篠原瑠璃の心

※クトゥルフのシナリオ『人魚の願い』のネタバレが少し含まれます。

 僕は一人、自分の部屋で考え事をしていた。
 部屋にあるソファに座り、机の上においてある真珠のネックレスをじっと見る。
 その真珠のネックレスをくれたキョーコさんのことを思い出して、何とも言えない気持ちになった。
「……やっぱり、他人の心は理解できないな」
 独学であっても、大学で勉強をしてもさっぱり分からない。
 他人はどうして、人を愛し、人を妬み、人を騙し、人を殺めるのか……。
 よく分からない生き物だと思う。
 僕はふと、幼い頃に体験した出来事が記憶に蘇る。

 幼い頃、條原家には一番身分が高い叔父がいた。
 その叔父は病死で亡くなった。
 声をあげて泣く人、静かに涙を流す人、暗い表情をする人と誰もが悲しんだ。
 しかし、その悲しみが一瞬にして消えさった。
 何故なら、叔父に莫大な遺産があること。
 それを知った條原家の人間は、叔父の遺産で揉めあった。
 誰が叔父の遺産を手にするかで、揉めて、喧嘩し、裏切り、家族関係が壊れた所もあった。
 僕の両親は叔父の遺産に興味がなく、辞退していた。
 周りの條原家の人間は、遺産相続争いで疑心暗鬼になってしまった。
 そのせいで、僕と双子の弟である直人と四つ上の姉のともえは身内に誘拐されて殺さそうになった。
 姉が僕と直人を庇ってくれたことで、傷はなかった。
 だが、姉は僕と直人を庇ったことで顔に酷い火傷を負った。
 あれから、両親と使用人が助けてくれたことで僕と直人、姉は生きている。
 姉は両親が信頼できる病院に運ばれて手術をしたが、医者の先生曰く、「顔の火傷は残るだろう」と言われた。
 その時の僕と直人は眠っている姉に泣いて謝った。
 母は悲しそうにして、父は病院から出て何処かに行ってしまった。
 目を覚ました姉は、いつも見せてくれる笑みする。
 姉が病院に退院した時には、篠原家の身内が起こした遺産相続は幕を閉じていた。
 終わらせたのは、僕の父で身内は警察に捕まった。
 使用人たちの手助けがあって、何とか早く終わらせたらしいが幼かった僕と直人、姉にとってトラウマかもしれない。
 いや……、もう既にトラウマになってしまった。
 人に対しての恐怖に、僕たちは心理学を勉強していた。
 僕は心理学に触れる内に、もっと人の心理について知りたいと思った。
 直人は大好き姉のために、医学を勉強している。
 姉は病院に退院してから、ずっと家にいる毎日で外に出ることはなくなった。
 そのため、姉は通っていた学校を辞めることになったが、姉は「勉強したい」と両親に頼んだことで事情を知っている家庭教師を雇った。
 姉は家庭教師に勉強を教わったり、使用人たちとコミュニケーションを取ったりした。
 また、時間がある時には本を読んだり、絵の画集を見ていた。
 僕が気付かない内に、姉は作家として有名になった。
 姉の作品は、リアルティが全く感じられない架空の世界観として人気になった。
 いくつかの作品を作っても、どれも架空の世界観。
 そして、物語に出てくる主人公は可哀そうな人間として伝わってくる。
 きっと、姉が心から外に出掛けたいとさらけ出している作品かも知れない。
 僕は部屋にある本棚へと歩み、姉が書いた小説の題名を見る。
 直人の部屋にも姉の本がある。
 兄弟揃って、僕たちは姉が大好きなのだ。
 恋愛としてではなく、家族として姉の幸せをお願っている。
 しかし、姉は心を病んでいる。
 原因は、姉の婚約者である葛葉さんが十ヶ月以上も行方不明である。
 姉は探しに行きたそうにしていたが、両親に止められて家の中で大人しくしていた。
 両親は使用人たちに、姉の婚約者を探してもらったが何も情報がない。
 両親も葛葉さんのことを気に入っているので、心配していることは分かっていた。
 僕と直人も暇さえあれば、葛葉さんを探している。
 しかし、手掛かりが見つからない。
 これから、どうしようかと思った。
「不甲斐ない弟でごめんよ……。姉さん……」
 笑うことが少なくなった姉に、僕は本棚に追加された最新の小説を手に取る。
 その小説は、姉が書いたもの。
 そして、姉の心を表現した作品。
 僕はソファに座って、姉の小説を読み始めた。

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