【やが君二次創作】七海澪・お姉ちゃん奮闘記 "priority"
「おはようございまーす。」
朝の生徒会室に今、生徒会役員全員が揃った。奥の席に姿勢良く座る七海澪が、威厳ある生徒会長の声色で、信頼する仲間たちに語りかける。
「急な呼び出しだったけど、みんな来てくれてありがとう。今日みんなに来てもらったのは……」
高校2年、8月30日
予想は、できてたんだよ。
朝からあたしは机に向かい、シャーペンを走らせる。休み中にも勉学に勤しむ生徒会長、画になることこの上ないんじゃないかな。夏休み終盤に宿題が全然終わってないことに目をつぶれば、だけど。ま、残り2日まるっと使えば片付く量だし、何も問題ないでしょ。ギリギリを攻めてるけど、一応ちゃんと終わるように考えてるんです。その時不意にノックの音。
「お姉ちゃぁん……」
ドアの向こうで弱々しい声を発するのは7つ下の妹・燈子だ。夏休み終盤に、この元気のなさ。前から兆しはあったけど、もしかして。……ここは一旦すっとぼけてみよう。あたしはドアを開けて妹を出迎えた。
「とーこ、どうしたの?」
「お姉ちゃん……えっとね……ううぅ……」
言い淀みながらあたしのシャツの裾をつかむ。かわいい。けどものすごい不安そうで、ちょっと泣きそうにも見える。とーこは目を逸らし、声をなんとか絞り出した。
「宿題おわんない……ごめんなさい……」
あちゃー、やっぱり。いよいよ泣きそうなとーこの視線の高さまで屈んで、あたしは微笑みながら返した。
「大丈夫、私が手伝ってあげるからね。」
とーこはちょっと驚いた表情であたしの目を見返した。よし、もう一息。
「とーこ。もしかして、私に怒られないか心配していたの?大丈夫だから、残っている分を見せて?」
「お姉ちゃん……ありがとう……っ!」
とーこの表情は明るくなり、キラキラした目であたしを見ている。見たか、あたしのお姉ちゃんっぷりを!
そう。予想は、できてたんだよ。その事態に備えておけたか、ってのはまた別の話だったってこと。とーこは思った通り宿題がやばくなった。そこでここぞとばかり、救いの手を優しく差し伸べた訳だけど、これって……あたしが自分の宿題を終わらせるのは非っ常に厳しくなっちゃったよね……。
早速リビングへ移動し、とーこの宿題に取り掛かる。テーブルが結構広いから教えやすいように、って口実であたしはとーこの隣に座った。漢字ドリルは終わったらしい。まずは計算ドリルから。
「ここを自分でやってみて。そう。うん、そうだね。」
こういうのは似たような問題がカタマリになって出てくる。そのカタマリから1問ずつ見繕って、教えながら自分で解かせる。残りはどうでもいいからあたしが問題のそばに答えを書いていく。こうすりゃ最低限、身にはなるでしょ。ノートに数字を書くのは全部とーこの仕事。小学生と高校生じゃ流石に筆跡に違いが出ちゃうからね。結構な量だったから午前中はずっとこの作業だった。
昼食をはさんで、午後も続きから。計算ドリルは残り1割くらい。すると、とーこの頭が何だかふらふらと動き始めた。ああ、食後だし、単純作業だもんね。眠気がピークに達しつつあるらしく、頭がゆっくりとこっちに倒れてくる。よっしゃ!さあおいで、とーこ!お姉ちゃんが優しく受け止めて、ふふふふふ
「…………!」
とーこの頭がびくっと動き、姿勢を正す。バッとこちらに向き直り、
「…………!ごめんなさい……っ!」
少し青ざめて作業を再開した。あたしの表情から落胆の色みたいなのを読み取ったっぽいな。でも落胆の内容まではバレずに済んだみたいだね。嗚呼、とーこ、もうちょい寝ててくれてもよかったのに……
その後計算ドリルは割とすぐ片付いて、日記と作文へ。こういうのは溜め込んじゃうとズシリと来るからね。あたしにも憶えがある……。
「この日は何をしてた?ほら、雨が降った日だよ。」
急ぐからって、内容をでっちあげるようなことはしない。日記なんて別に何書いてもいいんだから。些細なことでも、何を食べたかとかでも。だからあたしは1日ずつ、とーこの話を聞いていく。
家族で出かける日もあったけど、内気で気弱なとーこが夏休みどうしてたか、何なら普段からどうしてるのかって、実のところあたしもよく知らない。あたしも一応生徒会長だし、夏休み中も忙しかったんだから。本当だよ?だから、とーこの話を聞きたい。それこそ些細なことでも、何を食べたかとかでもね。
「この日はね、……」
ぽつり、ぽつりと、思い出と呼ぶべきものが出てくる。〇〇と遊んだ、みんなで××へ行った、ほかにも結構色々。あたしを見るキラキラした目ともまた違う、遠い目。嬉しそうな表情。あたしも自然と笑みがこぼれる。
「おわったーー!」
「お疲れ様、とーこ。」
