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私とベトナム語の馴れ初め

「なんでベトナム語を勉強しようと思ったんですか?」

私がベト語を話せる(といっても少しだが)とわかった時や、語学レッスンで初めましての先生と自己紹介をする際によく聞かれる質問だ。

なぜかと問われるとこれと言った明確な理由はなかったようにも思う。ベトナムとはもはや腐れ縁のようなものも感じているし、ベトナム語もそれに付随しているだけなのかもしれない。

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始めてベトナムで暮らし始めた2016年。私はベトナム南部の都市、ホーチミンシティーにある旅行関係の会社に勤めていた。ベトナム行きが決定した時から日本でベトナム語のテキストを購入し、独学をしてみたものの、赴任してすぐに挫折した。日本で読んでいたテキストは基本どれも北部の音や単語がベースになっているため、南部のサイゴン(ホーチミンシティーの旧称だが今でもこの呼び名がよく使われる)で降り注いでくるベトナム語は全く別の言語のように感じたのだ。学んだ言葉と全然違う…どうして…、私の耳がおかしいのか、言語学習スキルが低すぎるのか…。話しかけられる言葉も理解できず、自分が発する言葉も全くと言っていいほど伝わらずの繰り返し。ベトナム語が理解できないことによって自分のいろんな面での自信が喪失していった当時の私は、「今は仕事に慣れることを優先したほうが良い!」ともっともらしい理由を言い訳にベトナム語から逃げた。幸い、オフィスの共通言語は英語であったし、日本語を話せるスタッフも数人いたため、ベトナム語を話せなくとも仕事に大きな支障はなかったのだ。 

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数年経ち、サイゴンでの仕事を辞めて日本に帰国した私はなぜかあらためてベトナム語を勉強し始めた。ベトナムでの暮らしはとても楽しかったのだが、職場のあれこれにより私は心身ともにボロボロになっていた。後悔ばかりが残る帰国だった。辞めてしまった仕事はどうやってもやり直すことはできない、ベトナムでの後悔を一つでも塗り替えることができるとしたら、そう思ったときに浮かんだのがベトナム語だったのだ。お世話になったベトナムにいつかまた恩返しをしたい、つらいときにそっと支えてくれたベトナムの人々と同じ言語を使ってコミュニケーションがしたい。それらが私のベトナム語と向き合うスイッチが入ったきっかけだったかもしれない。

しばらくして、新たな仕事を得た私は、北部のまち、ベトナムの首都であるハノイに住むことが決まった。次の仕事は日本人に向けたサービスを提供するものではなかったため、ベトナム語でのコミュニケーション能力を上げておきたいと思った私は、赴任までのフリー時間を利用し、ハノイに1ヶ月ほど滞在しながら、友人の事業の手伝いをする合間にベトナム語センターに通ってみることにした。先生や環境次第でかなりモチベーションが左右されるタイプなので、どのセンターに通うかはかなり吟味した。たいていどこのセンターも初回のお試しレッスンが無料かお手軽料金で提供されており、そこではほぼほぼ発音の練習が行われる。中国語と同様に声調言語であるベトナム語は発音が命なのだ。全部で6〜7校は体験に行っただろうか。わかりやすさの程度は違えど、発音練習の基礎だけを延々と繰り返したことが良かったのか急激に私のベトナム語発音は向上した。(今でも発音だけは良いと褒められることがある。)

ちょうどタイミングよく約1ヶ月の初心者向けグループレッスンが開講されるとのことだったので、西湖近くのセンターに通うことに決めたのだが、これがまた正解だった。グループレッスンといっても私ともう1人の日本人女性の2人きりだったのでかなり丁寧に見てもらえたのだ。そして、先生の教え方も上手い。この1ヶ月で私は買い物やちょっとした日常のやり取りができるようになり、「ベトナム語って楽しい!」とモチベーションがかなり上がっていった。語学において楽しいと思えるのは大事。

その後、あらためてハノイに赴任してからも同じベトナム語センターに通い、8ヶ月ほどプライベートレッスンを続けていた。残念ながら先のグループレッスンを担当されていた先生はすでに退職されていたのだが、新しい先生も若いながら博識で、また、若者ことばなんかも含めいろいろと豆知識を教えてもらえたりと有意義なレッスンを受けることができた。ただ、どうも私は個人レッスンよりグループレッスンのほうが伸びるタイプなのかもしれない。自分では思いつかなかった疑問点や質問が飛び交うグループレッスンのほうが刺激や学びが多いように感じるのだ。とはいえグループレッスンは曜日・時間が固定されていることもありなかなか参加のハードルが高いのが残念なところ。

そうしてハノイ暮らしを満喫していた最中、コロナによって仕事を失い帰国したわけだが、ゆるーっとベトナム語は続けている。ここ数年で日本でベトナム語を見る機会も格段に増えた。ベトナムからきた人たちに限ったことではないが、彼らに関係したいろんな悲しい出来事も見聞きすることが多くなった。自分がもっとベトナム語ができたなら、力になれることがあったかもしれないなと思うことも多々ある。そういった理由から、近い将来、通訳や翻訳ができるような力を身につけたいという新たな目標ができた。日本とベトナムの架け橋に、などと大きな夢を語るつもりはないし、そういった存在を目指したいわけではない。ただ、必要な時に目の前の人の役に立てたらと思う。ベトナムでの仕事もしたいし、日本でも働きたい。それを叶えるために、言うまでもなくベトナム語は必須のスキルでもあった。

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そんなこんなで、ベトナム語と私の関係は今でもだらだらと続いている。ベトナム語の面白さを一緒に楽しめる仲間もちょっとずつ増えていったら嬉しいなぁと思っている。これからベトナム語を学び始めようという方に向けて伝えたいことと言えば、ベトナム語は発音が命。これは本当にそうなので「そうは言ってもだいたい合っていれば伝わるでしょ?」と手を抜かないほうが良いと個人的には思っている。日本人にベトナム語を教えているベトナムの人なら、ある程度日本人の発音の癖などを知っていて言いたいことを理解してくれることもあるのだけれど、そうではない場合、曖昧な発音はびっくりするほど伝わらないのだ。とはいえ大人になってから全く使ったことのない音を操るのは結構難しい。子どもと同じように…とはなかなかいかないのも事実だ。私のように特段語学センスがないという人は、意外と理論ベースで発音を学んでみるのも良い。私はいっとき日本人に向けてベトナム語の入門レッスンを行ったりもしたこともあるのだが、また機会があれば発音に悩んでいる人向けにそういった活動もしていけたらなと思う。

とにかく、ベトナム語は面白い。日本語とは遠く離れた言語に感じられるだろうけれど、共通点がないわけではない。その意外さ、面白さに気づいてくれる人がいたら増えたらいいなと思いながら、自身もまた日々これ精進なりとベトナム語と触れ合うことを続けていくのだ。

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