日本とフランス:公共交通機関でクラスターが発生しないわけ(翻訳記事)
2020年6月10日にアメリカの都市に関するニュース記事サイトBloomberg Citylabに掲載された「In Japan and France, Riding Transit Looks Surprisingly Safe」を翻訳しました。執筆はロンドン在住のCitylab記者で主にヨーロッパのインフラやデザイン、都市政策を伝えているFeargus O'Sullivanです。公共交通における感染リスクについての科学的調査はまだ十分とは言えないと思いますが、それでも、この記事が指摘するように、日本以外においても公共交通が大規模な感染源になっていないのは興味深いことです。
人の手軽な移動が、新型コロナウイルスの拡散の一つの要因になっているのは確かでしょう。その中で、それでも必須な移動を支えている公共交通が思ったより安全であるという指摘は、交通に関わる者としてとても心強いものです(もちろん予断を持たない調査が待たれるわけですが)。
翻訳: 孕石直子・監修: 伊藤昌毅
Feargus O'Sullivan
2020年6月10日
日本でもフランスでも、地下鉄、電車、バスにおいて新型コロナウイルスの感染者集団(クラスター)は発生していない。公共交通機関は意外にも感染リスクが低いということか。
フランスの国家公衆衛生機関によれば、5 月 9 日から 6 月 3 日まで期間、フランス国内で 新たに150 のクラスターが発生した。これらのクラスターのほとんどは、医療施設、職場、ホームレスためのシェルターなど、いわゆる「3密」で定義されるクラスターの発生しやすい場所で発生している。つまり閉鎖された空間で長時間大勢の人が混ざり合う場所であり、また病院の場合は、すでに感染している可能性のある人々が集まる場所だ。
しかし印象的なのは、公共交通機関に関連したクラスターが1つもないことだ。フランスではこの期間、6つの地下鉄、26の路面電車、その他無数にある路線バスのいずれでも、新型コロナウイルスのクラスターが発生していない。
地下鉄やバスの密閉性や換気の悪さ、またロックダウン中でも混雑する可能性があることを考えると、そうした場所でクラスターが発生していないのは驚きだと言えるだろう。しかしフランスだけでなく、コロナ対策において厳格なロックダウンやソーシャルディスタンシングの強制、大規模な検査の実施よりも、クラスターの発見に重点を置いてきた日本でも同じことが起こっている。5月下旬に日本が非常事態宣言を解除したときにScience誌が報じたように、日本の感染クラスターのほとんどはスポーツジムやナイトクラブ、ライブハウス、カラオケなどに関連して発生しており、その混雑で世界的に有名な通勤電車に関するものはない。
なぜフランスや日本の交通機関は、コロナウイルス感染の温床になっていないのだろうか?また、これはバスや地下鉄が実は比較的感染リスクが低いということを意味しているのだろうか?
公共交通機関でクラスターが検出されなかった理由の一つは、乗客が安全基準を守っていることだ。東京でもパリでも、乗客はマスクを着用しているうえ(日本ではマスクの着用は以前から習慣として定着している)、人との距離をできるだけ保っている。また、日本の公共交通機関の感染率の低さについて、通勤客が乗車中に会話をしない傾向があることも注目されている。会話はウイルスに感染した粒子を効率的に拡散させてしまうため、これは重要な要素である。
日本の感染症対策もまた、会話が感染を広げる効果を特に重要視している。専門家は「3つの密」と呼ばれる、密閉した空間、密集した場所、近距離での会話など密接した状況を避けることを強調している。3つの密が重なる場所は最も危険な場所であるが、それは必ずしも会話をしている乗客でいっぱいの電車だけでない。日本の新型コロナウイルス感染症対策の見解では、スポーツの試合後に選手が集まる更衣室などが例として挙げられている。
会話を避けることで、日本の交通機関の利用者は3密空間をより危険度の低い2密空間に変えることができる。しかし、これは何も日本に限った現象ではない。フランスで電車やバスに乗っている乗客も、それほど会話をするわけではなく、交通機関は決して会話に溢れた場所ではない(特に感染爆発真っ只中で、密室でのリスクがあまりにも明らかな今は)。
他にも考えられる要因がある。電車の車両は、閉じられた空間とは言え、空調システムや窓の開放、停車地でのドアの開閉などで、少なくとも部分的には換気されている。また、そもそも人々は電車やバスにあまり長く滞在しない傾向があり、乗車中に感染の可能性のある人々に接触する機会が少ないことが、感染率の低さに貢献している可能性がある。マスクの着用、曝露時間の制限、換気など、感染対策としてそれぞれは完璧でないとしても、それらを組み合わせることで、マスクを着けていない人々が何時間も密集する密閉された空間よりも安全な空間を作ることができる。
それでも、公共交通機関が実際にその運行を担う労働者に感染症を広げることは明らかであり、公共交通機関に対する強い恐怖感は今も続いている。ニューヨーク市のMTA(訳注: ニューヨーク市を中心に鉄道やバスを運行する独立法人)では、新型コロナウイルスに関連した死亡者が100人以上出ており、電車の運転手など、地下鉄の乗務員が感染の危険にさらされている。ロンドンでは、バス運転手28人を含む37人の公共交通機関の職員が新型コロナウイルスで亡くなっている。このような危機的状況に対応するため、ロンドン市の交通機関であるTfLでは、バスの運転席をテープで区切り、乗客に中央のドアからのみ乗降するよう義務付けた。このような措置は、交通機関従事者の感染死亡例が出ている他の多くの都市でも採用されている。
フランスと日本で公共交通機関に関連した新型コロナウイルス感染症の数値が低いのは、主にそれを検出できる手段が限られているためである可能性がある。「医療施設、介護施設、特定の企業など、すでに基本的あるいは強化的疫学的観察対象となっている場所では、クラスターを検出することは容易である」とモンペリエ大学の疫学者Mircea Sofonea氏はフランスのLe Parisien紙に言っている。「統計学的には、[公共交通機関から] 感染者数人を同時に特定する方が複雑である。 症状は必ずしも短時間で現れるとは限らないのだから。」
言い換えれば、医療機関や施設、オフィスでの検査で感染者が発見された場合、その建物内で誰と接触したかを追跡することは比較的簡単で、ウイルスの拡散経路を描くことができる。一方で感染者と、感染者が公共交通機関で接触した人とを結びつけるには、特定の時間内に特定の路線を利用した人全員を追跡して検査しなくてはならず、はるかに困難な作業になる。
現在のところ、公共交通機関において新型コロナウイルスに感染するリスクを排除することはできない。しかし、フランスと日本からの調査結果は、希望の持てるものである。マスク着用の徹底、最小限の会話、暴露時間の短縮、そしてできる限りの換気によって、電車やバスにおける爆発的な感染拡大のリスクは劇的に最小化されているように見える。まだ証明はされていないが、都市間の移動を可能にする公共交通が、都市の最大の敵ではないのではないか。