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妙なよろこび

 病室は4人部屋だった。けっこう広い。一昔前なら、この面積で6人部屋だったのではないかと思う。

 先住の同室さんが窓側の一方のベッドで、ワタクシはその斜め向かいの廊下側のベッドだった。

 ワタクシは、静かに眠れるタイプではない。寝返りその他(ご想像にお任せする)でやかまし寝をするらしい。本人は意識がないのでわからないのだが。

 その上、しーんとした夜が苦手だ。何かの気配がないと眠れない。恐らく、車の往来の音が一晩中途切れない土地で育ったせいだ。

 入院した日の夜は、熱が高く抗生剤を0時近くまで点滴されていた。眠たくても眠れず、同室さんを気にする余裕はなかった。
 だが、2日目以降の夜は、就寝時間になるとしーんと静かになるのが気になり、落ち着かなかった。

 自分はうるさくないだろうか。寝返りを打ってもいいだろうか。同室さんはうるさくて眠れなくならないだろうか。そんなことが気になって仕方なかった。

 枕元の明かりを消して、寝たふりをした。寝たふりだから起きている。起きている限り、ワタクシはうるさくならないはずだ。

 実は、こんなに夜中が静かだとは思っていなかった。病院は街の中心に近いところにあり、一晩中車の音が絶えないと思っていた。
 しかし意外なことに、深夜に外の音はほとんど聞こえなかった。
 ダウンタウンに近いが大きな大学にも近く、若者と古い家屋が目立つ住宅街でもある。そう言えば、むかしむかーしワタクシの実家一家は、この辺りに住んでいた。ワタクシが3歳になる前の話だが。今も変わらず若者と老人が暮らす住宅街ということなのだろう。

 ワタクシの落ち着かなさは次第に増していった。が、気付いたのだ。同室さんの寝息が聞こえることに。

 人の気配があるという事実は、ある種の心強さを生んだ。

 「スーッ… スーッ…」という一定のリズムを聞いているうちにワタクシの落ち着かなさは薄らいでいき、ようやく眠気が訪れた。前の晩は痛みで全く眠れなかったのだ。久し振りの睡眠だった。うとうとののち、意識が途切れた。

 しかし間もなく、

「ぷ~…」

という音が聞こえ、目が覚めた。

 前の記事にも書いたが、腸の病気で入院していると、おならは腸が活動している証拠であり、よろこばしいものだ。

 胃腸内科病院に入院しているのだから、彼女もおそらく腸の病気なのだろう。この、彼女にとって福音ともいえる音を聞きながら、ワタクシは改めて久し振りの眠りについた。妙な話だが、ワタクシもちょっとうれしくなった。赤の他人のおならを聞いてよろこびを感じたのは、はじめてだった。

 彼女は、2、3日後に退院していった。それからワタクシ自身が退院するまでのほぼ2週間、ワタクシはこの4人部屋で個室状態で過ごすことになった。
 退院まで、しーんとした夜との戦いであった。

興味を持ってくださりありがとうございます。猫と人類の共栄共存を願って生きております。サポート戴けたら、猫たちの福利厚生とワタクシの切磋琢磨のために使わせて戴きます。