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神様

百瀬の滝は霊場として
清水を絶やさず
神域でありながら
解放されている

夏場には沢蟹が這い
子どもらが燥ぐ
秋には紅葉が美しく
肉を焼き酒を飲む人々もあり

しかし冬になり
しばしば凍り
山道は険しく
修験者だけが通う道となり

雪曇りの滝に燭を灯し
凍てつく滝に打たれ
白い衣で呪を唱えひたすらに
極めんとする者だけがあり

在るを在るままに
無きを無きままに
そして
因果の生まれを知る者へ

さて
人の言葉は姦しい
人の息は臭い
人の欲は儚い

凍るほどに
真白き息の零れぬほどに
聞こえずとも聴く
その声が真ならば

神の声を聞くだろう
留められず
滝が落ちるように
美しく降る声を

その言葉は
夏ならば昼も夜も
降り止まぬ蝉時雨のように
秋ならば朝も夕べも
舞い止まぬ落ち葉のように
冬ならば遠く近く
吹き止まぬ北風のように
春ならば萌え出ずる
命の萌芽の留まらぬように

人生の全てを奪う
伝える言葉の者として
語らねば有り得ない者として
人の世から別れてさえ
離れがたい神の声の響きを
書き留めて
綴り続けて
それが何処へ誰へ伝わるのか
そのようなことよりも
血が流れるように
息を吐くように
神様からの言葉を
綴り続けることだけがあり

そして
その者は果て
記録に残された後の
膨大な言葉の紙束は
一月三日
小さな古い神社のどんどの火に
くべられて
炎の中で煙となり
冬晴れの天へ昇っていった

降り注ぐ言葉とは
燃えて尚果てないもの
久遠へ届けるために
一たび預けられたもの
発しても発しなくとも
音もなく昇っていくもの

創られる美しい音楽のように
生まれる言葉の美しさがある
降り注ぐ天啓によって
始まる光の言葉たちが
夜明けからまた生まれ続ける
この営みを46億年も
この星は続けている

わたしたちの言葉は
人類の生まれるずっと前から
語られ続けていた
物語のほんの一部だ