
読売交響楽団岩国公演@シンフォニア岩国
はじめに
2024年12月8日、シンフォニア岩国で行われたコンサート<読売日本交響楽団 大井剛史×角野隼斗>に行きました。これはその備忘を兼ねた、とりとめのない感想です。
会場まで
JR岩国駅から徒歩10分と、シンフォニア岩国のサイトに書かれていた通り、駅から南に向かって直線道路を歩くと着きました。念のため駅を出る前に駅員さんにお尋ねしたところ、駅のコンコースの窓から見えるあのアーチ形の建物ですと親切に教えてくださいました。

会場
会場に入ると、クリスマスツリーのほか、様々なオーナメントで飾られていました。ロビーの玄関入口付近にあるクリスマスツリーのところは写真撮影できるスペースになっているそうで、職員の方が、ぜひここで写真を撮ってSNSなどにUPしてくださいと話していました。
ホールに入ると、指揮台の前にすでに蓋を閉めたままの状態でピアノがセットされています。しばらくすると会場スタッフがピアノの前に現れ、手にした撮影禁止のボードを、開演直前まで掲げていました。ピアノの前が一番分かりやすいと考えてのことだと思われます。
演奏の概要(アンコール前のトーク含む)
プログラム
モーツァルト:歌劇「後宮からの誘拐」序曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番*
ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー*
ラヴェル:ボレロ
モーツァルトの序曲の後、ピアノ協奏曲です。話題になっていた角野さんにそっくりのステージマネージャーさんがひょっこりステージに現れ、指揮台の譜面を取り換えています。すらっと背が高く細身で、髪もくるくるとパーマがかかり、後姿を見ると角野さんそっくりです。
この方は、ラプソディーインブルーの前後にも出てきて、鍵盤ハーモニカを
載せた台やピアノの椅子を運んだりしていました。
次はモーツァルトのピアノ協奏曲23番。これが終わると一旦休憩です。
舞台には、鍵盤ハーモニカを載せた台が運ばれてきました。ラプソディーインブルーは角野さんがもう何度も弾いている曲で、私としては音源でたくさん聞いたなじみ深い曲です。指パッチンをして時折足を踏み鳴らし、ノリとキレよく弾いていました。
ラプソディーインブルーが終わると、何度か舞台袖とステージを往復した角野さん。3回目は一人でステージに戻ってきて、10のレベルのアイガットリズムを弾き始めました。
弾き終わり舞台袖に戻った後、ピアノが片付けられていきます。気が付くとチェレスタの前にすでに戻ってきてしれっと座っている角野さん。私の周囲のお客さんは、誰も気が付いていないようです。片づけられていくピアノを眺めている角野さんは、他のメンバーに溶け込んでいるように見えました。
ボレロに入る前、第1ヴァイオリンの方のヴァイオリンの弦が切れたらしく、楽器の交換を始めました。それを興味深そうに注視する角野さん。
ヴァイオリンの交換が終わると指揮者の大井さんがステージに現れました。
ボレロが終わり、お客さんの多くが立ち上がって拍手をしています。角野さんもオケに混じって一緒に立ち上がり一緒にお辞儀。
一旦舞台袖に戻った大井さんが、再びステージに現れ、
「どうぞお座りください。
今日はお越しくださりありがとうございました。クリスマスが近いということで、アンコールはチャイコフスキーのくるみ割り人形組曲から「金平糖の踊り」です。クリスマスと言えばこの曲というくらい有名です、そしてこの曲はチェレスタが大活躍します。チェレスタというのは扱いが難しい楽器なのですが、今日は、優秀なチェレスタ奏者がおりますので。」
きょとんとするお客様に向かって
「新人ですが。ではお聞きください」
と話して指揮台に上がりました。
