知らない
「顔形、心根のどれ一つ、好きではなかった」
そう最後に言い残して、春を待たず
突然その女は姿を消した
とても魅力的に
そして一方的に女は迫り
わたしたちは関係を持った
まるで番のような日々に
情熱は確かにあったのだ
見えないものを見えないままである幸せを
どうしても奪ってしまうから
囁きから叫びへ至るその前に
消えるのはこれで最後にしたいと
吐いた言葉を
情事の後に、うわの空で聞いていたのだ
しかし
やがては
わたしにも
見えなかったものが見え始めた
秋の彼岸に
路上に突然現れて
車両に轢かれては消える顔のない者を見た
大晦日の晴れた夜
見上げる三日月の影から現れて
滑るように浮遊していくクラゲ状の物を見た
節分の夜
うなされて起きると鼻先にいる
真っ黒な女の暗い目を見た
……
彼女が消えてからすぐ
不思議なことに
その現象は結局消えた
まるで見た夢が消えてしまうように
わたしは
何一つ知らないままだったのだろう