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【ニンジャ20200222】ロール・オブ・エクスプロイテイション

「……ええ、ええ、問題ありませんよ。この度ご提案させていただいたスシ・ロール販売戦略ならば、御社は大丈夫です。既にご説明したでしょう。『人は宝』、ですよ。私のコンサルティングに隙はありません。……ええ、予定通り本日伺いますよ。それでは。」

派手なスーツを崩して着こなした男はIRC通話を切ると、高層ビルの個人オフィス窓から外の景色を見やった。その男、ダマナカは、人々が懸命に這いずって生きるネオサイタマの市街を見下ろし、笑顔でひとりごちた。

「そう、人は宝。労働力という資源が、カネを持って、そこらじゅうから湧き出てくる。ンッフフフフフ……」

2020年ニンジャの日記念投稿
【ロール・オブ・エクスプロイテイション】


ジャカジャーン……ジャッジャッジャジャーン…………さびれた街区のスーパーマーケットに流れるのは、消え入りそうなBGMと、疲労感、絶望感、諦観。重々しい空気をいや増すのは、店舗入り口付近に山積みされた、黒く飾り気のない商品だ。

「正直、売れる訳なくないスか?これ」

店員のヨシチャワが発した言葉は特に誰かへ向けたものではない。暇なのだ。ヨシチャワは大量のスシ・ロールを忌々しげに見つめる。どこの地域の風習か、暦が春になる2月3日、エホウと呼ばれる特定の方角を向いてスシ・ロールを食べ、幸運を呼び寄せるというものがあったらしい。店舗マネージャーが突然そんなことを言い出し、期間限定スシ・ロール販売を始めたのだ。「その日はただの平日で集客が見込めない」とベテラン店員が進言したが、「クリスマスも平日だ」と一蹴され、ケジメを強いられた。昨年末のクリスマスケーキも大量に売れ残ったというのにだ。

しかし本当に最悪なのは魅力に乏しい商品ではなく、その販売方式だった。各店員には一人1,000本の販売ノルマが課され、キャンペーン期間内に売れなかった分は店員が買い取らねばならないのだ。「販売意欲増進のため」とマネージャーは白々しく説明したが、結局は店員から搾取してカイシャは確実に利益を得ようというのだ。

彼らのスーパーマーケットは国家崩壊前までは成功した部類に入るチェーンであったが、2038年以降の争乱の中で消滅寸前まで縮小し、周辺メガコーポにドゲザめいて服従するみすぼらしい店舗になり果てた。終わりのない経営難に進退窮まった経営陣が採った方策はさながら、退治されそこなった小オニの悪あがきめいていた。

キャンペーン最終日の2月3日。頼れる人間はすべて当たったが、ノルマは遥か遠く……ヨシチャワが深いため息をつこうとしたその時、数時間ぶりに店舗入口の自動ドアがガタガタと開いた。

「ア……いらっしゃいま」「貴様らッ!コンサルタントのダマナカ・シェキモト=サンが現場視察にいらしたのだぞッ!ドゲザにてお迎えせんかーーーッ!!」「「「アイエエエ!」」」

事前通達もなく突如現場を訪れたマネージャーの怒声に、ヨシチャワをはじめ数名の店員は慌ててドゲザ姿勢を取った。スーツを着崩した鼻持ちならない訪問者に完璧なドゲザを向けながら、マネージャーが喚き散らす。

「いいか!?ダマナカ=サンは経営難のわが社に起死回生の策を授けてくださった救世主なのだぞッ!何だそのたるみきった接客態度は!!スミマセン!ダマナカ=サン、ホントスミマセン!!」

(コイツが元凶か……)ヨシチャワは床にぴったりとつけた顔を苦々しく歪めた。退治されそこなった小オニは、別のオニに助力を請うてドゲザし、縋りついていたのだ。(高いカネ貰ってクソみたいなコンサルして、現場で苦しむ俺らを道楽で見物に来たって訳かよ)

「まあまあ、マネージャー殿。スタッフのみなさんが委縮してしまっているではありませんか。『人は宝』ですよ。」

丁寧な口調で応えながら、コンサルタントは尊大な足取りでヨシチャワの背後へ歩き、ドゲザ姿勢を続ける彼に声をかけた。

「貴方。販売ノルマの方は如何ですか?」
「エット……残り893本です。ベストを尽くしていますが依」「イヤーッ!」「グワーッ!」

ダマナカはヨシチャワを蹴り飛ばした。 KRAAASH! 入口自動ドアが破砕し、ヨシチャワは店の前の通りを転がった。店内にスシ・ロールや、近くに陳列されていたマメが散乱した。

「オット。大丈夫ですよ。無論殺していませんし、骨もほとんど折れていないはずです。貴方は大事なスタッフなのですから。」

店外のヨシチャワへ悠然と歩み寄りながら、コンサルタントは誰にともなく語り続ける。

「いいですか?今のメガコーポによる経済は、私に言わせれば限界があります。互いの富を奪い合うばかり。どうすればここに成長が生まれるか?……そうです!貴方たち取るに足らない市民の、人口に裏打ちされた経済的ポテンシャルです!ンフフフ……経済に何ら影響を与えない下層市民から限界まで搾取しカネを吸い上げることによって、世界経済は無限に成長します!その成長をもたらすことこそが、この私の役割なのです!」

恍惚としながら語り終えたダマナカは足元で震えるヨシチャワを見下ろし、愉悦の笑みを浮かべた。此度の現場視察も大いに満足のいくものであった。

「ノルマを達成できなくても大丈夫です。しかしカロウシしてしまっては元も子もありません。キャンペーン最終日ですが、気負い過ぎませんよう。貴方がたは大切な資源なのですからね。それでは、オタッシャデー!」