とーこがペコペコ頭を下げてあたしにお礼を言ってくる。ま、こんなもんよ。作文なんてのも、日記に書いた中から良い感じの話題を選んでやって、構成とかにちょっと口を出してやれば案外すぐ終わる。テーブルの上には何やら凝った工作品。日記に取り掛かるくらいの時間に、工作について何かいいアイディアがないかお母さんに聞いてみたら、なんか変なスイッチが入ったっぽい。勝手に黙々と作業を始め、ひとりであっという間に完成させてしまった。これですべて終了って訳だ。
「燈子。ちゃんと計画的にやりなさいって言ったでしょ?澪、あなたからも言ってあげて。」
とーこに注意するお母さん。あたしが宿題終わってないことはもちろん知らない。
「お母さんそんなに言わなくても。とーこ、もう大丈夫だもんね?」
お姉ちゃんは味方してやるよ。そしていっこだけアドバイス。
「優先順位を考えるのが大事だよ。もちろん、最初に宿題全部終わらせろなんて言わないけどね。」
今は実際偉そうなこと言える立場じゃないけど、これはひとつも嘘じゃない。あたしはちゃんと優先順位を考えたんだから。
「もう夕方か。もうすぐ晩ご飯だね。」
少し休憩するか。あたしはソファに腰掛けた。その時とーこがすすすと隣に来て、浅く腰掛けると、あたしのふとももに頭を乗せ、横になり、静かに寝息を立て始めた。これは……っ!さっきは満足に聞けなかった寝息、さらさらの髪、エアコンでちょっと冷えた足に伝わってくるぬくもり。一日の疲れが嘘みたいに溶けていく……
20時を回った。
至福の時はあっという間に過ぎ去り、あたしは自分の宿題と対峙する。もうどうやっても、物理的に間に合わない。英語のノートに何事か書いていた手を止め、ペンを置く。携帯を手に取る。流石にちょっとためらう。
「ダメだなぁ……」
諦めたように笑って、親指を動かした。
高校2年、8月31日
朝、あたしはいちばんに生徒会室へとやってきて、奥の席に背筋を伸ばして座った。ひとり、またひとりと、頼れる生徒会役員たちが集う。
「おはようございまーす。」
これでみんな揃った。始めようか。
「急な呼び出しだったけど、みんな来てくれてありがとう。今日みんなに来てもらったのは……」
あたしが威厳ある生徒会長の口ぶりで切り出すと、みんな怪訝な表情になっていく。なんでやねん。
「それはね……」
雪くんに至ってはあからさまに顔をしかめている。
「…………」
後戻りはできない。あたしは深々と頭を下げ、両手を合わせた。
「……宿題手伝ってくださいっ!!」
……ため息。雪くんはもはや悲痛な表情。
「あのなあ、劇の準備とか忙しいから宿題コツコツやっておこうってみんなで話してただろ。どうしてこんな……」
「そういう話は、全部片付いてからでも遅くないんじゃない?」
雪くんを遮ったのは、最初から筆記用具を机に出していた由里華だった。ありがとね。由里華はやさしいね。
それからのあたしは結構冴えてた。残った宿題を適切に振り分け、筆跡や内容についてもきっちり指示を出した。自分でも手を動かしながら周りをしっかりと見て、都度指示を飛ばす。生徒会室の窓からのぞき込んだらどう見てもこれ、優秀な会長に率いられて学校のため働くお手本のような生徒会だね。飛び交う指示の内容と机の上の有り様はまあひどいもんだけど。
高校の宿題ってのは中々のもんで、この人数でも夕方までかかった。が、ついに。
「おわったーー!」
みんなバテバテ。あの雪くんですらもう怒る気力もない。
「みんなほんとにありがとう!それで、……悪いんだけど、今日のこと、内緒にしといてくんない?」
みんな意外そうな表情。まあそうなるよね。これまで散々みんなに助けてもらってきて、今更うちの生徒に見栄張りたいなんて思ってない。だけど、何かの間違いでとーこに伝わったら困る。ガッカリされるのも怖いけど、何よりあの子自分を責めちゃいそうで。それは違うんだよ。あたしはちゃんと優先順位を考えたんだから。
あたしが手伝わなかったら、とーこの宿題は多分終わってない。あたしの宿題は、かなり申し訳ないことになったけど、現にみんなのおかげでばっちり片付いたでしょ?よって、とーこが最優先。ま、とーこも自分のこと助けてくれる人が案外いるって気づくんじゃないかな、いつか。
さて、明日から2学期。夏休み前から準備してる文化祭と、その中でやる生徒会劇、それらへ向けた動きが本格化する。
「忙しくなるねえ。」
「今日忙しかったのは誰のせいだと思ってるんだ?」
「うげっ……」
手厳しい仲間たちにペコペコ頭を下げて、あたしの夏休みが終わった。
(priority おわり)
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