【ゲームの話】【#ゲームの作り方】モブ武将の使いみち
以前、拙記事『「信長の野望」は何のシミュレーションなのか?』(前編)(後編)で分析したように、歴史を題材とした戦略シミュレーションゲームの多くは、何のシミュレーションかが不明瞭です。
開発コストの話
失礼を承知で書けば、ゲームデベロッパーは歴史上の有名人を権利フリーで使えるタレントだと思っているのではなかろうか。
存命の著名人であれば、名前の使用許諾やら肖像権やらギャランティやらの対価を支払わないといけないから。
ただし、本人への支払いはない代わりに、顔(グラフィックス)や声(CV)などのキャラクター化のコストはかかる。
そうすると、知名度の高い武将はよいとして、無名の武将はコストに見合わないとして採用されにくくなる。
そうすると、有名武将の多くは能力(武将としての適正)が高いので、正規分布にはならずに、バランスが悪くなるのではなかろうか。
検証のために、信長の野望「大志」での能力値別の人数分布をグラフにしました。
能力には統率・武勇・知略・内政・外政があり、これらを平均すると中央に寄ってしまう(武勇80内政20その他50の猛将も、武勇20内政80その他50の文官も、全て50の凡将も、平均50で同じになる)ので、各人物が持つ最大の数値を選んでいます。
平均値は、66.8でした。やはり、能力値が高めに偏っている。
システムの話
さらに、有名武将を集めてどういうゲームにするのか。
まず思い当たるのは、武将どうしの対戦バトルでしょう。
例えば、通常攻撃力・特殊攻撃力・防御力のパラメータを使って殴り合い、率いる兵士がヒットポイントとなる。
それはシミュレーションでもなければ戦略でもなく、中世ファンタジー系の「武器」を武勇、「呪文」を知謀、「防具」を統率と、呼び方を換えただけですね。
アナログゲームで例えると、対戦型ゲームブックの「LOST WORLDS」などと同じ。
いや、そういうゲームを作ること自体は構わないのですが、決して「シミュレーション」ではない。
「シミュレーション」を名乗るのであれば、個性のないモブ武将の存在も重要だと、筆者は考えます。
だって、正規分布の一番高い山の部分なんだから。
そこで今回、モブ武将がどういう場合に必要で、使うとしたらどのような運用が考えられるか、考察してみました。
それぞれのケースの分類名や運用方式には一般的な名称があるわけではなく、便宜上筆者が命名したものです。
欠員補充型
例えば、全てのエリアに必ず長官などの責任者を置くルールの場合、そのポジションの武将が死んだり敵に引き抜かれたりすると、欠員となって補充する必要が出ます。
役職のない家臣が待機していればその中から任命することができますが、いない場合は後任を無理やり登場させることになる。
この場合のモブ武将は史実に沿った形での登用ではないのだから、架空の人物でもよいでしょう。
文字通りの欠員補充だけでなくて増員があるゲームでも、人材を採用する機会が増えるだけで、基本は同じだと言えます。
運用方式
デジタルゲームの場合は、最初に人材リストを作成しておいてそこから選ぶ人材リスト方式と、必要になるタイミングで一人づつ作成するイベントドリブン方式の2通りが考えられます。
アナログゲームの場合は、未登場の人物コマやカードの山から無作為に選ぶとしたら、これはデジタルゲームの人材リスト方式と同じです。
それに対して、サイコロを振って能力を決めるような場合は、イベントドリブン方式です。
系図取り込み型
欠員補充型は、ゲーム進行中に出た欠員を埋めるものです。こちらは、シナリオ作成中に適任者が見つからない場合の扱いです。
あるシナリオの開始時点で国王や城主として誰がいたか、資料からは分からない場合もあるでしょう。
それでも誰かを登場させなければならないとしたら、近い時代の国王や城主の血縁者で埋めておこうという方法です。
デジタルでもアナログでも、シナリオ設定にリアリティを持たせようとしたら必要なコストです。
能島村上家
例えば、能島水軍の全盛期を築いた名将村上武吉は、伯父義雅が若死したあと、厳島合戦の直前1549~1551年の間に従兄義益との家督争いに勝利して当主になっています。
祖父隆勝は1527年または1532年に没しているので、少なくとも1533年から1548年の間に開始するシナリオを作る場合は、村上義雅と義益という二人の無名武将が必要です。
