インスタレーション作品:龍脈 (りゅうみゃく)2023-2024
以前にも書きましたが、学生時代は音楽のPVやCMを作る人になりたくて、映像の勉強をしていました。その映像を制作していた頃から、ずっと一貫して研究してきたテーマがあります。
それは「人の自然な感覚、知覚を導きだす数値を探る」というものです。
一言で「自然」というと自分の外にある大いなるもののイメージですが、私は人間もまた自然の一部と捉えているので、そうした意味での「自然」の中には、共通で呼応する「数値」があると考えています。
「数値」というと数字で限定される固いイメージですが、私の捉える「数値」とは飽くまでゆらぎのある「近似値」です。
中学生の時、面白い数学の先生に出会えたことで数学の魅力に取り憑かれました。数学が好きになったのは、「数字」というものが必ずしも正確なものではなくて、実は全てにおいて「だいたいこれくらい」を現している飽くまで「近似値」であり、あらゆるものは「仮定」をすることで数式に表せるということに興味を持ったからでした。(数学の専門家ではないので、中学生の頃に理解したことのだいたいの説明です。ご了承ください)
それは面白い、と色々な現象を数式で書いてみたり、証明問題をいかに美しく解くか、ということはまるで詩を推敲するようにうっとりしながら解いたことを思い出します。
そんな数学への情熱も、冗談みたいな話ですが、高校生の時に階段から落ちて頭を打って、全てが飛んでしまいました。あんなにもワクワクしていた複雑な公式も、見ても何もわからなくなりました。ショックでした。これは、笑えない笑い話ですね。
でも、その笑えない笑い話には笑える続きがあって、40代になってから、つまりここ10年くらいのことですが、転倒して頭を打ち、気を失って救急で運ばれるという事態になりました。その後意識が戻った時に、なぜか色々な数字が次々頭に浮かんできて、調べるとそれは自分が通っていた大学の研究室の電話番号だったり、全てなんらかの、昔覚えた数字でした。これまた冗談みたいな出来事で、なんだか思わず笑ってしまいました。
やはり数字は面白い、美しい数値の黄金比みたいなものがやはり存在するのではないかなどと思い、作品を作るときにはひたすら計算をするようになりました。とはいえ昔のように数式がすらすら出てくるというわけではないので、関連した数値の比率を何度も何度も計算することで心地の良い比率を導き出したりする、ごく単純なものです。例えば制作するものの数やサイズとそれを置く周りのものの比率などをひたすら計算します。
そうして作った今回の作品の配置図面(実際の図面を簡略化しています)がこちらです。
600φの球を使用して、600φ毎の同心円上に配置をしています。(ちなみに遊歩道の小さな彫刻の台座は120×60mmで、3で割り切れる数字に美しさと魅力を感じています)
最初は、架空の規則的な配置図を作り、規則通りに並べます。その規則を少しずつ、新しいランダムな規則性を探しながら移動し、最終的には感覚的に「良い」と感じるまでその作業を繰り返します。
辰年、箱根という土地柄に縁を感じて「大地のエネルギーが天へと軽やかに昇っていくところ」をイメージして配置していきました。(実際は模型を作って何度も位置を確認しながら作っていきます。)
40代でまた数値が面白く感じられるようになるまでこんなに計算をすることはありませんでした。でも、やっぱり数値には不思議な魅力を感じていて、学生時代の映像作品でも編集の際に「秒数」に徹底的にこだわりました。リズムを刻んで順当に流れる数値(秒数)と、その数値(秒数)をベースにランダムに変拍子的に配置する数値(秒数)で強弱をつけることで、見ている観客の注意を惹きつけたり、解放したりという研究をしていたのです。インスタレーションの物体の配置も、この時の研究の続きだと考えています。
余談ですが、映像でこのような研究を始めたきっかけについては、少し昔の事情をお話をする必要があります。
