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死について語るバーvol.3@エデン本店レポ。6/19

BGMにどうぞ。


大盛況ありがとうございました!

想定の3倍、人が集まり、至らない点や失礼が多々ありました。いっぱいいっぱいだった今回のレポは「誰々の発言」とかは無しで雰囲気を伝えられたら、と思います。

結論から言うと、今回も人それぞれの話を聴けるのが楽しく、それでいて何となく「本店らしさ」が感じられるものでした。スピリチュアルより現実的、パトスよりロゴスが流れていた印象です。

問いボードに準じてレポしてみます。

なぜ死について語るバーに来ようと思いましたか?

この企画は3回目。前までよく聞かれたような「死に興味」があって「他の人の話も聴いてみたかった」というような意見は少数派でした。顔出そうと思ってとか、色んな偶然が重なってという人が多く、今までエデンその他で少しずつ広がってきた繋がりを感じてありがたかったです。

少数の集まりのときは、そのぶん深く話し合えるという利点もあるのですが、場所を借りてやっている以上、集客も考えなければならない、この辺のバランス難しいな〜。

死ってなんだろう?〜捉え方・死生観・死んだらどうなる〜

「向こうで待ってるね」と前向きに死んで行きたい、みたいな後生について語る人は少数派。死んだら終わり、無。或いは、死んでも物質としては無くならないとか、情報は残っていくみたいな捉え方の人が多かったです。

人生に意味はあるんだろうか?

ここまで来たら予想通り「ない」が多数派。ないけども、ただ目の前のことに取り組んだ先に意味が生まれるというような考え方の人も多く、しかしそれって「意味」ではなく「価値」では?という話もありました。

そもそも生きること自体に意味は問えない。「問いとして成立してない」という論理的な意見もあり、この答えが個人的にはとても刺さりました。

考えれば考えるほど分からない問い。考える意味もないのかも知れないですね笑。

閑話休題 〜問いについて〜

ここまで多数派少数派という言葉を使ってきましたが、少数派(言葉が合ってるか自信ないですがスピ寄り・パトス寄り)の答えを期待されていて、そちら側に導く問いに見えるという話もありました。成る程たしかに!作った僕たちも、この日の少数派ですからね。

そういう期待された物や学校の先生が喜ぶ答えを出すのが得意な人もいるだろうし、それに逆らいたい人もいるだろうと思います。

僕たちはそのどちらでもなく、あなたの話が聴きたいです!話してくれてありがとう!

何を遺したい?何を覚えていて欲しい?何によって思い出されたい?

ここまで来ると「無い」とか答えるのかな〜と思ってましたが、そうではなかったです。ぼくは(極端な話)パトスの人間なので、ロゴス的な人たちに対して「どこか冷たい」と感じがちでしたが、そうではないのでした。

遺伝子、作品、頑張った跡、誰かの生きる道

一転して(?)熱い答えが返ってきました。

遺そうと思って残すものではなく、自然に遺るもの(最たるものが子ども)という人もいて、とても合気道的だなと思ったので合気道して欲しいです(合気道歴5時間くらいのにわかですが笑)

NO 〇〇 NO LIFE に入る言葉は?

大人数だったため問いもここまで進んだ頃にはだいぶ遅い時間になり、少人数でした。

それぞれの答えに、ここまで聴いてきた個性が見えて面白かったです。問いの内容もそうだが順番もだいじだナ〜。

後日、あの人の答えが聞きたかった〜と思ってDMして帰ってきた「NO PLAY NO LIFE」熱い!ってなったので紹介させて貰います。

死ぬ前に一言。辞世の句(自由律)

ありがとう
楽しんでね

そういうことですよね。

さいごに昆虫標本が趣味の人に、生きた昆虫が死んでいくところを見せてもらいました。

なんの意味があるのだろうか?

その姿をみて、なにを感じただろうか?


今回のレポはココまでです!
ありがとうございました!!
昆虫標本バーは、やってください笑


次回予告。

過去の死バーレポ。


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