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サクラ・ドライブ・ヴァーサス・ヘヴンリイ・チョッパー【ニンジャDIY】

これまでのあらすじ:奇妙な共同戦線の末にカラテビーストの満ちる谷底を脱したヤモト・コキとヘヴンリイはオンセン宿で安らぎを得ていた。しかしモータルである宿の主を見下したヘヴンリイの言動をヤモトが咎めたことから口喧嘩に発展。カラテでケリをつける流れとなりかけたが、戦闘の余波によって寝床が消し飛ぶ危険性が憂慮された結果、彼女らは宿に備えられた卓球台を決闘の場に選んだのだった。

【サクラ・ドライブ・ヴァーサス・ヘヴンリイ・チョッパー】

バトルフィールドと化した卓球台の周辺は、台を挟んで向かい合う両者が放つこの世ならざるアトモスフィアに包まれていた。かたやティーンエイジャーくらいの外見をした小柄な女、かたや頭に放電するツノを持つ巨躯の女。ツノの生えた女、ヘヴンリイは女子高生じみた女、ヤモトへ苛立ちを露にする。

「テメェー、何だその惰弱なガキみてェな姿は。俺のことナメてやがンのか、アア?」
「髪が長いと競技の邪魔になるから。惰弱かどうかは、やってみればわかる」
「チッ……じゃあお望み通りブッ潰してやるぜ、クソ女」

ジャンケンに勝利したヤモトがサーブ権を獲得し、白いボールを右の掌に乗せる。ヘヴンリイの選択したコートは後ろの通路も含めて広大なスペースを有する。ヤモトはラケットを握った左手を顔に近い高さまで持ち上げ、ラケットを立て、ラケットヘッドを下に向けた特徴的な構え。周囲がゼンめいた静寂に満たされる。

ヤモトは右手のボールをトスアップする。左手首を内側に巻き込んで力を溜め、ボールが落下してきた瞬間バネめいてカラテを解放!手首のスナップにより、ラケットを振り子めいて横に振り抜いた!

「イヤーッ!」

あれは秘儀ヤング・ジェネレーション・サーブ!ボールは烈しいサイドスピンを加えられながらもヘヴンリイのフォアサイド手前へ精密にコントロールされている。何たるカラテとニンジャ器用さとのハイブリッドが可能にする致命的初手!

「チィーッ……」

反応が遅れたヘヴンリイはどうにかレシーブミスこそ免れたが、その返球は浮き上がり、コースも深さも中途半端だ。非ニンジャであっても得点を確信する程の好機!ヤモトが瞳に桜色の光を灯し、フォアハンドを振り抜く!

「イヤーッ!」

強烈なトップスピンの掛かった強打がヘヴンリイのミドル(注:フォアとバックの中間、右利きならば右脇腹付近)を抉る!

「ヌウーーッ!」

しかしヘヴンリイもさる者、瞬時にタタミ3枚分後退し、バックハンドカットで返球!滞空時間の長いバックスピンの打球がヤモトのコートを目がける。迎え撃つヤモトはほとんど悠然と構えるが、その表情は険しい。直径40ミリの中空プラスチックボールでは所詮、音速すら超えられぬ。十分な距離とニンジャ動体視力があれば、ただの強打は決め手にならない。ヤモトは持久戦を覚悟する。

「イヤーッ!」

ヤモトはスイングに込めたカラテのほとんどをスピンへと変換し、ヘヴンリイのフォアサイドへ浅く沈み込むループ・ドライブを送る。カット主戦型に対しては前後の揺さぶりが一般的に有効であり、フォアへの浅いループはウイニングショットともなり得る……相手がただの人間ならば!

「惰弱!」

「ンアーッ!」

ナムサン!稲妻を纏いながら跳躍し瞬時に間合いを詰めたヘヴンリイが放物線の頂点を捉え、痛烈なカウンター・ドライブを叩き込んだ!ヤモトは辛うじて返球するも、ラケットに当てただけの棒球となる。素早く体勢復帰したヘヴンリイがフルスイングのフォアドライブによるトドメを狙う。ツノの放電が激しさを増し、双眸が殺意にギラリと輝く。ヤモト側のコートは狭く、退がって凌ぐスペースがない!万事休すか!?

「イィィヤアアー……何ッ!?」

ヘヴンリイは訝しんだ。ラケットの動きが鈍い!ヘヴンリイのラケットに、ヤモトの瞳と同じ桜色の蝶が数羽まとわりついている。サクラのジツによるインタラプトだ!

「テメエ……!」

ヘヴンリイのカラテがボールに伝達されず、またしてもチャンスボールとなる。ヤモトの瞳が桜色の輝きをひときわ強める。

「イイイ……」

ヤモトはボールのバウンド直後を捉え、フルスイングした!フォアドライブ一閃!