オケと一緒に弾く場面では、チェレスタは譜面通りに弾いていました。しかしオケが休みでチェレスタだけになると、何やら楽譜にないアレンジを始め即興する角野さん。指揮者の大井さんは驚くそぶりもなく聞き入っています。この即興は公認なのかしらんと思ったりしました。角野さんは時折体を左右に揺らしながら、ノリノリで即興しています。お客さんは脱線していくチェレスタの演奏に、「この新人のチェレスタ奏者は、面白いことをするのね」という感じで笑っています。まるでコントです。後で知ったことですが(大井さんが自身のXで書かれていた)、このクリスマス風の即興やアレンジは大井さんのリクエストだったそうです。
弾き終わると盛大な拍手。大井さんはお辞儀をして、さらにチェレスタのところに座っていた角野さんをステージ手前に手招きして呼び寄せ、二人並んでお辞儀をし、終演でした。
ボレロのチェレスタは角野さんが弾きます、と聞いて、それじゃアンコールは「金平糖」をと思いついたけれど、そのままじゃ地味だから即興入れろだの今日はクリスマスソング入れろだの我儘放題の指揮者の希望を全部叶えてくれてほんとに感謝!スペシャル金平糖でした! https://t.co/18iaykPder
— Takeshi Ooi (@TakeshiOoi) December 8, 2024
感想など
モーツァルト:ピアノ協奏曲23番
全体的にオケとピアノの音量バランスが良く、生き生きとして優雅で、美しい演奏でした。
1楽章のオケの演奏が始まると、この主旋律に私はすでにウキウキしてくるのです。好きな曲なので。オケの後、角野さんのピアノソロ、透き通って柔らかく優しい音色で最初の旋律を歌い上げます。オケは編成が絞られているようで、迫力ある音を轟かせる感じではなく、角野さんの柔らかなピアノを、優しく包み込むような演奏でした。角野さんのピアノがコロコロと響き始めると、それを引き立たせるようにオケはすっと音量を下げる。ホールにピアノのまろやかで美しい音色が広がっていきます。
このピアノソロの最初の主旋律、2回目出てきたときは装飾音などを入れて、少し華やかに弾いていました。ただこれが角野さんによる、楽譜にないちょっとしたアレンジなのかはもう1度確認したいところです。
テンポも安定して終始落ち着いていて、それが優雅さを醸し出していました。1楽章の途中で1回だけ、角野さんがコロコロとよく回る指で勢いよく先に行きかけた時、オケはまあまあとなだめるようにゆっくりなテンポを保持し、角野さんがそれに合わせてテンポを緩める場面がありました。角野さんのオケへの果敢な攻めの姿勢はこれまでとても刺激的な演奏を生んでいたので、その積極性はこれからも持ち続けてほしいと思います。(ただ今回のモーツァルトでは、ちょっと焦り気味に聞こえてしまうのかも)
1楽章のカデンツァは楽譜にすべて書かれているので、どうするのだろうかと興味津々でした。スコアも持っていき確認したところ、アレンジはなくほぼ譜面通りでした。カデンツァの中間部あたりで、少し装飾音(トリルtr)を入れていたようでした。これは楽譜によっては指示があるものもあるかもしれません。
1楽章は夢見るように終わります。
2楽章は、憂いを帯びた物悲しげなピアノソロから始まります。角野さん、ため息が出るような切なさが滲み出るように、感情豊かに弾いていました。今までより深みのある音色・表現になっているように感じました。透き通るような音色が美しかった。
3楽章は、踊るように軽やかに弾むピアノソロで始まります。ピアノに続いてオケが演奏しているときも、そのフレーズに合わせて右手の指を動かし、体を揺らして楽し気にリズムをとっていました。
私自身、一番気になって注目していたのが、この3楽章の冒頭のピアノソロの旋律(冒頭の四分音符2つ)を角野さんがどう処理するか、でした。結論として角野さんはここを大胆に解釈し、ほぼスタッカートにして軽やかに踊るように颯爽と駆け抜けていきました。これは私の個人的な好みとも合致するもので、とても爽快で嬉しくなったのでした。これに続くオケも歯切れがよく、スタッカートに近い演奏です。こう弾いたほうが、モーツァルトらしいというか。
