Street Story 03 【初陣】
大石さんからの誘いをもらってからの僕はさらに一生懸命練習を繰り返した。
なんてったって人前で歌うからにはカッコイイ姿を見せたい。
たとえそれが道行く人で全く僕に興味がなくても、ヘンな小僧だと指差されたとしても、人前に立つからには注目をひきたい。
虚栄心の塊である。(笑)
大石・松山の兄貴コンビと相談のうえ、僕の初「弾き語り」は週末の土曜日に決まった。
中学生の僕にとって「夜の繁華街」というのは未知の世界で、いままで見たこともない怪物たちがウロウロしててもおかしくない、そんな場所であった。
しかも、その怪物たちの前でギターを弾きながら歌う。まさに自殺行為。
しかも僕は『RUN』しか弾けない。持ち歌1曲のみ。
あぁ 辱めを受けるに違いない・・・(涙)
しかし、そんな不安とともに期待と楽しみが入り混じって僕はドキドキしていた。
『RUN』がうまく歌えなかったら、そのほかに僕の武器はない。
ナイフのみで『バイオハザード』をクリアしろと言われているようなものだ。
そんな不安のなか、ドキドキを楽しんでいた僕はすでに「ドM」だったのかも知れない…。
そして、初陣当日。
「消灯~ 消灯~」いつものごとく消灯の放送が流れた。
いつもなら電気を消してギターにティッシュを挟むのだが、今夜は違う。
股にティッシュを挟むのだ。
いや、それも違う!
今夜は作戦決行の日だ。
ギターをハードケースにしまい、そいつを持って電気の消えた大石さんの部屋に忍び込む。
「ガッツ ピックは持ったか?」
「はい!」
小声でそんな会話をしながら出発の準備を進めていた。
ギター、ピック、カポタスト、ハーモニカ、楽譜…
大石さんや松山さんのバッグには色んなものが入っていた。
僕はといえば、ギターケースのみ。楽譜は大石さんのを見せてもらうからいい。
というか、コードを3つしか知らないから『RUN』しか弾けない。(涙)
準備が済み部屋を出る。非常灯だけの薄暗い廊下。
不気味なもんだ…。
階段を下りて一階の食堂へ。
乱雑に散らかったパイプ椅子にギターがぶつからぬように気をつけながら
窓の明かりに近づいていく。
大石さんがそっと窓を空け外にジャンプした。そして、松山さんがギターを手渡す。
3人分のギターを手渡したあと、「ガッツ 飛べ」小声で僕に合図した。
その慣れた手つきを人ごとのように眺めていた僕だったが、松山さんの合図に気づき窓の縁に足をかけた。
見知らぬ世界への出入口。
大人1人分くらいの高さだったが、
そのときの僕には何百メートルもある山からのジャンプのように思えた。
『大人への第一歩。』
僕にはそう感じた。
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