「イヤアアーーーーッ!!!」

写真 2020-12-30 20 05 42

「クソが!」

ヘヴンリイは瞬時にタタミ5枚分後退!ラケットの桜色を稲妻で灼き払い、

「イイヤアーッ!」

バックカットで返球!危機を脱したヤモトだが、その表情は一層険しい。何たる守備範囲か。ヘヴンリイのニンジャ敏捷性の前には、下手な揺さぶりは却って命取りとなる。ジツによる妨害ももはや通用はすまい。このままバックサイドへ強打し続け、以て後陣に磔とするより他になし。ヘヴンリイもまた苦々しい表情を浮かべる。ヤモトは相当な手練れであり、単調なラリーでミスを期待できる相手に非ず。凌ぐ中で敵の攻めを崩す手立てを講じ、間合いを詰めるべし。アーチニンジャ憑依者同士の人智を超えたラリーは、長期戦の様相を呈していた。

「イイイ……イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「イイイ……イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「イイイ……イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「イイイ……イヤーッ!」
「イヤーッ!」

鋭いカラテシャウトとボールの撥ねる音は、オンセン宿に夜通し響き続けたという。この無益で恐ろしいイクサが如何なる結末を迎えたかを知る者はいない。

(おわり)

TT-FILES(卓球補足資料)

本稿で繰り広げられた卓球の死合については、下記より貴方の必要に応じて情報を拾い、適宜補完してください。図ではヘヴンリイ側コートを縮めて描いています。

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選手紹介

Y:ヤモト・コキ。(私は彼女を右利きだと思っているが本稿では)左シェーク・ドライブ主戦型。超前陣から厳しいコースへ切り込み、敵に主導権を与えず圧倒する。本稿では描かれなかったがチキータからの両ハンド速攻や、中・後陣からの〈イアイ抜き〉(映画『ピンポン』のドラゴンこと中村獅童さんのバック打法をイメージいただきたい)等バックハンドの技巧にも長け、”地獄選手”の名に相応しい実力者である。

H:ヘヴンリイ。右シェーク・カット主戦型。世界最高峰のフットワークで如何なる球にも追いつき、甘い球を一撃必殺のカラテで仕留めるオールラウンドなスタイル。彼女のようにニンジャの身体能力でゴリ押すプレーの極致といえるのがフジキド・ケンジ。右・日本式ペンの彼は「すべての球をフォアハンドで強打すれば理論上負けない」という絵空事を特異な身体能力と性格により実現。ふた昔前のスタイルがニンジャの世界で再評価されている。

ラリー展開

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①ヤングジェネレーション(YG)サーブ。敵フォア前への逆横上回転。

②ツッツキによるレシーブ。甘く入った。

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③フォアドライブ。敵ミドルを強襲。

④バックカット。後ろに下げられたがなんとか返球。

⑤フォアでループドライブ。回転量重視で敵フォアサイドへ浅く落とした。

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⑥前に踏み込んでフォアカウンター。敵バックサイドを強襲。

⑦バックでブロック。虚を突かれたがなんとか反応した。

⑧フォアドライブ。ジツの妨害により振り遅れ、棒球に。

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⑨フォアドライブ。敵バックサイドを強襲。

⑩以降:バックカット VS. フォアドライブ。ゴジュッポ・ヒャッポ。

別に読まなくてもいい解説

①ヤモトのYGサーブ。フォア前への逆横上。カットマンに対してレシーブのツッツキを浮かせるようなサーブを出すのはオーソドックスな攻略法のひとつ。シャープで力強いスイングに比して短く止まったヤモトのサーブに、ヘヴンリイは足を前に出すのが遅れた。左利きのYGはただでさえ対策が難しく、反応が遅れると苦戦を強いられることとなる。

②ヘヴンリイのツッツキレシーブ。サーブのコースと回転量、さらに反応が遅らされたことにより選択肢が著しく狭められ、甘い返球を余儀なくされた。ヘヴンリイは決してレシーブが不得手な訳ではなく、ヤモトのサーブが地味ながら凶悪だったのだ。なおこのレシーブにはサーブの強烈な横回転が残っているため、これに対する3球目をキッチリ攻めるのは見た目のわりに難しいのだが、ヤモトにとっては問題にならなかった。

③④ヤモトの3球目攻撃はミドル狙い。ミドルはフォアで捕るにせよバックで捕るにせよ、肘の位置をずらさなければラケットの角度が出ないため、咄嗟の対応が遅れることとなる。従ってミドルへの攻撃は決定率が高い。しかし注意すべき点として、もしその球が返ってきた場合、非常に厄介な球となることが多い。特にカットでミドル処理をした場合、横成分の混じったぐちゃぐちゃな回転となりやすい。ミドル攻めはセオリーだが、「次」を考えていなければ待つのは自滅。ヤモトはその点抜かりなかったが、ヘヴンリイの恐ろしさはここからだった。