この場合、無名の武将ではあるが、(家系図を信じるなら)実在する人物です。だから評価すべき経歴があれば、それに応じた能力にすればよい。
しかし経歴が分からない場合も多く、「経歴が残らないのは凡将だったからだ」と仮定して、平凡な能力のモブ武将とすべきでしょう。
信長の野望
ちなみに信長の野望シリーズで採用されたことがあるのは、義忠(武吉の父)・武吉・元吉(武吉の子)の三名のみです。
これだと、「隆勝から義忠、武吉の順に家督が継承された」という誤解が生じかねません。
系図書き換え型
ゲームに登場している武将が戦死なり病死なりして退場した場合、弱小の勢力であればあるほどバランスが大きく崩れることになる。
そのときに、資料上には書かれていなくても、架空の後継者がいたことにする方法です。
欠員補充型と同じように見えますが、誰でもいいわけではなくて、封建制度では領地を代々血縁者が受け継ぐという想定があります。
つまり実子や養子が継いだことを想定して、少なくとも同姓の若い人物にしないと不自然です。
そこで、人材リスト方式で血縁関係を管理しているデジタルゲームの場合は、ある確率で壮年の人物に架空の実子が誕生するイベントを起こして、機械的にリストに追加する運用が考えられます。
蒼き狼と白き牝鹿
コーエーの「蒼き狼と白き牝鹿」シリーズでは、プレイヤーが操る君主にのみ実子誕生イベントが発生します。
ゲームバランスの目的だけでなく、ターン制限なく続くゲームの場合はこのような運用で人材リストの枯渇を防ぐ目的があります。
その場合は、処理時間の問題がなければ、毎ターン全人物を対象にイベント発生チェックをする運用も考えられます。
いずれにせよ、採用した家系図をゲーム内で書き換えることになるので、「系図取り込み型」とは別物としました。
使い回し型
これは、主にアナログゲームでよく見られる手法です。
限られた個数の指揮官ユニットしか用意できないから、あえて固有名詞の欄を空欄にしておいて、死んだらまた違う人物として登場させるわけです。
戦国大名
例としては、冒頭に挙げた拙記事でも書いたように、エポック「戦国大名」には無名武将ユニットが多数登場します。
知名度がないという意味ではなく、名前の欄が空欄という意味です。
このゲームでは、領土を拡大する過程で「誰でもいいから人材が欲しい」となる、ベンチャー企業経営のような面がありますから、能力は低くても使いみちはある。
無名武将ユニットの中にはたまに有能な武将もいて、プレイヤーが「この内政しかできない人は長束正家と呼ぼう」とか「この万能タイプは今は樋口与六という名で、のちのち直江兼続と名乗らせようかな」などと想像して、脳内でリアリティを補えばよいのです。
帝国の興亡
SPI「帝国の興亡」では、そもそもシナリオ開始時の国王以外は能力値が決まっていません。国王が交代したら無作為な能力の王になります。
この場合も、「イングランドで戦闘力9から戦闘力1の国王に代わった。先代がリチャード(獅子心王)で、これはジョン(失地王)だな」などと想像すればよいのです。
無名=無能なのか?
ここまで考察してきて、最後の「使い回し型」だけは、個性のない人物という意味でのモブ武将ではないことに気づきました。
一般的には「無名=知名度が低い」だから、キャラクター化にコストをかけない結果、凡将に設定される。これはモブ武将です。
それに対して「使い回し型」は、「無名=名前が空欄」なのだが、テンプレートとして使いまわす運用が想定されており、能力値はリアルな分布に近くすることが可能。
部品点数に制限があるアナログゲームだからの制約ではありますが、無能も有能も含めて正規分布の山全体を均等にサンプリングすることは、シミュレーションの基本であるとも言えます。
まとめ
デザイナーが「このゲームではこういう能力値分布が適していますよ」とまず仕様を決めたら、デベロッパーはできる限りその分布に近づけるべきです。
有名武将だけでそれが難しいのであれば、コストをかけてモブ武将を準備して補うのか、最初からあえて名前のないテンプレート武将を準備して、名前はプレイヤーが好きに当てはめてね(どうしてもリアリティが欲しければ)、と割り切るのか。
シミュレーションと名乗るにはどちらかが必要であると、筆者は考えます。