嘘から出た……【短編小説】
「ていうかさ、高橋って未知に気があるよね」
目の前でニヤニヤしながら咲良が言った。
私は思わず口に含んだイチゴミルクを吹き出しそうになった。
「ちょ、なにそれ!」
昼休み、中庭のベンチ。朝は寒いけど、今日みたいな天気の日はお日様が心地よいぬくもりをくれる。
「だってさぁ、さっきも授業中未知のこと見てたもん!」
うりうり、と肘で私の脇腹をつつき、咲良。完全に楽しんでる。
「そりゃ、斜め後ろの席だもん、黒板見るとき私の後ろ姿も見えるでしょ」
「ちーがうちがう! 未知のぉ~斜め後ろからの姿を~なーんかこう、熱い視線ビビビで見てるんだって!」
「なんじゃそのビビビは」
「あはは」
高橋一君はクラスで特に目立つタイプではない。
かといって陰キャってこともない、ごく普通の男子。
たかはしはじめ…本当に、名前と同じでありきたりな男子。
だから咲良にそんなこと言われても、照れもない代わりに嫌がることも出来なかった。
これが例えばクラス1かっこいい斉藤君だったら、なんだか想像しただけでニヤけてしまいそうだし、オタク丸出しでいつも二次元を追ってる向井君だったらきっとあからさまに嫌な顔をしていただろう。
「でもさ、マジで今度から気を付けて見てみ? 高橋、絶対未知のこと…ムフフだから!」
「だから、なんじゃそのムフフは!」
「あはは」
なんとなくそんな話をしたのが、水曜だったんだ……。
木曜日の朝。
いつものように遅刻しそうだった私は自転車を吹っ飛ばしていた。
そうはいっても安全運転。田舎道だから見通しはいいけど、急に飛び出してきたウシガエルとか、轢きたくないもんね。……まぁ、今の時期はいないけど。
一本道のはるか向こう、学生服を着た男子が立っているのが見える。近付くにつれ、それが高橋君だと分かった。咲良のせいで変に意識している自分に気づき、慌てて首を振る。なんでもないなんでもない!高橋君はただの高橋君なんだから!
でも…
なんでこんな時間に?
高橋君はいつも、私が教室につくころにはとっくに席についている。遅刻してるのなんか見たこともない。
私は、このままサッと彼を追い越すべきか声を掛けるべきか迷った。
迷った結果……自転車を降りたのだ。
だって……
「高橋君、それ……」
高橋君は道の端をじっと見つめていたんだ。
ううん、実際見つめていたのは、小さな子猫の死骸。
「ん……。死んじゃった…と思う」
高橋君が小さな声で、言った。
それから、ぽつぽつと話し始めた。
「俺がさ、ちょうどここを通り掛かった時、バイクがこいつ引っ掛けたんだ。飛び出してきたんだよね、こいつ。で、バイクはそのまま行っちゃった。俺、助けなきゃ、って思ったんだけど、状態見たら多分これ助からないな、って。でも息はあったんだよ。小さく息してたの。こいつ、このままだと一人で死ぬんだ、って思ったらなんか動けなくなっちゃってさ」
「うん……」
野良の子なのか、ガリガリの子猫だった。薄汚れた白と、茶の混じった感じ。子猫の周りは血だらけで、高橋君が言うようにこれは助からなかっただろう。
「死ぬってさ、悲しいし寂しいし、こいつの場合、痛いし寒かったと思うんだ。でさ、俺、何もしてやれないな、って思ったんだけど、なんていうか…死ぬまで一緒にいてやりたいなって」
「そうか」
私は、淡々と話す高橋君の顔が見れなくて、でも可哀想な子猫の姿も直視できなくて、明後日の方を見ながら返事をしていた。
「俺ら、完全に遅刻だぜ?」
高橋君が私の方をパッと振り返って言った。
泣いてるかもしれないと思った彼の顔に、涙はなかった。
ただ、子供を装って傷ついた心をぎゅっと守ってる、そんな気はした。
「遅刻はどうでもいいよ。でも、この子…」
チラ、と子猫を見る。このまま置き去りはあまりに可哀想で。
「だな。俺、近所の人に段ボール箱とタオルくれないか聞いてくるわ。篠田は先に学校行けよ」
「えー? やだよ! 私だって一緒に弔いたいよ!」
私はなんとなく意固地になってそう答えた。子猫への同情もあったけど、それ以上に高橋くんを置き去りにするのがなんとなく嫌だったから。
「そっか、篠田、いいやつだな」
高橋くんははにかむと、ちょっと待ってて、と言うと、走って近くの住宅へと走っていった。
それから私たちは、高橋くんがもらってきたダンボールに、タオルでくるんだ子猫を入れ、何故かダンボールと一緒に来た近所のおばさんと三人で手を合わせ子猫を見送った。おばさんが目に涙を浮かべながら、可哀想にね、といったのを聞いたら、急に涙が出てきた。
子猫はおばさんが役所に連絡を取って引き渡してくれることになったので、私と高橋くんは学校へ行くことにした。
不思議と、暗い話はせず、どうでもいいネットの話や最近の歌の話、高橋一≪はじめ≫君のあだ名が『イチ』だった、なんて話をしながら学校へ向かう。
「俺さ、獣医目指そうと思ってんだよね」
「え?」
「ある漫画の影響なんだけどさ」
今日、目の前の子猫を助けられなかったから思いついたんじゃないぞ、的な意味もあったのかもしれないけど、そんな話が出る。
「すごいじゃん!頑張ってよ!」
私は単純に『獣医』という響きがかっこよくてそう答えた。
「でも、命って難しいな」
「そうだね……」
私はわからないなりに考えて、意味深な顔を作り頷いた。
「やっぱりそうか、うんうん」
咲良が満足気に笑みを浮かべながら私の肩をバンバン叩いた。
「だから、違うんだって!」
私は精一杯の否定をするが、咲良のニヤニヤは止まらない。
高橋くんと肩並べ遅刻したことが、咲良のみならず恋バナ大好き連中の格好のネタにされていた。
「わーったわーった、ちゃんと話は聞かせてもらったんだから! わーったけど、ニヤニヤしたいんだよ!」
「もーっ」
咲良には全部話した。一緒に遅刻することになった経緯も、高橋君の夢が獣医だってことも。
「これからいい感じになっていくかも知れないもん。ねー? 未知!」
「……知らない!」
「照れるな、わが友よ! あはは」
つられて私も笑う。そしてふと、気付く。
高橋くんが中学の時、下の名前の漢字から『イチ』って呼ばれてた、ってことだけは話さなかったんだ。
……なんでだろう?
やだ、なんでだろう!!///