地図と拳 感想

ゴールデンウィークでまとまった大きな時間がとれるということで、それまで敬遠してきた(僕にとって)長長編「地図と拳」のページを開いてみました。

日露戦争前〜太平洋戦争後の満州における、人種・地位・思想様々な立場の人から多角的に描かれている話でした。
戦争の悲惨さがドラマチックに表現される、反戦の本である、という印象は持ちませんでしたが、国家の利権争いに巻き込まれた人々が翻弄されていく姿を見ると、胸が痛くてたまらなかったです。

□多角的に語られるということ
この本を読んで、一つの物語が様々な登場人物から多角的に語られる、という形式が自分のフェチであると改めて感じました。
物心ついた時から映画を見始め、親からタランティーノを仕込まれた僕は、パルプフィクションの冒頭シーンとラストシーンのつながりに、漠然とした衝撃を覚えたことを覚えています。(
最近見返しましたが、やっぱ最後のサミュエルLジャクソンかっこよすぎ)
あるシーンが、別の人物の視点で描写されると深みが倍増される。その増幅が50年という600ページ強の物語の中に圧縮されています。
そしてそのテーマが戦争だということもあり、ある戦争に対する思想が複雑に絡み合い物語が進み、ある戦闘を交える複数の登場人物における心情描写が交差して、物語に分厚みが生まれていて最高でした。
その厚みはこの本のページ数に寄与し、鈍器本たらしめる要因になる、、


□硬質なバイブス
この本の好きなところはいくつかありますが、大きな部分はその硬質な描きっぷりなのかなと思っています。
(硬質、という表現は僕の勝手なイメージですが、、)
上で書きました通り、様々な人物の視点から、行動や事象が語られます。一人称視点ではないということもあるのかもしれませんが、細かな心情描写があまりありません。
その代わりに、最小限の言葉で、行動や事象が起きた背景や根拠が、非常に分かりやすく論理的に説明されている印象を受けました。
そのため、いろんな視点から物事が描写されても全然ややこしくならない、スムーズな理解ができるところがとても気持ちいいです。
僕の癖で、小説を読む時は大抵、登場人物に実在する俳優をキャスティングして脳内で芝居してもらうのですが、この本は細川と明男という2名のキャラを除いて、キャスティングできませんでした。
もちろん、感情移入ができない程登場人物に魅力を感じることができなかったわけではなく、個性豊かなキャラクターがそれぞれの葛藤を経て、前に進んでいくところは読み応えがあったのは当然なのですが、それ以上に、ニュースなどでよく扱われるようなシミュレーション動画をよりリアルにしたようなものを脳内で再生させて、物語を進めていく方が、僕の中で得られる快感の量が多かったのです。
今までの読書体験と違うなあと思いながら、
思えば小川哲さんの本は、僕の中で、他の作家の本と楽しみ方を異にしていることに気づきました。
・ストーリー展開が面白い
・情景描写が面白い(脳内再生することで快感を得る)
の大きく2種類で楽しみ方を分けていた(この固定観念は捨てたい)のですが、小川哲さんの本は
・論理展開が面白い
になるのかなと勝手に解釈しています。
人物の心理描写や情景描写で物語のノリや勢い、バイブスを上昇させていくのも好きですが、この本にはそういった派手なものはなく、論理が積み上がっていく感じがしました。
でもその蓄積こそがバイブスが上がっていくことなんだととも強く感じたので、そういう意味で、この本は硬質なバイブスを僕に提供している、新体験をありがとう、という感じでした。


□時間が保存される
硬質なバイブスと上で表現しましたが、もちろん登場人物が全員、血の通わない冷徹人間だらけだというわけではありません。
自分が好きなキャラクターの中に、明男(主人公級の出番)がいるのですが、彼は建築に明るく、軍事施設を建設することに葛藤をしながらも、こんな思いを抱きます。
「建築は、時間を保存する」
その建築を見れば、設立当時隆盛を極めた文化が垣間見れたりすることで、その時代がわかるという話がありました。
勝手な解釈かつ建築の話ではなくなりますが、昔の東京の写真を見たりするとエモさを感じるのはよくあることなのではないかと思います。
昔から連綿と続くカルチャーが、写真の中の建築、ファッション、美容(化粧)などから計り知れることに、計り知れない感動を覚えるのを、この小説を読んで改めて感じました。
それを思うと、明男がある集落でとった写真を、被写体の子供に渡さないということが、集落という時間が葬り去られたということを痛切に感じさせる残酷な表現だと感じざるを得ません。
そして、この小説自体が、戦争という悪しき歴史の中で奔走した、多様な人々の思いをそれぞれの視点から、50年を通して語られています。
この50年という時間を、言葉で封じ込めている本というのも、感慨深いです。
東京都同情塔を読んで、言葉と建築の関連を考えさせられたけど、両方とも時間を封じ込める共通点が見えてくるような気がしています。
その瞬間、またある瞬間から瞬間へと移る遷移を楽しめる建築、言葉、そして本。
読み終わって刮目する「地図と拳」。
この600ページを超える厚みに、押しつぶされるような圧倒的な力を感じました。

あと最後にどうしても言いたいのが、物語の序盤で登場がなくなった高木についてです。
活躍するページ数は少ないにも関わらず、その後も明男や細川に大きく影響を与えることを鑑みると、呪術廻戦に登場する禪院甚爾の存在を思い出さずにはいられなくなりました。。あの不気味なまでの迫力、高木からも感じるぞ、、

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