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【やが君二次創作】七海澪・お姉ちゃん奮闘記 "sight of YOU"

高校2年、10月XX日

「それで、とーこが本の感想言ってくるんだけど、これがもう。目ぇキラキラさせてさあ、ほんとかわいくって……」
「ふふ、可愛い。」
いつもの通学路。あたしは気を抜くといつも妹・燈子の話をしてしまう。由里華はそれをいつも愉快そうに聞いてくれる。そうこうしてるうちに、いつもの分かれ道。
「もうお別れかあ。じゃあね、澪。」
「うん、由里華。また明日ねー。」
由里華は左手側の道にちょっと入ったところで、チャリンコのサドルに腰を下ろすと、こっちを軽く振り返って、小さく手を振って、それからゆっくり漕ぎ出す。あたしも由里華がそうするって知ってるから、手を振り返して、少し見送って、それからまっすぐ歩き出す。

さて、いつもならまっすぐ家に帰って、一刻も早くとーこの顔を見るところだけど、今日はちょっと寄り道していこうかな。あの子に貸してた本、もう読み終わっちゃったみたいだから。感想聞いた感じでは今回のも気に入ってもらえたようで。ま、あたしが選んだ本なら何でもよさそうな雰囲気あるんだけどね、正直。

(お姉ちゃん、この本すっごくおもしろかった!ありがとう!)
(ふふ、とーこが喜んでくれてよかった。私ちょっと気になってる本があるから、また買ってくるね。)
あたしにぴったりくっついて、あたしのシャツの裾をつかんで、楽しそうに本の感想を話すとーこ。かわいい。そんな昨日の光景を思い出してるうちに、目当ての本屋さんに到着。いくつか目星はつけてるけど、どの本にしようかな。本を買うときはいつもここだけど、今日店内に入ったあたしを迎えたのは初めて見る光景だった。

「いらっしゃいませー。」

レジのところのイスに座っていたのはどう見ても小学生、とーこと同い年か少し下くらいに見える女の子だった。女の子は来店したあたしに挨拶すると、読んでた本をぽんと閉じて机に置き、イスからぴょんと跳び下りた。とーこ以外の小学生と話す機会なんてほとんどない。あたしは興味がわいてしまった。困らせるかもって思ったけど、その女の子に話しかけてみた。
「こんにちは。もしかして、ひとりで店番してんの?」
「はい……。お母さん、ばんごはんのお買いものーとか言って、どっか行っちゃいました。わたし、こないだお店の手伝いはじめたばっかりなのに……」
苦笑いする女の子。ほんとにひとりらしい。それでいいのか藤代書店……
「まじか。えっと……お名前は?」
「こいとゆう、です。」
名前の漢字がとっさに出てこなくて、「恋と云う」って字が浮かんだ。粋な名前だなあ。……って、学校の名札つけてんじゃん。緑のぶかぶかエプロンからはみ出た名札を見る。小糸侑ちゃん。3年生。とーこの1コ下か。
「侑ちゃん、ね。大変だねえ。なんか手伝おっか?」
こんなこと申し出ても迷惑かなー、とも思うんだけど。
「え、いやそんな!ていうか別にやることなんて……あ、そういえば」
侑ちゃんがカウンターの下から段ボールをひと箱ずるずると出してきた。
「これ今日きたやつで、ならべといて、って。せっかくなので、おねがい、しちゃおうかな……」
侑ちゃんは遠慮がちだったけど、あたしの勝手なおせっかいを受け容れてくれた。
「そういうことなら、任しといて。」