⑤⑥ヤモトはフォアへ浅いループを1本掛けた。カットを相手取る際の有効手「フォアに短く、バックに長く」は全日本選手権を制したこともあるレジェンド級カットマンのインストラクションでもあり、スイングの特徴からフォアの浅い球は実際処理が難しい。一方でカットマンのフォアへ送ることはナックル(無回転)カット及びデス(過剰回転)カットによる変化や、カーブロング(曲がって伸びるつなぎ球)を起点とした逆襲など様々な選択肢を与えることを意味する。それでも頂点を捉えたカウンターを被弾するのはやや極端なケースであり、「惰弱な球は即座にブッ殺す」というヘヴンリイの攻撃意識の強さが窺える。ヘヴンリイが反撃の際、待たれやすいとも言われるクロスを狙ったのは「次」を見据えた戦術であり、自身が連続攻撃を仕掛ける盤面を作り上げるための布石である。

⑦以降:ジツにより再び攻撃に転じたヤモト(彼女ならばジツを使わずとも猛攻を捌き切り、反撃に転じていただろう)は、バックサイドへ打ち続ける単調な展開を選択した。卓球の戦術思想は「相手を崩し、最終的に返球不能まで追い込む」と「相手に良いプレーをさせない」に大別されるという見方ができるが、ヤモトがここで選んだのは後者。バックへの素直な強打は恐らくほぼ無限に返ってくると予想されるが、受けるヘヴンリイは芸のない返球を死ぬまで強制され続ける。ヘヴンリイはあくまで押し込まれているため、強引に反撃に転じても窮屈な苦し紛れに終わり、恩恵が少ない。これを読んでおられる方の中にはカットマンに対してひたすらバックへ単調な攻撃を仕掛ける選手を見てじれったく感じたことのある方もいるかもしれないが、これは実際、粘り合いを制することさえできるならば試合自体をほぼ完全な「詰み」まで持って行くことのできる、究極のカット攻略法なのだ。

筆者メモ

始まりは或る日突然「卓球のフォアドライブの構図って映えるよなあ」と思ったことでした。私は単にヤモト=サンが大好きなので、その構図に自然とヤモト=サンを当てはめていました。フォアを振り抜くヤモト=サンが私の脳内であまりにも画になるので、ヤモト=サンが卓球をするに至った経緯に思いを馳せました。「谷底を脱し、オンセン宿でヘヴンリイ=サンと意地の張り合いを繰り広げる」というシチュエーションが浮かぶのにそれほど時間はかかりませんでした。相手のヘヴンリイ=サンの戦型としては超攻撃的脳筋スタイルもよかったのですが(表ソフトとか似合うけどオンセン宿のラケットじゃなあ……)、結局「攻撃的カット」にしました。これは彼女の良い意味での破天荒さと躍動感と、同時に完成された戦闘哲学を持っているイメージに合致すると考えたためです。ヤモト=サンのプレースタイルについては「カウンター」という言葉からスタートしていますが最終的にはそれに囚われず、ひたすらかっこいい現代的ストロングスタイルになりました。
ラリー展開については人間の卓球の範疇で考えています。既存の卓球と別種目にはなってしまわず、あくまでニンジャの力が可能性を拡張するイメージです。ヤモト=サンがジツを行使したシーンは「ヤモト選手を起用した意味」みたいなのが自分の中で欲しくて、また展開をサクサク進めたくて入れましたが、地獄選手ヤモトの真の実力を引き出すならばオミットされるべきシーンでしょう。この世界のニンジャのスポーツマンシップがもっと厳格だったならば、ヤモト=サンはジツで相手に干渉することは許されず、また一方で事前に台を少し移動させるなどしてヤモトコートにもある程度の広さが確保されていたはずです。ヤモト=サンはきっとヘヴンリイ=サンの猛攻をタタミ2~3枚分程度退がって捌き、イアイ抜きバックカウンターからバック対フォアの変則引き合いに持ち込み(引き合いは松平健太選手 VS. 馬琳選手のイメージ。記憶が正しければ世界選手権横浜大会。)、最終的にヘヴンリイ=サンをバックカットせざるを得ない状況へ追い詰めていたでしょう。また、後ろに退がらずとも、ヘヴンリイ=サンの強打をヤモト=サンは8割方ブロックできていたでしょう。逆も然りですが。どうすればニンジャから点が獲れるのか私にはわかりません。ただし本稿で決着をつけなかったのはあくまで両者の間に「勝ち負け」を生み出さないためです。きっとボールがエンハンス下でなお烈しいラリーに耐え切れず粉砕されたか、ヘヴィノーズ=サンが介入したか、何らかの理由により中断したのだと思います。

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