超感動小説 あいまいな顔の人たち
「……というわけで、こういうわけないんです。おかしいと思いませんか?」
私は、目の前のカウンセラーに力説した。
「本当にそうですね。わかりますよ」
カウンセラーは、白髪をわざと残したおしゃれな髪の染め方をしている中年女性。理不尽だと思うことに対し、強い口調で語る私に、口では同意しているが表情は明らかに理解していない。
「……本当にわかってます?」
私は言った。するとわずかな間を開けて、カウンセラーの女性は、
「わっかんない。むずかしくて。あっははははははは!!」
と、大笑いした。私は非常に腹が立ったが、感情が「怒り」までは行かなかった。
話しながら「たぶんわかっていなんだろうな」と思っていたから。
「キマヤサくんの言うことは、私みたいな頭の悪い人間には、むずかしすぎてわからないんですよ」
女性カウンセラーはそう言った。私がムッとしていることもわかってはいるらしい。
「キマヤサ」とは変な名前だが私の苗字だ。「木間屋佐」と書く。
ちなみに女性カウンセラーの名前は、鈴木である。
「鈴木さんは頭、悪くないでしょ。カウンセラーをやっているんだから」
私はそう返した。
ここで断っておかねばならないのは、「カウンセラー」と言っても鈴木さんはいわゆる「心理カウンセラー」ではないということだ。
心理学系のカウンセラーなら、クライアントの言うことを笑い飛ばしたりは決してしないものだ。
鈴木さんは「悩み事カウンセラー」というぼんやりした職種の人である。
相談料は一回800円。
安いのでときどき予約して行って話を聞いてもらうのだが、安かろう悪かろうで問題が解決したことがないばかりか、行って話をして心が落ち着いたとか、そういうこともない。
「わかりました。今日は終わりにしましょう」
私は自分から話を切り上げて席を立った。
「怒らないでくださいね。本当にわからなかったんだから」
鈴木さんは、入り口まで見送りに来た。二人で話していた応接室みたいなところからドアを開けて外に出ると、昔の病院みたいに陰気な廊下が玄関まで続いている。
昼の三時だというのに、廊下はうすぐらい。今どき、天井から白熱電球が廊下を照らしている。その光がオレンジがかっているので余計に夕方みたいに感じられる。
私は礼を言ってドアを開けて、外に出た。
やはり「悩み事相談センター」に行っても、問題は解決しなかった。
まだ昼飯を食べていなかったことに気づき、私は午後三時でもやっている行きつけの定食屋に向かった。
「いらっしゃい」
定食屋「しまだ屋」の戸を開けると、店主の島田が出迎えた。
あいかわらず、島田は顔色が悪く陰気な顔をしている。
しかし豚汁定食が三十円で、朝は午前8時から、夜は日をまたいで夜中の3時までやっているので、通っているのだ(つまり5時間しか閉まっていないということだが、彼がどうやって料理の仕込みをして、何時間寝ているのかは知らない)。
「豚汁定食」
私が言うと、陰気な店主・島田は「へい」と言って奥に引っ込み、代わりに陰気な顔をした奥さんがお茶を運んできた。
そのお茶をすすっていると、陰気な顔をしたスーツ姿の男たちが四人、どやどやと店に入って来た。
彼らは全員、豚汁定食を頼むとすぐに腕組みをして仕事について話を始めた。何かが行き詰っているらしい。テーブルに図面を広げて、あーだこーだ言っている。内容は専門的なことで、よくわからない。
そのうち、「しまだ屋」夫婦の小学生の息子が帰って来た。彼もまた陰気な顔をしている。子供らしい元気というものがない。小脇に図書館のシールが張られた本を抱えていたが、タイトルを観たら「なぜ兵士は帰還後、自殺するのか」という陰気っぽい本だった。
店主がお盆を抱えて出てきたので、やっと豚汁定食が食べられる、と思ったのだが、
「すいません、今切らしてまして」
と言うので何を持って来たのかと思ったら、胡麻をするすり鉢にグミが山盛りに入っている。
思わず怒りの目を向けると、
「タダでいいですから」
と店主は急いで付け加えた。
仕方なくグミを食べていると、先ほど別れたばかりの「悩み事カウンセラー」の鈴木さんが店の中に入って来た。
私の熱弁を笑い飛ばしたときのような元気はなく、陰気な顔をしていた。私の存在には気づいていないようだった。
鈴木さんは私に気づかぬまま、むずかしい顔をして腕組みをしている四人の男たちのテーブルの隣のテーブルについた。
そして陰気な顔で、「かまぼこ定食」を頼んだ。値段は20円。
そのうち、仕事でトラブルを抱えているらしい男たちのうちの一人が、店内のテレビをつけた。テレビでは根拠不明の「雑巾から感染する奇病について」という、とても食事どきには観ないような番組をやっていて、しかし男たちも鈴木さんも、そのことには文句ひとつ言わなかった。
テレビの司会者は陰気な顔で、陰気な解説者に、陰気な奇病について聞いていた。陰気な解説者の回答は終始あいまいで、雑巾からどうやって病気が移るのか、観ていても皆目見当がつかない。
「ま、うつると言えばうつる、うつらないと言えばうつらないのでありまして、うつった場合はすぐに病院へ行くべきですし、うつらない場合は、これはね、まあ、言うまでもないんですが、そのね、私も立場上、言わないといけないんですけれども、病院にね、その~、病院に行く必要は、あくまで何もなかった場合にですよ? そうした場合には、行く必要はありません」
番組はいったんCMに移った。CMの内容は、人にものを買ってもらいたいとは思えないほど陰気なものだった。陰気なタレントが、商品を手にもって気が進まなさそうに、棒読みのセリフで「これはいい」、「やっぱりこれだね」などと言っている。
この陰気な空間を何とかしてくれ、だれでもいい、と私は祈るような気持ちでグミを食べ続ける。
するとガタガタッ、と音がして戸が開き、数人の半魚人が店に飛び込んできた。
半魚人は手に手に、散弾銃を持っていた。
半魚人だから、海底世界の未来っぽい武器を持っているのかと思ったら散弾銃だったのでガッカリした。
しかし散弾銃からは虹色の光が出たので、それはきっと散弾銃そっくりな、未来的な、別の何かだったのだろう。
その光を浴びて、自分以外、全員死んだ。
後の調査によると、私には虹色の光線の抗体みたいなものが生まれつきそなわっているらしいのだが、その抗体を持つことと引き換えに、毎日、だれかしらの陰気な表情を見続けなければいけないということだった。
「ま、そのね、抗体のマイナス面と言われているけれど、人間の表情なんて陰気だと思えば陰気だし、そうでないと思えばそうでないのだから、そんなことは気にせず、毎日、陽気に生きて行ってください」
そう言ったのは、以前テレビで「雑巾からうつる奇病」の解説をしていた学者だった。
いろいろあって出会って初めて知ったのだが、彼は医者でもなければウィルスの学者でもなく、人間大の大きさの便所コオロギであり、特殊な催眠ガスによって人間に擬態して生きているのだという。
便所コオロギ一族と半魚人は、大田区の領有権をめぐって、東京の特別区ができる前から抗争を続けているらしい。しかし大田区の領有権はどう考えても日本国にあるのではなかろうか。
そう問いかけると、正体は便所コオロギらしき学者は、人間の顔で陰気そうに、
「みなさん、そうおっしゃいますね」
と言った。
この三年後、日本はアレキサンダー大王ロボが支配する。
おしまい
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