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連載「十九の夏」【第四回:終戦記念日】

 今日は八月十五日。ちょうどお盆の中日であるが、終戦記念日でもある。夏樹が実家に滞在し始めて一週間ばかりが過ぎた。今日は父親のきょうだいなど、夏樹の親戚にあたる人間が幾名、墓参りのついでに折原家を訪れている。今は応接間でお盆の「宴会」が始まっている。親は夏樹に、宴会に参加する必要はないが、せめて顔だけでも見せに行けというので、夏樹は応接間に挨拶に行く

「おお、夏樹くん。こんにちは。お邪魔しとっちゃ」
「はい、どうぞごゆっくりなさってください」
「うん、すっちゃ、すっちゃ。きのどくなー。ところで君もおおきなったねー、何年生になったがけ?」
「大学一年です」
「おお、君はもう大学生やったけ。月日の経つのはエラい早いもんやちゃのう……。前からかったい子やったけど、また甲斐性出てきたみたいちゃのう」
 もうすぐ終戦記念日の正午、高校野球も一時中断したところであり、テレビでは戦没者慰霊の式典を生中継している、まだ幼かったけれど当時の記憶を持つ伯父が富山弁を交えつつ戦中・戦後直後の苦労話を語りだす。伯父がまだ小学生になるかならないかの頃、戦争終結のまさに直前の時期、富山市の中心街も米軍による大空襲にやられ、ほぼ完全な焼け野原になってしまったという。

「夏樹くんらの世代がこれからの日本を背負ってくんやちゃね。くれぐれも戦争だけはもう二度とせんように頼んちゃ」
 正午の黙祷を皆で捧げたあと、伯父が人生の先輩としてのメッセージを夏樹に託した。


 今日もまた三十度を優に超す暑さとなっている。何か冷たいお菓子でも食べたくなってしまった夏樹。とはいえど実家の冷蔵庫の中にアイスクリームとかアイスキャンデーがあるわけではなかった。暑い中だが近くのコンビニまで買いに行くことにした。ついでにスナック菓子とかも買ってこようと思いつつ。

 そのコンビニは今でこそ大手が運営するフランチャイズ加盟店の一店に過ぎないが、元々は酒などを扱う個人商店だった。夏樹が小学校を卒業するぐらいの頃までは。だが、個人商店の経営が全国的にも立ち行かなくなる中、その店もコンビニに転業するか、もしくは廃業するか、他なくなったのだ。その店では個人商店時代には駄菓子や文房具、そして漫画誌などもいくつか扱っており、小学生らも大事な「お客様」ではあった。
 夏樹たちも小学生時代には親から小遣いをもらうとその店に集まって、駄菓子やらなんやらを買い食いしたものだ。小学生の目線では酒屋さんというよりは駄菓子屋さん、といえる店であった。高度経済成長期の東京の下町によくあったかのような、いかにも駄菓子屋といったごみごみした雰囲気とはかなり違ったけれど、店主も昔の玩具やくじをも用意するなど敢えて駄菓子屋っぽい一面を見せようとはしていたようだ。あとは、子どもたちも皆の話題に遅れまいと、人気の漫画誌や単行本を自分の小遣いの中でやりくりしながら購読していたりもした。

 さて、夏樹がコンビニに入ろうと店の入口に近づく。それと入れ替わるように出てきたのは陽菜子だ。
「あっ、なっちゃん、おはよう。またまた偶々だねー」
「あ、おはよう……。ってもう午後だけどね」
「あたしはさっき起きたところなのー。さすがの予備校もお盆の三日間は休講なもんだから、つい昼まで寝てやったわ。休講っていうか、正確には自宅学習日、なんだけどね」
 陽菜子がそうボヤいた。白地にボートの浮かぶ海の絵が描かれているTシャツに薄手のジーパン姿の格好をしている陽菜子。短めの髪は特に結んだりすることをせずナチュラルな感じにしている。
「受験生は夏の過ごし方が勝負なんだよー」
「あたしも二年目だからそのくらい心得ているけどね。昨日から自宅学習日なんだけど、何せおうちは暑くって勉強捗らないわ。なっちゃんも何か買い物に来たの?」
「アイスクリームか何か買いに来たところだよー、この暑さだし、つい食べたくなってね」
「えっ? なら、こいつ半分こしない?」
 陽菜子は手に持っていたコンビニのレジ袋から「パピコ」を取り出した。これは子どもや若者を中心に人気の高い冷菓子だ。一袋に二本入っているので、友達同士や若い恋人なんかがふたりで一本ずつ食べるのが主流になっている。
「ありがとう、そうしようか。しかし、このタイミングでパピコ買うとか、なんか友達か誰かが来るのをあらかじめ知っていたみたいだなー」
「ううん……、いつもひとりで二本食べてるんだけどね……」
 陽菜子はほんの少し恥ずかしそうにそう言って、二本入っていた片方を夏樹に渡した。コンビニの駐車場の隅で、一人一本ずつパピコを食べながら、冷たく甘い至福の時をおくる夏樹と陽菜子。陽菜子のほうが先に食べ終わり、続いて夏樹も食べ終わった。

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