というのもこの部分について楽譜を見ると、右手の旋律最初の2音は、四分音符です。四分音符と四分休符が交互に現れる。そしてその四分音符にスタッカートの表記はありません。したがって楽譜に忠実に弾くと、やや重たい入りになるのです。他のピアニストの演奏も私が聴いた限りでは、軽やかさに欠ける重ためのスタートが一般的でした。しかしそれは弾むような軽やかさが特徴のモーツァルトの、最大の魅力を減じてしまうような気がして、個人的にはあまり好きではなかったのです。楽譜通りに弾くべきなのは確かなのですが。
軽やかに弾むように始まったピアノソロに呼応するように、オケも軽やかにノリよく追いかけてきます。最後まで優雅に楽し気に弾んで、とても素晴らしい演奏でした。
休憩を挟んで次はガーシュウィンです。
モーツァルトの柔らかさとは打って変わって迫力のある、ノリとキレの良いサウンドです。角野さんのピアノソロも、力強くダイナミックに響かせていました。カデンツァでは、ピアノの左側に置いた台の上から、鈴木製作所の鍵盤ハーモニカを取り上げ譜面台の上に置き、ピアノとハーモニカの両方を同時に弾き始めます。あまり脱線せず、スタンダードな路線だったように感じました。この少し前、フランスのジャーナリストに、鍵盤ハーモニカの音が汚い、と指摘されていたことを踏まえたのか、今回は息を吹き込みすぎて唸るような音を出すことはせず、スマートに吹いているようでした。吹き終わると、再びそっと鍵盤ハーモニカを台の上に戻します。
2度目のカデンツァはまた、今まで聞いたものとは異なる即興でした。説明が難しいのですが、おしゃれでセンス良い感じで、長く脱線することもなく程よく戻ってきました。慣れたものです。
ソリストアンコールの10のレベルのアイガットリズムは、途中で少しアレンジしているようでした。特に英雄ポロネーズに入る前のところが、楽譜とは違って穏やかだったと記憶しています。モーツァルトのフレーズに少し寄せていたのかもしれません。
ボレロでは、チェレスタの出番は1回しかないようです。最後の盛り上がりのところでも一緒に弾くのかと思っていたのですが。どんどんボルテージが上がりダイナミックに盛大に盛り上がる、迫力満点の演奏でした。この演奏をオケの中に混じって聞くのは、また迫力があって貴重な経験ではないのかなと思いました。これからの角野さんの一人ボレロ演奏にも、何か生かされることもあるかもしれない。
大井さんのトークは事情を知る人には大変面白いジョークでした。しかし山口県民には少し難易度が高かったのかセンスありすぎたのでしょうか。角野さんを知らないお客さんもそこそこいたようで、内容を理解できていないような空気もあって、それはそれで面白いと思いました。
金平糖の踊りは、角野さんの即興とアレンジが光る、遊び心満載の楽しく素敵な演奏でした。この日の演奏は、モーツァルトの典雅さやガーシュウィンのノリとキレ、鍵盤ハーモニカ入りのカデンツァ、リクエストを盛り込んだ即興入りの金平糖の踊りと、角野さんの魅力を存分に味わえる素晴らしいコンサートだったと思います。
おわりに
素晴らしい演奏でした。また最初の曲を除きすべて角野さんがステージのどこかにいる、というのも嬉しかったです。モーツァルトのピアノ協奏曲23番が素敵でした。優雅で上品、オケとピアノのバランスも良く、美しかったです。また聴きたいと思いました。

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今まで聞いた角野さんのピアノ協奏曲の中では2番目に素晴らしいと思いました(1番はアデス。佐渡さんとのチャイコフスキーピアノ協奏曲1番と同じくらい良かった)。モーツァルトのピアノ協奏曲の演奏では1番よかったです。