【やが君二次創作】七海澪・お姉ちゃん奮闘記 "fear of favor"
「ただいまー。」
ドアが開く音に続いて大好きな姉の声を聴き、留守番中だった七海燈子は玄関へと駆けていった。
「お姉ちゃんおかえり……」
心細さから解き放たれた燈子はしかし、次の瞬間には顔を青ざめさせた。7歳上の姉・澪に続き、姉と同じ学校の制服に身を包んだ見知らぬ高校生が4人、家へと上がり込んできたのである。
「…………!」
高校2年、7月25日
「うーーむむ……」
朝の生徒会室であたしは考えごとをしていた。もう夏休みに突入したけど、生徒会劇の準備のために今日は役員みんな登校している。必要なモノをリストアップして、手伝ってくれる各部活にさっさと頼まないといけない。それに2学期になると全体の準備も入ってくるから、劇の練習も夏休みで形にしといた方がいいんだよね。しかしですね、今あたしが思案しているのは劇のことではなくて……。
「うーーーむむ?」
腕を組み、上を向いたあたしの頭にコツン、とファイルのカドが当たった。
「働け。」
「雪くん、カドはひどくない!?」
「さっきからどうしたの?澪。」
由里華がちょっと心配そうに声をかけてきた。いや、大したことじゃないんだけど……
「こないだの終業式の後、みんなに仕事ぜんぶやってもらっちゃったじゃん?さすがになんかお礼しなきゃなあ、って。」
「その件なら、約束通りお礼言ってもらったけど?」
由里華がきょとんとする。
「食いもんとかカネで解決されるのもなんか微妙だしな。」
雪くんのこの反応は意外だった。
「うそ……常識人?」
「人をなんだと思ってるんだ。俺が澪に要求することはひとつだ。は・た・ら・け。」
みんなこうして当たり前みたいに助けてくれて、あたしはほんとうに嬉しく思う。でもさあ、なんかこう、貰ってばっかで落ち着かないっていうか……
「やっぱり、なんかないかな?あたしにできること。」
「なあ澪、そんなに働くのが嫌なのか?なあ……」
雪くんが悲しい顔をする。1年生のふたりが笑いをこらえている。
「…………そ、それじゃあ、」
しばらく真剣な目つきで考え込んでいた由里華が口を開いた。なぜか誰もいない、お茶セットがあるあたりを見ている。
「……澪のおウチとか、行ってみたい、かも。」
2、3秒くらい無音の時間があって、
「わたしも行ってみたいでーす。」
1年生の麻友ちゃんが由里華を横目に見てにやにやしながら同意した。
「おもしろそうっスね!」
1年男子・哲っちゃんも乗り気だ。
「俺も賛成だな。」
雪くんがこれまた意外な反応をする。みんなでバッと雪くんの方を見ると、雪くんがちょっと意地の悪い顔で続ける。
「澪がちゃんと宿題に取り掛かってるか確認しないとな。」
「うげっ……」
昼過ぎて、あたしの家のほうへ5人で歩いていく。みんな今日はいつも以上に仕事が速かった。気のせい?そんなこんなであたしの家にみんなをお招きすることになったんだけど、気がかり……ってほどじゃないかな、でもそれに近いものがひとつ。
「あの……今日さ、妹がひとりで留守番してるんだけど……」
「ああ、よく話してる『とーこ』ちゃん?小学生の。」
「そうそう。」
「よく……話してます?初耳でしたけど……」
「まあその、とーこがね、ちょっと内気なところがあるから……だから……雪くん?」
「お……俺か。」
雪くんはなんだか渋い顔。小学生の妹って聞いたあたりから。
「その……言いづらいんだけど、なるべくあの子のこと怖がらせないようにしてほしいんだよね。たとえばあたしを叱らない、とか。」
「わかった……善処する。」
雪くんがしおらしい。今日は珍しい尽くしだなあ。……とかあたしが思ってたら、雪くんがハッと何かに気づいた。
