竜は虹から進化した(Blust 2023)
オーストロネシア語研究の権威として著名なRobert Blustが竜の謎に挑んだ。
第一章では各地の竜の特徴が整理され、問題提起がなされる。
ヨーロッパの竜はがっしりした体と大きな翼を持つが、中国の竜は蛇のようなしなやかな体を持ち翼を持たない。中東の竜は哺乳類のような体を持ち、インドの竜は上半身が人間の姿をしているとされたり複数の頭を持つコブラとされたりする。
このような明らかな違いがある一方で、興味深い特徴を共有している。「爬虫類と哺乳類または鳥類の特徴をあわせ持つ」「(翼を持つにせよ持たないにせよ)空を飛ぶ」「水域を守る」「洞窟に棲息する」「(悪)天候を操る」などなどである。
はたして竜はどのようにして生まれたのだろうか?
生物学&比較言語学の原則に従えば、世界各地の竜がこのような特徴を共有しているのは、(1)これらの文化は単一の起源を持つ、(2)竜はある文化圏で生まれたのち他の文化圏に借用された、(3)竜は異なる文化圏で並行して同様に発展した、のいずれかである。
第二章では既存の竜の起源説が検討されるが、いずれも竜の起源を解決するものではないという。
第三章では各地の竜がしばしば滝と関連付けられていること、第四章では各地の竜がしばしば雷の敵として扱われていることが紹介される。
第五章では竜の共通特徴ごとに竜の具体的な伝承が紹介される。この時点ですでに一部文化では竜と虹が不可分な関係にあることが伏線的に述べられており、第六章の虹の紹介につながる。
第七章では虹の共通特徴ごとに虹の具体的な伝承が紹介される。この章は意図的に第五章と並行する作りになっており、龍と虹におびただしい共通点が有ることをアピールしている。
第九章で竜の特徴と虹の特徴ががまとめられる。竜が天候を操り水辺に棲むのは虹から進化したと考えれば容易に理解できる。虹を見た古代人は虹が何なのか考察する必要に駆られ、彼らはそれを不思議な生物と見なすことにしたのである。
特に興味深いのは、過去の研究者が竜の起源に到達できなかったのは科学的方法論に則って分析しなかったためであるという批判である。これは特に第二章に見られる。Blustによれば既存の起源説は以下の5種類に分類できるという。
自然主義説。すなわち実在動物(特にワニ)から派生してできたという説である。バリエーションとして、恐竜の化石を発見した古代人の想像から生まれた空想上の動物という説もあるようだ。
象徴説。Blustは、気象現象(特に雲)を生物化したものという説、ユングによる難解な「無意識」説を紹介している。
ネオ・ラマルキズム説。古代の霊長類が恐竜などの生物に抱いた恐怖心がのち人間に竜を想像させたという説。
拡散説。世界中の竜の伝承は単一の起源に遡り、後に広まったという説である。
その他。
これらに対するBlustの反論はほぼ共通しており、既存の理論家は第一章で確認した竜の特徴を何も説明していない(説明しようともしない)というものである。すなわち、竜のアイデンティティ&謎とは「爬虫類とそれ以外の特徴をあわせ持つ」「空を飛ぶ」「天候を操る」等の非現実性と、それが相互交流のない文化圏において共有されていることにあるのだから、竜の起源とはこれらの特徴の起源を説明するものでなければならないということだろう。結局、例えば自然主義説支持者による竜をワニとする「宣言」を認めたところで、ワニは空を飛ばないし天候を操らないのだから「竜」の起源を問う話が「空飛ぶ架空ワニ」の起源を問う話にリネームされるだけなのだ。
Blustは、まずすべてのデータを収集し、それを説明することを求めている。