連載「十九の夏」【第五回:陽菜子との約束】
「ゴミはなっちゃんの分もちょうだい。あたしが捨てに行くから」
店の前にあるゴミ箱にふたり分の空容器を捨てに行く陽菜子。そこで陽菜子はコンビニのガラス張りに貼られているポスターを見つける。
「花火大会、八月二十五日開催……かぁ、今年もあるんだね」
夏樹たちの住む地域では毎年八月の末の土曜日に花火大会があるのだ。ここから更に歩いてしばらくのところの河川敷で開かれている。
「なっちゃん、ちょっとこっち来て」
陽菜子は口を開いて夏樹を自分が今いるところに呼んだ。片方の手で「おいでおいで」のポーズをして、もう片方の手で花火大会のポスターを人差し指で指さしながら。
「来週の土曜日の二十五日に花火大会、あるらしいんだけど……。せっかく帰省してるんなら、……今年はあたしと一緒に河川敷に見に行かない?」
陽菜子から花火大会に誘われた夏樹。幼馴染とはいえど、女の子と一緒に花火大会なんて。突然のお誘いに夏樹はすこし、いやかなり驚いた。
「あ、うん……、でも北村さんは勉強に忙しいんじゃない?」
「うん、……だけど。たまにのことだし、土曜日の夜だし。ほんの二、三時間外出してもいいかなって思う。それに……」
「……それに?」
「二十五日、なっちゃんと花火見に行くことになれば、それを励みにそれまでのあと十日間、勉強をがんばれる。楽しみなことがあるとそれに向けて効率上がるんだよ?」
「……僕と一緒でいいのかな?」
「うん、なっちゃんと一緒でいいの。……というか、なっちゃんと一緒がいいの……」
「うん……、じゃあ一緒に行こうか」
「よーし、決まりだね! じゃあ、二十五日の花火大会。約束だよ!」
こうして、ほぼ陽菜子が主導権を持つようなかたちで、ふたりの「花火大会デート」が決定した。
「そうそう、なっちゃん、携帯電話持ってる?」
「うん、もちろん。大学入学のとき買ってもらった。iモードとかには非対応で、通話とメールのやりとりぐらいしかできないちょっと古いやつだけど」
夏樹は自分のポシェットから携帯電話を出して、陽菜子に見せようとした。
「んまぁ、あたしもそんなもんよ。この春買ったことについてはおんなじだし。電話番号とメールアドレス訊いていいかな?」
「もちろん。電話番号はね……」
ボタンを押しながら、自分のアドレス帳を呼び出す夏樹。ふたりはお互いの連絡先を交換し合う。これも、今や名刺交換よろしくの作業である。見ず知らずの不特定多数に対してメール友達募集なんてしている輩もいるようだが、顔が見えない相手とメールを交換するのに躊躇はする。確かに一人暮らしの夏樹、話し相手が欲しくはあるけれど。
連絡先を交換し終えたところで陽菜子が言う。
「じゃあ、あたし、うちに戻らないと。勉強するから。朝……じゃなくて昼起きたらあたしの部屋の中がもう蒸し暑くって、蒸し暑くって……。だから、コンビニ行ってるあいだに部屋を冷しとこうと、部屋のエアコンつけっぱなしでうち出てきたの。留守なのにエアコンつけたままなのが親にバレたらまた小言言われるからね」
夏樹と陽菜子の家は三叉路、いわゆるY字路で別れている。このふたりの母校である小学校から歩いて数分ほどのところにある、この三叉路の一角にあるのが「元酒屋」で「元駄菓子屋」のこのコンビニ。この三叉路をコンビニに向かって左に行って更に徒歩五分ほどで陽菜子の家、逆に右に行って更に徒歩十分ほどで夏樹の家なのだ。つまり、このコンビニはいわばふたりの「分岐点」である。
とりあえずは陽菜子と夏樹。来週土曜日八月二十五日の夕方、花火大会に行くために、またこの「分岐点」での待ち合わせの約束を交わしたのであった。夏樹にとって女の子とふたりで花火大会に行くなんて「初体験」のことなのだけれど。
「じゃあ、二十五日。楽しみにしてるね」
「うん、僕も楽しみだよ。北村さん、勉強頑張ってね」
「なっちゃんも夏休み、楽しんでね。せっかく富山に帰ってきてるんだから、おうちにばっかり居ないでいろいろ出かけるのもいいと思うよ?」
リュックを受け取りに行った日には、陽菜子の提案にも関わらず、あのあと夏樹はリュックを受け取ったら結局すぐに帰ってしまった。更にそれからのここ一週間ばかりの夏樹の「ほぼ引きこもり」のような日々を陽菜子には見透かされてしまったかのようだ。
今年の夏、全国的にもそうなのだが、ここ富山でも例年かそれ以上の猛暑続きの日々が続いている。現に夏の陽射しが容赦なく照りつけているところだ。そんな中、じゃあね、と別れの言葉をお互いに交わすと、ふたりはY字路の左右に別れてそれぞれの家の方向にまた帰っていった。
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