5月14日、きみは世界で一番輝いていた。
その日は、特別な1日になった。
西武ライオンズが、2000年以来のノーヒットノーランを"された側"になった日から2日後の5月14日、わたしはベルーナドームにいた。もちろん観戦しに。
ノーノーされた日、ノーノーされたことよりもその日の試合の解説やいろんなファンの声で気が滅入っていて、本当に何のやる気もでなくて、この5月14日も現地に行くか迷っていた。
それでも行くことを決めたのは、前日の5月13日。
滝澤夏央選手の支配下登録が決め手だった。
ドラフトで知って、「守備がうまい?ほーん気になるじゃん」と思って守備の動画を見て、一発で応援しようと決めた選手だった。
以前の記事でも書いたのだけど、ちょっと前まで育成選手なんて名前も知らないくらいの人間だった人間が、初めて、まだ3桁背番号の、いつ支配下になるともわからない、支配下にすらならないかもしれない、そんな選手のタオルを買ったのは、ひとえにその躍動感あふれる守備と、懸命さが、輝いていたから。
育成選手とか関係なく応援したいと思う強烈な輝きが夏央くんの守備にはあって、そしてそれは今実際に自分も含めたたくさんの人が魅了されているのがその証拠だと思う。
そんな夏央くんが、いろんな運命の巡り合わせで支配下登録され、その日のうちに初ヒットを放ち打点をつけお立ち台に上がったその映像を、わたしは嬉しさのあまりニヤニヤしながら眺め、その時にはもう「しんどいから現地行くのやめとこかな…」みたいなウジウジした気持ちはゼロだった。126番ではない、62番の滝澤夏央を見に行けることにワクワクしていた。
一目惚れした選手が、育成から支配下に上がり、一軍で結果を出す。
これは自分が想像していたよりも、5万倍は嬉しいことだった。しかもそれを1日のうちにやってのけた。嬉しすぎて一生Twitterに張り付いてたくらい嬉しかった。なんかもっと喜びを表す方法あったろと自分でも思うけどまあそれはまあまあまあ。
5月14日は、結果が出なくてもいいからとにかくなつおのプレーを楽しもう。応援しよう。
そう言う気持ちで、2時間45分の電車旅でベルーナドームに向かった。
土曜日のデイゲーム。満員、とはいかないかもしれないが、多くのお客さんが詰まったベルーナドーム。気温が高く、5月だというのに夏のように暑い、THE 西武ドームという様相を呈していた。
ちらほら空席のあるブロックだったにも関わらずわたしの席の周りだけ前後左右ぎゅうぎゅうに満杯でより暑く、持ってきた水が即座に消えた。
己の見通しの甘さに腹を立てながら、それでも試合は定刻でスタートする。
対戦相手は楽天イーグルス。
昨季は大きく負け越していていいイメージがない。
先発は早川投手。正直打てるイメージは皆無。実際ホームランでしか点は取れなかった上、6回で早川投手が降りた時点で3点差がついていた。
正直現地は「こりゃ負けかなあ」という空気になっていた。それもそのはずで、その日の打線には森も呉もオグレディもいない。点を取れそうで取れない状態が続いていて、早川投手が下がってワンチャンあるかも!という声は聞こえていたけど、それでも3点の差は絶望的に思えた。
ため息や、それでもあきらめない声、いろんな感情を乗せたざわつきと共に7回が幕を開ける。
我らが栗山巧が、フルカウントから美しいレフト前ヒットを放った。1アウト1塁。
好調の愛斗が内野安打で続く。1アウト1.3塁。
守備でのちょっとしたミスもあった川越が、それをとり返さんばかりの気迫でタイムリーを放ち、繋いだ。2アウト1.3塁。点差はまだ2点のビハインド。
ここで同点に追いつくしかない。ここしかなかった。とにかく繋ぐしかない。
バッターボックスには164センチの、まだまだ細い体が見えた。滝澤夏央の名前がコールされる。
代打はない。
チームが、彼に賭けたのがわかった。
この時点で、わたしはもう正直緊張と祈りでほとんど意識がめちゃくちゃで、持っていったカメラなんて構える暇はないし、せっかく買ったタオルを掲げるような心の余裕もなくて、頼む、繋いでくれ、何かを起こしてくれ!という願いをこめながらそのタオルを握りしめるしかできないでいた。
1球目、球審のストライクのコールが遠く響く。
2球目。
歓声が、拍手が、ドームじゅうを埋め尽くした。
ベースを回り、本塁を踏み抜くランナーたち。
三塁に滑り込んできた、小さな、けれど大きな大きな身体。
隣の席の男の子たちの興奮した「なつおすげえ!」の声。
そのときは、何にも見えていなかった。聞こえてもいなかったかもしれない。
ただひたすら、揺れるフラッグや、掲げられるさまざまなタオルの中で、私も同じように、握りしめていた滝澤夏央と書かれたタオルを掲げた。
ビジョンに映る4-4の文字。
同点のスリーベース。
2軍での長打は0。
楽天守備陣の前進守備を越えて、彼はキャリア初めての長打を、どこでもない”ここぞ”で放った。
それでも、まだ終わらない。
熱狂の渦にいた人たちさえも置き去ってゆくような速度で、彼はホームに滑り込んでいた。
5-4。
何が起きたのかわからなかった。
打席が見えない席だったので、周りの人たちも「えっ?!」と声を上げたくらい、あっという間の話だった。
相手の暴投でのホームイン。
ただ少し逸らしただけの、少し見失っただけの、普通なら突っ込めないようなタイミングでの、迷いのない勝ち越しの本塁突入。
7回、一挙4得点。
そのドラマを生んだのが、滝澤夏央という、あのドラフトの日に心を躍らせてくれた選手なのだと実感したのは、一通り泣いてからだった。
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……こうやって振り返ってみると本当に鮮やかで輝いていて多分きっと一生擦って生きていける思い出だしそれなりにキレイに文字にできてしまうのだけれど、現地にいたときはもう本当に本当にそれどころじゃなくて、頭を抱えた瞬間に隣の積のお兄さんに「エッ…この人大丈夫……?」みたいな感じで見られるし化粧はぐっちゃぐちゃだし思わず握りしめたタオルで涙を拭いてしまいタオル汚すしで、本当に全くきれいな観戦はできなかったんですが。
やっぱり、ちょっと特別な1日だったなと思うわけです。
”身長が低くても勝てるんだっていうことを見せたい”と入団会見で語った選手が、”この身長でなければ、プロを目指さなかったかもしれないです”とこの(https://number.bunshun.jp/articles/-/851084)インタビューで語った選手が、身長のことなんて吹き飛ばしてしまうくらいの輝きで、熱狂を産んだ。満員の観客の大喝采を浴びた。
その喝采の1人であれたこと、それを見つめることができたことが、本当に幸運でした。
”この身長でできると夢や希望を与えたい”と言って、”同じように体の小さい選手の希望になれる”と言われた滝澤夏央選手。
youtubeのどれの動画かちょっとサルベージができなかったんですが、夏央くんが出ている動画のコメントで中学生という子の”自分も背が小さいけど諦めずに頑張ります”みたいなコメントを見て(マジで探したけど見当たらなくてもしかして幻だった可能性があるんだけど)、ああ、既にもう、誰かの夢の先にいる選手なのだな、希望になっている選手なのだなと思ってこれからもこの星のような選手をどこまでも応援したいなと思ったし、本当に本当にそのキラめきを携えたまま、このままどこまでも突っ走っていってほしいなと思います。
頑張れ、球界最小で最高のニュースター!
おわり。