「おい、それって何か叱られる心当たりがあるってことじゃないか?」
「それは……」
「宿題。手ぇつけてないんだろ。」
「ごめんなさい……」
「姉の友人」とは言っても、7つも年上の知らない人たちが急に家に来たら落ち着かない。訪ねてくる側も、「友人の年の離れた妹」に初対面で向ける視線は同世代に対するそれとは同じじゃないはず。たとえ内気な子じゃなくても、あの好奇の視線にはある程度の慣れが要ると思う。だからあたしはとーこがちょっと心配だった。それでも結局みんなを家に呼んだのは、みんななら悪いようにはならないと思えたから。あたしの世界一かわいい妹をみんなに自慢したかったのもあるんだけどね。それに……
「はい、到着でーす。」
「なんだか緊張してきた……」
「高校生にもなると、人んち行く機会って減りますよねー。」
「それじゃ早速…………ただいまー。」
あたしはガチャリとドアを開けて、みんなより先に家に入った。
「お姉ちゃんおかえり……」
とーこがててて、と小走りで出迎えてくれた。かわいい。
「…………!」
ちょうどそのタイミングで、みんなが家に入ってきた。とーこは見るからに身体をこわばらせ、顔を青ざめさせた。さすがにここはちょっとフォローが要るなあ。あたしは靴を揃えてからとーこの方へ歩み寄って説明した。
「こちらのみんなは私といっしょに生徒会をしている人たちだよ。連絡もなしに連れてきて、びっくりしたでしょ?ごめんね。こっちから順に、由里華と、雪くんと、麻友ちゃんと、哲っちゃん。」
(「私」?どうしたんだ?アイツ。おかしいぞ。)
(しーーっ!聞こえちゃいますよ!おかしいけど!)
みんながなにやらひそひそ言ってる。なんの話してんのかわかんないけど、じろじろ見られる状況じゃなくて、とーこはひと安心みたい。あたしの後ろに隠れて、あたしの腰のあたりの服をぎゅーっと掴んだ状態で、左っ側からひょこっと顔を出した。かわいい。
「……こ……こんにち…は」
自分からあいさつできた!世界一えらい!!あたしはすぐにでもとーこをぎゅぅーーっとしたくなったけど、今は人目がある。我慢、我慢。みんなの方を見ると、麻友ちゃんが見事にハートを撃ち抜かれてた。
「か……かわ……」
両手で口許を抑えながら小刻みに震える麻友ちゃん。どうだ、かわいいだろ。麻友ちゃんはなんとか正気を取りもどすと、中腰姿勢になり、とーこに話しかけた。
「こんにちは!急に押しかけちゃってごめんなさい。ビックリさせちゃっただろうけど、この顔が怖いお兄さんは表情が乏しいだけでわるいひとじゃないから大丈夫だよ。」
「人が気にしていることを容赦なく言ってくれるなあ……」
「うわ、雪せんぱい気にしてたんですか?なんかごめんなさい……ほら、とーこちゃん。顔が怖いって言われてしょんぼりするかわいいお兄さんだよ。」
麻友ちゃんは特に怖がられそうな、かつ話しかける引き出しを持ってなさそうな男子たちを手際よくイジって警戒を解きに行く。ちっちゃいいとこがいるって言ってたけど、慣れてるなあ。あたしの服を掴むとーこの力が少しずつ緩んできた。
「澪せんぱいにもいつも助けられてて、ホント最高の生徒会長だよ。」
いつの間にかあたしの話になってた。これは、なるほど?とーこがあたしにベッタリなのを見抜いて、あたしを無理やり褒めちぎって距離を縮めようとしてるね?ほんと慣れてるなあ。実際、この話題は効果的。とーこはあたしの服からするりと右手を離し、すすす、とあたしの左に出た。すると、あたしの話題が出たあたりからうずうず、そわそわし始めた由里華がその場にしゃがみ、上目遣いでとーこに話しかけた。
「澪ってね、学校でもかなりもてもてなんだよ。」
とーこが前のめりになる。
「学校での澪の話、聞きたくない?」
「…………!」
