャレすぎた気も…)
キヨシは、、、ちょっと特殊でわりと距離を置いた立場だったのでスピンオフで語られるのですかな?過去にいじられてたとか、テツヤとの立場逆転とか色々あったのでしょうけど、そこを無理に補完するのは少し苦労しそうなので。。。
何かはあった。けど、それ以上に色々起こっているので…
十年という時の時代背景
個人的に今作のような時代の移り変わりがあるものは、その時代に沿ったものであるかが完成度に大きく関わります。
ぼくらの七日間戦争2024で、教師が生徒にゲンコツしてたらもはや意味わからないですよね?それと同じで、時代背景を映し出すことや矛盾を生じさせないことは脚本リメイクでも凄く大事な事だと思っています。
今作は、まず卒業後の2014年~2015年。この頃は就職氷河期の末期です。サークルメンバーのほとんどが会社勤めではなく自由業やフリーターなのはその時代を写しているのかな?と思いました。
引っ込み思案なチヒロが派遣社員というのも、「可哀想」ではなくて、そういう人がうまく就職出来なかった時代なのかなと思います。
次にリクの投資詐欺。3年目辺りの出来事でちょうどYouTuberが流行りだした2017年頃とぶつかります。「好きなことで生きていく」が湾曲して「地道に稼ぐことはダサい」と心のどこかで思っていた若者の弱さが現れた瞬間かと思います。
(投資詐欺自体は2000年代中頃からあった)
そしてチヒロのパパ活も2017年頃から
最近流行りのパパ活に手を出し始めた。という時代背景とチヒロの心にリンクするようにしていたのかなと思いました。
そして時は流れて、2023年頃にリンクすると終身雇用ということは少なくなり脱サラや転職はかなり多くなります。コウヤやテツヤも周りを見て背中を押してもらった感覚ではないでしょうか。
こういった時代に沿った物が映し出されることは、造り手の技量はかなり変わるかなと思いました。もしかしたら私の把握に漏れもあるかもしれないですが、是非皆様の思う時代とリンクさせてもいいかなと思いました。
と、ここまで書いたのですがそうなるとコロナとかを描かないのは敢えてなのかなーとは思いました。流石にここまで矛盾なき脚本がたまたまってことはないと思うので。あとは、あんまり時事ネタやメタを書きたくなかったのかな?暗喩的には散りばめてましたが、オリンピックのような時代を確定させるネタはなかった気がしますので。
こういう人が観るべし
コアなターゲットは夢を諦めたとか、回り道中の30代くらいや、今ちょうど岐路に立っている20代には内容としてはフィットしそうです。
青臭くて、照れるような描写が好きな人はいいと思います。
あと、10年の時の流れを十分に想像して楽しめるなら持ってこいだと思います。(あれもこれもを求めると、アメリカのドラマ・フレンズくらいのウルトラ大規模になってしまうので)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?