連載「十九の夏」【第十一回:帰省最後の日曜日(その一)】
八月二十六日、日曜日。夏樹がこの夏に富山の実家に滞在する予定の最後の日がやってきた。明日は朝九時過ぎに富山駅を出発する電車で東京に戻ることになっている。
富山駅で特急・はくたかに乗り、越後湯沢で上越新幹線に乗り換えて、東京へ。東京駅に着けば、中央線に乗り換える。そうしたら、ものの小一時間で学園都市・二鷹の街だ。明日の夕方前には久々の下宿生活に戻るのだ。
午後四時になろうとする頃、夏樹の携帯電話が鳴った。陽菜子からのメールだ。
「昨日はどうもありがとう。今からでもちょっといいかな? よかったらあのコンビニまで来て」
夏樹はじゃあ今から行くよという旨の返信をして、家を出る。自転車にまたがって、分岐点のコンビニへと急ぐ。
コンビニの店外の角にTシャツにジーパン姿の陽菜子が立っている。夏樹はコンビニの駐輪スペースに自転車を停める。陽菜子は夏樹が近づいてくるのを見て、手を振っている。昨日のポニーテールはほどいてあった。どことなくボーイッシュな雰囲気。
「やぁ、おまたせ」
夏樹は陽菜子に話しかけた。メールを受け取って返し、すぐに自転車で家を出たので、ものの数分だったが。
「明日、東京に帰るんだよね?」
「うん」
「じゃあ、これ。昨日渡しそびれた誕生日プレゼント。なっちゃん、お誕生日おめでとう!」
「わざわざありがとう。何が入っているのかな?」
「お家に帰ってから、開けてね」
「あはっ、そうするよ。ほんとありがとうね」
「昨日は花火大会だったからこんなの荷物になるかな、手ぶらのほうがいいかなって思って」
身体の角度を微妙に変えて、陽菜子は続ける。
「それにまだ夏休み、しばらくこっちにいると思っていたから、またいずれ呼び出して渡そうと思ったけど、明日帰るって言うから急にね」
陽菜子がさらに続ける。
「次にこっちに帰ってくるのは、お正月休みになるのかなぁ?」
「そうだねー、そうなるだろうね。冬休み。年末年始になるかなー」
「あたしは受験生だからその頃は山場だー。お正月どころではないお正月。二年連続二回目」
「高校入試の年もあるから三回目かな」
「あはは、そうかもしれないね。二年連続三回目ー!」
「今日は一日、何してたのかな?」
「もちろん、勉強よ! 勉強! 予備校の自習室にさっきまで居た。日曜だけど三時まで。来年こそ絶対受かるんだからねっ!」
「ははは、エラいね。僕は昼過ぎまで寝てた。実家に居る最後の日だから」
「へぇ、さっすが大学生。ご立派な身分なのねー」
夏の太陽はすっかり傾いている。八月ももうすぐ終わりのこの時期、意外に早く陽が沈むものだ。夕陽を浴びる夏樹と陽菜子。ふたりのそれぞれの影が長くなり始めている。陽菜子が提案する。
「なっちゃん、ちょっとこのあたり散歩しない? 夕食まではまだ時間あるでしょ?」
「うん、余裕だよ。自転車引きながらでよければ。家族とも明日の朝でしばらくお別れだから、今晩は外食に行くことになってるけど」
「へぇー、いいなぁ。今日は何食べるのかな?」
「回転寿司」
「回転寿司。へぇ、回転、なんだ。回るんだ」
「回らないお寿司屋さんなんて、とても、とても……」
「まぁ、富山はお魚もお寿司もおいしいからね。東京じゃお寿司なんて食べないでしょ」
「いつも食事は平日は大学の食堂、土日は牛丼屋とかですが何か?」
「たまには築地とかにお寿司でも食べに行かないの?」
「……うん、自炊なんてまずしないよ」
「質問から答え、完全にはぐらかしてるし。というか、自炊しないんだぁ」
「自炊ってそんなに安くあがらないし、時間も取られるんだよね」
「単に面倒なだけでは?」
「そうともいえるかもね」
「牛丼だけだと栄養のバランスも悪くなっちゃうよ。東京でひとり倒れちゃたらどうするのー?」
「いつも百円のサラダとかはつけるようにしてる。あと、定食でも栄養バランス悪くなさそうなのが五百円とかで食べられるし」
「それはそれで、いい心がけかもしれないけど」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?