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大切な一つのこと


奏でられる歌たちは
美声を求められている
春の夜はまだ明るい

弦楽器に弾かれる露は
瀬戸内のゆるやかな海へ
祖母と向かった列車を連れていく

記号に意味があると信じていた
まだ目もはっきりと見えないころに
黒い猫と地震に怯えた

思い出という誉よりもずっと
黒い絵を描き切れず
傷痕は透明に包まれてしまった

花見の席の直ぐ傍の
桜の下で首縊りがあったのだ
それは本当に他人事であったのか

おおよその悩みは既に
それぞれに答えがある
例えそれが気に入らなくとも

刹那の後ろ側で
刻々と石になっていった像たちが
まるでまだ生きているようだ

やわらかくうごきつづけるもの
未来とはいつも不定形のエイリアンのように
魔法の中に溶けているから

核をもつものたちは
震えながら炎を燃やして
ゼリー状の薄暗い洞窟へ飛び込んで行く

忘れているけれど
全ては回転しながら動き続け
同じ場所と時間は何処にもないから

我らは必死になって
此処にしがみつき
今に留まっているのだ

己にしがみつくことと
そのことを混ぜてはならない
これは大切な一つのことだ