幻速
白線で仕切られた屋外駐車場。
10台ほどが止まっている。
ほぼ満車に近い。
道路際に一台の空きがあった。
私は駐車場内に車を乗り入れた。
ギアをバックに入れる。
サイドミラーとバックミラーを確認。
左に止まっている車との距離を測りながら、
ゆっくりとハンドルを切っていった。
バックミラーに映る車止めの縁石。
駐車ラインに沿ってバックする。
左に止まっている車に注意を払い、
視界にも収めていった。
と、突然、
バックするスピードが速くなった。
あれっ?と。
反射的にアクセルを外す。
ブレーキも踏んだ。
それでも車はバックしていく。
何が起こったんだ?!
なぜだ?!
そんなはずがない!
制御不能の異常事態。
ギアをニュートラルに入れる。
サイドブレーキも引いた。
それでも、
車はスピードを上げてバックする。
まるで車が宙に浮いているような違和感。
どうなっちまったんだ。
このまま進むと縁石を飛び越える勢いだ。
私は混乱した。
私にできることはすべて行った。
それでも制御できない事態。
ぶつかる?
と、その時。
左前方に車が前進していくのが見えた。
左に止まっていた車だ。
その車はハンドルを切って駐車場から出ていった。
私がバックで駐車しようとしたちょうどその時、
左に止まっていた車が発進したのだった。
一瞬の出来事。
バックする私の隣で前進する車が視界に入った時、
私には制御不能なスピード感が生まれたのだろう。
すれ違いの相対速度。
私の車は止まっている。
私の車は止まっていたんだ。
ふぅー。
良かった。
異次元の光景だった。
不意なる不測の出来事。
思い込みの脳は自分の位置を見失う。
それは、恐怖。
それは、めまい。
空っぽになった左の駐車スペース。
事態の全てがそこにあった。
私は戻ってきた。
と、安堵する。