箱の中身はどうやら新刊で、あたしと侑ちゃんは協力して平積みコーナーにスペースを空けて新刊を20冊ばかり並べた。スペースについては侑ちゃんが悩んでたからあたしが見繕ったけど、ほんとによかったのかな?残りの本は箱に入れたまま、もとの場所へ。
「ま、こんなもんかな。お疲れさん。」
「ありがとうございました。」
「しっかし、侑ちゃんにひとりで店番させるなんて、ねえ?」
「ほんとですよ。今日はおきゃくさんいないからよかったですけど。……あ、おきゃくさん、いましたね。なに買いにきたんです?」
侑ちゃんが苦笑いして接客を再開した。
「んー、売れてる文庫本あたりで何か、って思ってたんだけど、まだちゃんと決めてないんだよね。侑ちゃんのオススメとか聞いちゃっていい?」
「わたしの、うーん…………」
悩んでる。けっこう悩んでる。悪いことしたかな?ひとしきり迷った侑ちゃんがついに口を開く。
「そうだ、さっきならべてもらった本。わたしミステリとか好きなので、さっきまでそこで読んでました。まださいしょの方だけど、おもしろくなりそう。」
ほう。さすが本屋の子。ミステリってのは今までになかったチョイスだけど……良い。いける。
「なるほどなるほど。」
「朝のテレビにも出てました。」
「いいね。それにしよっかな。」
1冊手に取って、ふたりでレジへ。

「4年生の妹がいてね、今日も妹に読ませる本を探しに来てたんだけど、侑ちゃんにオススメ聞けて助かったよ。」
「妹、ですか。」
「こないだ1冊貸してたんだけどさ、あの子もう読み終わっちゃって。それで読み終わった本の感想とか聞かせてくれるんだけどさ、それがもうほんとかわいくって。……」
レジの前であたしが話すのを、侑ちゃんはゆっくりレジ打ちしながら聞いてくれてる。……あれ?いかんいかん。気を抜くとあたしはいつもとーこの話を。
「あ、あー、ごめんね?勝手にべらべらと。あの子のこととなるとつい、ね。」
「だいじょうぶです。でも妹さんの話するときとってもたのしそう。」
侑ちゃんがいたずらっぽく笑う。
「どれだけ好きなんですか。」
「なッ!えっ……」
今日ずっと真顔か困った顔か苦笑いだった侑ちゃんがくすくす笑う。不意討ちをくらったあたしは後ずさり、
「あいたーーー!」
本棚に後頭部をぶつけた。すると侑ちゃんが、
「だいじょうぶですか!?」
と言いながらあたしのところへすっ飛んできた。あたしから見た侑ちゃんは、本の置き場所といい、オススメといい、どっちかっていうと優柔不断なイメージだった。だけど、今のは動き出しも早かったし、身のこなしも軽かった。やさしい子なんだなあ、と思いながら、横に来た侑ちゃんを見る。
「はれてはない。冷やします?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、びっくりしたもんだから、大げさに痛がっちゃった。ごーめんごめん。」
小学生の言葉に動揺して、ドジって、本気で心配される。けっこう恥ずかしいね?あたしは謝りながらそそくさと陳列の乱れたところを直した。
「もー、びっくりしすぎです。ほんとに大好きなんですね。」
「だってさあ……ま、何だろうね。7コも年下だからさ、あの子が産まれたときのこととかもフツーに憶えてて。産まれたばっかのあの子がほんとかわいくって、愛おしくって。いいお姉ちゃんになるぞー!って張り切っちゃって。あの子も年々かわいくなっていくもんだからもう、一層がんばらなきゃ、って……」
おっと、また気を抜いてしまった。
「つまり、ほんとに大好きなんだよ。うん。」


店を出ると雲が出ていて、帰る途中で小雨が降ってきた。侑ちゃんとふたりきりの店内が居心地よくて、つい長居しちゃったんだよね。由里華は濡れずに家へ帰り着いてるはず。買った本の入った学校のカバンを大事に抱えて、速足で家を目指す。

侑ちゃんにも中学生のお姉さんがいるらしい。お姉さんの話をするときの侑ちゃんは困った顔をしてたけど、話聞いてる感じ仲はよさそう。そういえば学校には、妹と仲が悪くてストレスだー!って言ってる子もいたっけ。みんな色々なんだなあ。色々ある中で、あたしたち姉妹はこんな感じ。あたしは幸せで、とーこにも幸せでいてほしい。

さて、じゃあとっとと帰りますか。とーこのいる我が家へ!


("sight of YOU" おわり)

【醤油おつかい編】"999 hectopascal" へつづく)


【エピソード一覧とか】

【導入編】1. sister to bloom

【七海家訪問編】"fear of favor"

【夏休み宿題編】"priority"

【雨の日お迎え編】"What will you be like tomorrow?"

【前日譚・会長選】"For whom the flower blooms?"

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