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連載「十九の夏」<最終回>【第十五回:再びはじまるふたりの物語】

 二人がそんな会話をしているところに、夏樹に話しかけてくる男子学生が。
「おーい、折原! お前、なんだよー、女の子と仲良くしてるじゃねえか」
 その男は夏樹と同じ理工学部情報工学科二年の馬場という学生である。

「へへへ、この子は俺の幼馴染なんだよ」
「へぇー、折原にこんな可愛い幼馴染がいるって。一年生かな?……あ、俺、折原と同じ理工学部情報工学科二年の馬場隼輔です。よろしく」
 馬場は途中から陽菜子の方に顔を向けて自己紹介の挨拶をした。
「薬学部薬学科の新入生の北村、北村陽菜子です。馬場先輩ですね、よろしくお願いします」
 夏樹としては馬場には陽菜子の名前すら知られたくなかったのだが、陽菜子の方から丁寧に自己紹介をしてしまった。夏樹は続けてこう言う。
「……あ、おい……。馬場には気をつけたほうがいいよ。ナンパ師だから」
「あのなぁ……、だれがナンパ師だっての。このキャンパスでは数少ないマイノリティの女性に優しい人と言い換えてくれよな」

 馬場はそう反論した。何故だか、学科内でのあだ名としてのひとつに「ナンパ師」というのを持つ馬場。確かにハンサムな顔立ちをしており、ファッションにも詳しそうなおしゃれな格好をしているが、見た目からしてチャラいというほどでもあるまい。そもそも、夏樹を含む他の男子学生の多くが奥手なだけであって、馬場に対してもナンパ師は言い過ぎだ。むしろ馬場は誰に対しても分け隔てなく話せる、社交的な性格の持ち主だ。こう言うのも何だが、オタク系の男子が多く集まる、だいたい男女比からして九対一の理工学部、その中でも更に男子率の高い情報工学科の同学年の男子学生の中でも、馬場は五本の指に入るくらいの容姿を誇るともいえる。実際、付き合っている彼女が学内にいるとかいう話である。もっとも、母集団の多くがオタク系の男子なのであくまでも相対的に見てかなり「イケている」ように見えるだけと言ってしまうこともできるが。だからこそ、馬場はナンパ師だのと誤解を受けやすいのかもしれない。
「北村さん、俺、折原とも仲良しなんで。大学生活とかに困ったことあったらいくらでも俺のこと頼ってください」

 実際にはそこまで夏樹と馬場は仲良しというわけではないのだが。そこへ女子学生が来て、半分叫ぶような感じで馬場に話しかける。
「あ! ちょっと、隼輔。また女の子ナンパしてるのー!?」
 どうも馬場と付き合っているとされる彼女らしい。理系の女子学生にしてはずいぶん垢抜けた格好をしている。相変わらず素朴な感じの陽菜子とは対照的ともいえる。
「いやぁ、この子は友達の知り合いで。新入生だっていうから、先輩としていろいろ助けてあげるよ、って言ってただけで……」
「新入生の女の子? くれぐれもこういう男、隼輔のことね、の口車に乗っちゃダメだよ」
「は、はい、先輩……」
 馬場とその彼女。まるでその彼女までもが馬場のことを誤解しているかのような言い方をしたのだった。結局、彼女が馬場をその場から引っ張っていくようなかたちでそのふたりは去っていった。

総合大学とはいえど理系の大学であるだけに、周りを見渡す限りで男子学生に対して女子学生はまばらだ。実際に学科によって比率は違うが、ほとんどの学科で男子学生の比率のほうが圧倒的に多い。今の夏樹のように女子学生と立って話している者を見るだけで、羨望の眼差しで見てくるような男もちらほら居る。

 夏樹が陽菜子に尋ねる。
「そういえば、ひなちゃん。薬学部ってまだ女の子少なくはなさそうだけど、どんなもん?」
「うん? 男の子も女の子も同じくらいの人数だよ?」
「へぇ、ホント? 薬学部はやっぱりエドリカの特異点だな、こりゃ……」

 確かにエドリカにおいての薬学部。学部別での女子比率ナンバーワンという統計が出ているのではある。
「でも、ちょっと気持ち男の子のほうが多いかもー」
 陽菜子は何かを修正しようとするがごとくそう言った。

 今度は陽菜子から。
「そうそう、なっちゃん、明日土曜日は暇かなぁ?」
「うーん、生憎だけど、ひなちゃんの部屋の片付けで忙しいんだ」
「……あはは、ありがと。そうそう、晩御飯一緒に食べようよ」
「うん、どこ行く? 学生街だからお店はいろいろあるよ? 何食べようか?」
「ううん、あたしの作ったカレーじゃダメですかー?」

 東京に引っ越ししてきたばかりでまだ部屋もろくに整頓しないうちに自炊を始めた陽菜子。まずはカレーを作ってみたのはいいけれど、一人暮らしじゃ一日や二日ではなくならない。これも自炊するにあたっての罠のひとつでもある。
「これから気温が上がっていくから食品衛生には気を付けるんだよー。自炊したおかずは小分けにして冷凍しておくのも手だけどね」
「夏樹先輩、いろいろ教えてくださりありがとうございまーす。とりあえず、数学についてはほんと心配なんでみっちりと教えてくださーい」

 陽菜子は夏樹を先輩として扱うような言葉遣いで言った。棒読みっぽい発音ではあるものの。
「んー、エドリカに入れたくらいの実力があれば、なんとかなるよ」
「でも、配られた数学科目の教科書とかみたら、なんか暗号が書いてあるみたいだったし、不安だよー」
「んー、暗号理論?」
「もちろん数学以外にもいろいろ勉強することたくさんあるし。薬学部だから特に化学についてはほんとみっちりやることになるし。うーん、さっそく脱落しちゃったらどうしよう……」
「炎色反応の覚え方、覚えてるよね?」
「リヤカー無きK村、どうせ借るとう、するもくれない、馬力……」
「よし、その調子なら卒業できる! なっちゃん先輩が保証する」
「むぅー、そんな簡単なわけないじゃなーい!」


 幼稚園、小学校、中学校、そして高校と、成長とともに疎遠になりながらも足並みを揃えてきた幼馴染のふたり。学年の差はできてしまったけれど、異郷の地においてであるはずの大学生活で、改めてふたりの物語はまた紡ぎ出され始めるのであった。

<結>

 8月1日よりひと月かけて行っていった、連載「十九の夏」。いかがでしたでしょうか。読んでくださった皆様に感謝いたします。本編は今日の投稿で最後ですが、明後日8月31日(月)には未公開の「おまけ」を配信します。どんな「おまけ」になるのかは、31日までのおたのしみです。(既に日が過ぎている場合はすぐにでもなんでも読んでみてください)

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