朗らかにエールを送るコンサルタントをヨシチャワとマネージャー、店員たちは震えながら見ることしかできない。ダマナカはオフィスへ帰るべく歩き出そうとしたが、「イヤーッ!」やおら振り返り、上へ手をかざした。ZMZM……黒いシート状の物質が出現し、上から飛来したスリケンを受け止めた。そう、スリケンである!そして彼を守ったのは紛れもなくジツの力である!「アイエッ……」目の前で突如としてニンジャの力が振るわれるのを目撃したヨシチャワの精神は限界を迎え、ヨシチャワの意識は途絶えた。

「イヤーッ!」ダマナカの視線の先、スーパーマーケット屋上から、赤黒いニンジャ装束を纏ったニンジャが飛び降り、破砕自動ドア前に着地、アイサツを繰り出した。

「貴様が生きて帰ることはない。ドーモ、ニンジャスレイヤーです。」
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。サファイアオウガです。」

アイサツを返しながらダマナカ……サファイアオウガは状況判断する。データベースで見たことのない名前。社章も身に着けていない。粗暴なナリと振る舞い。暗黒メガコーポの手のものではなく、まともな傭兵の類でもないことは明らか。

「ただの底辺アウトローですか。ならば搾り尽くし、我が糧としてから殺すのみ!イヤーッ!」青いニンジャ装束姿に身を包んだサファイアオウガが両腕を広げ、のけぞった。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがニンジャ第六感の警鐘に従い連続側転を打ったコンマ5秒後、ZZZZZZMMMMZMZMZM……直径2メートル程の黒い巨大スシ・ロールめいた円柱状の物体がサファイアオウガの前方へと延びた。巨大円柱は破砕エントランスを、店舗内を突き抜け、その先に至る広範囲を瞬時に呑み込んだ。「「「アバーッ!」」」大きく損壊した店内でマネージャーと店員が円柱に絡め取られ、苦悶する。

「イヤーッ!」円柱の出現範囲を辛くも脱していたニンジャスレイヤーは再度スリケンを投擲!しかし、ZMZM......黒い障壁が再度射線上に展開し、スリケンを受け止める。術者の視界を確保すべく微細な穴の開いた障壁はノリめいている。直後、サファイアオウガの身体が、巨大スシ・ロールが、ノリめいた障壁が、そしてニンジャスレイヤーの方へ伸びた影が、青白く不穏な燐光を帯びた。「ヌゥーッ!」ニンジャスレイヤーは突如力が抜けるような感覚を味わう。絡め取られたスリケンが、店内の犠牲者が、急速に萎びていく。「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはたまらずバックステップで距離を取る。

(((こ奴は影によって敵を絡め取るハデス・ニンジャクランのジツの使い手也。そして纏うておるのはネガティヴカラテ……サツガイの力に相違なし。先のような大技は連発できるものではない。しかし奴の影に触れれば厄介ぞ。注意せよマスラダ!)))ナラク・ニンジャの禍々しい声がニンジャスレイヤーのニューロンに木霊する。

「ンッフフフフフ!貴方のカラテを残らず吸い上げて差し上げましょう!」

サファイアオウガの影が地を這い進み、連続バックステップするニンジャスレイヤーに追いすがる。何たる厭わしきジツか!「ヌゥーッ!」タタミ10枚の距離に達したところでニンジャスレイヤーは足を取られ、たたらを踏んだ。店舗の大破壊に伴い散乱したマメを踏んでしまったのだ!サファイアオウガの影が迫る!「ンフフーッ!」万事休すか!?

「イヤーッ!」間一髪、ニンジャスレイヤーは黒い不浄の炎を纏った右腕で目の前の地面を薙ぎ払い、迫りくる影の先端を灼き払い、食い止めた。否、それだけではない!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがサファイアオウガめがけ右腕を振りぬくと、「グワーッ!」サファイアオウガが怯んだ!彼の両眼には、ナ、ナムサン!黒い炎を纏ったマメが深々と埋め込まれている!ニンジャスレイヤーは地面を薙ぎ払いながら散乱するマメを掴み取り、すぐさま投擲。サファイアオウガを守る影の障壁の微細な穴をマメが通り抜け、彼を捉えたのである!

「イィィィ……」ニンジャスレイヤーはマメが取り除かれ黒く灼けるアスファルトを力強く踏みしめ、「イイイヤーッ!!」サファイアオウガめがけ一息に跳躍!影の障壁を左腕のバックハンドで灼き払い、「イイイヤーッ!」鉤爪状にした右手を振るい、サファイアオウガの喉笛を掴んだ!

「……グワーーーッ!」

不浄の炎に苛まれるサファイアオウガの身体を高く吊り上げながら、ニンジャスレイヤーはジゴクめいた声で問うた。

「サツガイを知っているか」

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意識を取り戻したヨシチャワが見たのは、悪夢めいた破壊的イクサの痕跡であった。巨大スシ・ロールめいた黒い円柱が横たわり、中に絡め取られた萎びた死体もそのまま。店はめちゃくちゃで、商品のスシ・ロールやマメがあちこちに散乱している。ヨシチャワはふらふら立ち上がると、黒く細長い包みをひとつ手に取った。巨大円柱に背を向け、包みを開封し、吐き気をこらえながら無言でスシ・ロールを咀嚼する。結局どこの風習か知らないが、これでいつか幸運が訪れる、そう思わなければやっていられなかった。


【ロール・オブ・エクスプロイテイション】おわり

◇本編とは無関係◇

別バージョン:【ロール・オブ・ヴィクティム】

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