【やが君二次創作】七海澪・お姉ちゃん奮闘(予定)記 "Hello, my world!"
小学1年、2月19日
「おとーさーーん、きょうのゴハンなにーーー?」
病院の廊下で、パタパタと歩く小学生ののんきな声が響く。
「澪。病院では静かにしなさい。いつも言っているだろう、どうしてわからないんだ。」
父親の声が返る。思いがけず厳しめの叱責を受けた小学生・七海澪は一瞬びくりと身体を硬直させ、
「ごめんなさい……」
力のない声を絞り出すと、少し俯きながらまた歩き出した。今度は足音も必要以上に立てないよう気を遣った。その様子を見て、父は自身の頭をばしっと叩き、小さく首を横に振った。
「……ごめん、澪。言い過ぎた。お父さんも今日は特に緊張してしまっているんだ……」
七海澪、7歳。親戚曰く元気な子で、これまでも年相応に両親を困らせてきた。しかし父が澪を叱るときは今のような頭ごなしではなく、もっとやさしく言って聞かせるようなやり方のはずだった。しかもその後澪がちゃんとしていると、頭を撫でて褒めてくれるはずだったのだ。
(つまんない……)
父がナーバスになっているのも、父娘が今病院にいるのも、七海家に次女が産まれるためであった。妹ができるということに、澪は何の実感も湧かないし、喜ぶどころかむしろ窮屈さを感じていた。妊娠がわかってからというもの、家庭内にはどことなく緊張感が漂い、両親の自分への叱責は時折きつくなり、親戚は口をそろえて「お姉ちゃんになるんだから、しっかりしなきゃね」「がんばらなきゃね」と声を掛けた。しっかりって、なに?あたし、いもうとがほしいなんて言ったかなあ?
(おもしろくない……)
病室の前に到着し、澪は父と並んで椅子に座った。中の慌ただしさが物音や話し声から伝わってくる。父はただ黙って座っており、澪もその真似をするしかなかった。時々足をぶらぶらさせては、すぐに止める。中の音は澪に不安ばかりを伝えてくる。そこへさらに追い討ちをかけるように、母の苦しげな声が聞こえ始めた。いっそう不安を煽るその声に、澪は全身をぐっと強張らせる。妹が産まれるのは幸せなことだと周りの大人は言っていたのに。おかーさん、だいじょうぶ?いたいの?……あたしのときも、いたかったの……?
それから何分座っていたか、もう澪にはわからなくなっていた。澪はずっと身体を固くして待っていた。すると不意に母の声が止み、代わりに赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。今日聞いた中でもいちばんうるさい音のはずなのに、澪は全身の力がふっと抜けていくのを感じた。あたしの、いもうと……?そこにいるの……?
その後すぐに父娘は室内へと案内された。「元気な女の子が産まれましたよ。」と、やさしい笑顔で告げられた。父に手を引かれ、澪は泣き声のする方へ向かう。疲れた顔で微笑む母が、泣き叫ぶ赤ちゃんを抱いていた。
「ほら、澪、あなたの妹の『燈子』よ。顔を見せてあげて、お姉ちゃん。」
「あたしの……いもうと……」
澪はベッドにおそるおそる近づいた。
「とーこ……」
妹の小さな顔を覗き込む。
「かわいい。」
おそるおそる手を伸ばす。妹の小さな右手に人差し指でちょんと触れる。小さな手は澪の人差し指をきゅっと握りしめた。
「おお……!」
すると妹はしばし泣き止み、安心したように微笑んだ。
「おおおお……!」
澪は目を輝かせながら、燈子に顔をぐぐっと近づけた。
「とーこ!おねえちゃんだよ!とーこ!とーこ!!」
燈子を見ていると、気力がいくらでも湧いてきた。「お姉ちゃんになるんだから、しっかりしなきゃね」「がんばらなきゃね」……ふっふっふっ。ま、がんばってあげてもいいかな。りっぱなおねえちゃんになってやる!みててね、とーこ!!
その後燈子が眠るまで構い倒した澪は、燈子の方を何度も名残り惜しく振り返りながらどうにか部屋を後にし、父と並んで病院の廊下を歩く。
「ねえ、おとーさん。きょうのゴハン、あたし……わたしもおてつだいするからね。」
澪がちゃんとボリュームを抑えた声で父に申し出る。父はふっと笑った。
「ありがとう、澪。頼もしいお姉ちゃんだな。」
「そうなの!!あっ、……ごめんなさい……」
つい大きな声を出してしまいバツが悪そうにする澪の頭を、父はやさしく撫でた。廊下を歩く澪の背筋はぴんと伸び、その目はあふれんばかりの光を湛えていた。こうして七海澪の姉としての日々が幕を開けたのだった。
(おわり)
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