ちょ!?とーこを見ると、ものすごく目をキラキラさせている。由里華に視線を戻すと、由里華もまったく同じように目をキラキラさせている。
「ききたい……!です!」
それからみんなで居間に移動して、あたしが慣れない手つきで淹れた紅茶を飲みながら話し始めた。由里華があたしの告られエピソードをとーこに披露していく。周りのみんなには誰のことかわからないように所々伏せられてるけど、なんで全部把握してるの……。由里華ととーこは目をキラキラさせ、完全にふたりの世界。麻友ちゃんはそんなふたりを交互に眺めて、今まで見たことないような幸せそうな表情。あたしはこっぱずかしさに頭を抑えてうつむく。雪くんはそんなタジタジのあたしを見て溜飲が下がっているご様子。哲っちゃんは話に入れず……と思いきや、みんな残らず普段見られない顔をしている非日常的光景を楽しんでいる風だった。あたしははずかしくて死にそうだけど、やっぱり悪いようにはならなかったでしょ?しばらくそんな時間が続いて、日が傾いてきたころにみんな帰ることになった。
「それじゃあ、お邪魔しました。澪、また学校で。」
「みんな、送ってくよ?」
「いいの、いいの。とーこちゃんにまたお留守番させる気?私がみんなのこと駅まで送るから。」
別にあたしととーこのふたりでみんなを送ってけばいいんだけど、これは由里華の気づかいだ。だからありがたく受け取っとこう。
「いつもありがとね。それじゃ、また学校で。」
「うん。」
由里華は満足そうに微笑むと、チャリンコを手で押しながら他のみんなと並んで歩いていった。
あたしはとーこと並んで居間のソファに座っていた。由里華がくれた、ふたりの時間。とーこは楽しそうにしてくれてたけど、慣れない経験にちょっと疲れた様子。
「改めてだけど、とーこ。今日はいきなりごめんね。」
「ううん、お姉ちゃん。私、たのしかった。」
とーこが背もたれに身を預けたまま微笑む。あたしの見立てどおり、みんなを急に家に呼んでも悪いようにはならなかったし、あたしの世界一かわいい妹の魅力をみんなに見せつけることができた。それに……
「みんないつも私のこと助けてくれて、ほんとうに頼もしい仲間なんだ。」
あたしには世界一の仲間たちがいるんだって……みんなのこと、とーこに自慢したかったんだよね。
「すごい人たちなんだね。」
とーこが目をキラキラさせながら、あたしの方へ身を乗り出した。
「やっぱりお姉ちゃん、すごいね!」
あれ?そうなるの?……でもこの表情、…………もーーーー!!
「…………!」
とーこを思いっきり、ぎゅぅーーっと抱きしめる。今日ずっと我慢してたけど、もう人目を気にする必要もない。勢いあまって押し倒したみたいな体勢になった。さらさらの髪からいい香りがする。
「明日は私も家にいるからね。」
「ほんとう?」
あたしを抱きしめ返すとーこの力が強くなった。
「……やった。」
高校2年、7月26日
「というわけで澪は今日お休みです。」
朝の生徒会室で山根由里華が他の役員に告げた。手に持った携帯の画面を皆に見せている。そこには「ほんとごめん、任せた!」とだけ書かれていた。
「えーと……澪せんぱい、カゼですか?」
「さあね、ふふ。」
「なんで笑ってんスか山根先輩……」
「風邪なら風邪って言うだろ。サボリだな。」
「みんなも体調悪いときはもちろんだけど、ちょっとした用事でも遠慮せずに言ってくれていいからね。」
「山根さんまだ返信してないんだろ?『働け』って言っといてくれ。」
「はい、りょーかい。」
山根由里華は苦笑いしながら親指を動かし、手早くメッセージを打ち込んだ。
「楽しんでね」と。
(fear of favor おわり)
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