【例えば「君がいるだけで」て言葉はとても贅沢だ】日記。2023/1/11深夜
BGMにどうぞ。
関係ないけども日付に1が並んだので、
去年11/11の話を少し。神社を巡り、おみくじ引いた。
昨日、スラムでちょい流行ってた無料占いポチろうとしたらなんか間違って登録したサイトからも同じこと言われてワロタ。課金推してくるメールごりごり来たので退会した。
柳のように俺はなる!
さて本題。「君がいるだけで」は贅沢
と思うわけなんだけども。
「君がいるだけで」と思えるような相手がさ、居なくなったらさ、きっとこう思うわけなんだよ。「哀しい」「帰ってきて欲しい」「寂しい」と。涙を流すわけ。
それはTVショーのように強烈な印象をともなって、心を呪っていく。数ヶ月で振り祓えるのならまだマシで、何年も、人によっては何十年も、その呪いを纏い続ける。これがキャラデザだと言わんばかりに。
TVはさ、画になる絵を、数字になる画を撮りたいわけだから、そりゃあ涙にズームするわけなんだよな。みてる側にも泣いてくださいと。
泣くのはとても良いことだと思うから泣いたらいいと思うんだけろ「哀しみが多すぎて泣いてばかりいたって何にも見えなくなっちゃうよ」ってヒロトも言ってた。
良い番組だなあって思うのはポルノじゃなくってさ、何の変哲もない番組だったりすると思うんだよな。
泣いてるその人を撮ったのなら、20年後、40年後にも取材するべきだと思うわけなんだよ。
その人はまだ泣いてるかな?泣いてるかも知れないね。でも多くはたぶんそんなことはなくって、何の変哲もない顔してると思うんだよな。
でも画を撮りたいから聞く。お立ち台に乗せて「どうですか?」「今のお気持ちは?」なんてね。その人はなんて答えるかな。「君がいるだけでいいのに」なんて言うかな。
おそらく「君がいないこと」を受け入れて(贅沢だと理解して)こういうと思うんだよな。「ありがとう」って。「君がいてくれてよかった」「君にあえてよかった」って。
僕はこう思えるようになったよ。
「君がいただけで」有り難い。生まれてくれてありがとう。「幸せならオッケーです。」文体がきもちわるいのは許してね。