私が学生時代の「映像」というものは、映写機や映写する壁、部屋、もしくはモニター、プロジェクターなどの決められた環境がなければ見ることができないものでした。一部のインスタレーションやテレビ、ビデオ販売作品などを除いて、観客には暗くした部屋に集まってもらい、座ってじっと見てもらうという上映方法が大半でした。
また目に見えたもの、感じたものを感じたままに近い形で映像として表現するためには多くの作業と技術が必要でした。そのためにカメラの性能、フィルムの特性、撮影の技法など学ぶことはたくさんあり、かといってたった3分の映像を作るのも高額だったので、自由に実験をするというわけにもいきません。
頭の中にあるものをそのまま現したい、と思って映像を目指した私には、これらの障害は、いつももどかしい壁でした(見たものを見たように誰でも手軽にスマホで撮影したりシェアできる現代からは考えられないことですよね)。
それでもなんとか頭の中のものを現せないものか考えあぐねていた時に、偶然ゲスト講師でいらっしゃった映画の音響の先生の授業がきっかけで、映像の可能性に気づき始めました。先生が教えてくださったのは、こんなことでした。
映画での音は、ヒトの自然の感覚を考慮して、ほんの少し、ずらす部分と合致する部分を作る。
つまり、気持ちよく合致する音もあるけれど、必要な場面では、目で見て認識するものと音がやってくるタイミングをほんの少しずらすことで、自然と人の注意を引き、次に何がくるかという想像力を刺激することで自然に興味を持続させる効果となる、というのです。これは面白いと思いました。
人の自然な感覚、知覚を意識して作品を作ること。その研究にやる気を奮い立たせ、学生時代は、人の心拍数や呼吸に合わせて映像を作ったりしていました。
次はこうくるだろうと予想できる動きと、その予想可能な動きから少しずつずらすこと。その反復と、反復を裏切られることで生まれる心地よいリズムを時間軸の中に配置していく作業。19歳の時、たった9分の映像を、1年かけて繰り返し細かいところまで突き詰めて作り、大きな賞をいただいたその映像作品が、結局は私の原点な気がします。
さて、ポーラ美術館にご縁をいただいて、遊歩道にちいさな11体の彫刻を制作させていただいたのが2013年。今年で10周年です。
その後にチケットカウンターの横と遊歩道から見える「しあわせな犬」の彫刻を制作させていただいたのが2016年。年末年始に、または本館展示に合わせて、その彫刻の周りにインスタレーションを制作するようになったのが2017年。
いずれの作品も、やはり人の自然な感覚、知覚を意識して作ったものです。
アート、とかアーティスト、という言葉が自分では今ひとつしっくりきていなかったのですが、それは私の作るものがジャンルにこだわらずに行っている、「研究」だからなのかも知れないと思います。その「研究」を面白いと感じてくださる方々がいて、こんなにも素敵な美術館で展示ができることを、本当にありがたく貴重なことだと感じています。
なお、今回の球体の数は33個。
個人的にもあらゆる可能性を感じる「3」で割り切れる数字であり、純太陰暦では「33年で季節が一周する」ということにちなんでいます。
2024年の新春、箱根の森から、何か新しいことが始まるような、憂鬱な空気を吹き飛ばしてくれるような、全ての方に前向きな気が流れていきますように。
そんな願いを込めて、作りました。
ぜひ、ご覧ください。
みなさまの1年が、上向きのエネルギーに満ち溢れた、佳きものでありますように。
※鑑賞する方が移動することで、ストップモーションアニメのように動きを伴って見えます。ぜひ遊歩道側からもご覧ください。
「インスタレーション作品:龍脈」niŭ
■2023年12/13(水)〜2024年1月末まで
■ポーラ美術館・「しあわせな犬」彫刻周辺
(館内チケットカウンター横、館外遊歩道外周から鑑賞可能)
■〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
■TEL 0460-84-2111
■9:00AM—5:00PM(入館は午後4時30分まで)
年中無休(展示替えのため臨時休館あり)
■https://www.polamuseum.or.jp
■http://niu-official.com