週刊レキデンス ~第6回~ CAST試験が及ぼした影響
第6回では、5回で触れたCAST試験について触れました。この試験を通じて不整脈治療にどのような影響を及ぼしたのでしょうか?
前回、アミオダロンの話をしました。このアミオダロンのKチャネル抑制が活動電位持続時間を延長する、抗不整脈作用がある事を確定させたのは、他ならぬ Bramah N Singh (1938年3月3日-2014年9月20日)でした。この論文のタイトルが興味深く「新規抗狭心症薬であるアミオダロンの心筋への影響」とされています。(1)
何故この論文は、「新規抗狭心症薬であるアミオダロンの心筋への影響」なのでしょうか?
現代の私達は、アミオダロンは「抗不整脈薬」としての顔が一般的です。しかし、アミオダロンの臨床報告が発表された当時は、1967年に抗狭心症作用として Vastesaeger M によって抗狭心症作用があることを見出されたばかりだったのです。そのため「新規抗狭心症薬」というカテゴリーで発表をされたと考えることが出来そうです。(2)
Vaughan Williams 分類の欠点?
さてさて、この論文に名を連ねている Bramah N Singh と Miles Vaughan Williams (1918年8月8日– 2016年8月31日)の2人と言えば、不整脈薬の分類に Vaughan Williams 分類を提案した2人です。 彼らは、1970年あたりに「ガラス針を心筋細胞に刺して記録した活動電位にどう影響するか」に基づいた分類として発表しました。
Vaughan Williams 分類は、Naチャネル遮断やKチャネル遮断、β遮断などカテゴリーを行っています。しかし、1つの薬剤にNaチャネル遮断とKチャネル遮断の両方を持つなど、研究が進むにつれて各薬剤の様々な特性が明らかになってくると、Vaughan Williams 分類でのカテゴリー分けの限界がみえてきます。さらに、臨床で用いられているにもかかわらず Vaughan Williams 分類では扱われていなかった薬(ジゴキシン、アトロピン、アデノシンなど)があります。それらも含めて各薬剤をどう使い分けて、個々の患者に適したより的確な薬物選択が可能か考える必要がありました。(3)
CAST試験の影響
第5回で、お話した CAST study(Cardiac Arrhythmia Suppression Trial)(4)において抗不整脈薬の効果と死亡率などの関係性を裏付けようと行われた結果、期待とは裏腹に「不整脈は減りました」が、「死亡率が増えて」しまい、早期に試験中止になりました。
そこで、新たに考案された Sicilian Gambit 分類は、薬理学的特性が詳細に読み取れるよう、かつ全体の中の位置付けも明確に把握できるように、各薬剤の薬理一覧表に近い形で配置されました。(3)
Sicilian Gambit 分類は、イタリアのシシリー島でcast試験の結果などを受けて、不整脈治療に対して「挑戦的」かつ「賭け」の意味も含む、チェスの一手である Queen's Gambit(クイーンズギャンビット)に因み名づけられました。(5)
1996 年 10 月に開催された第 3 回 Sicilian Gambit 会議に、日本からも初めて委員の参加が認められたことを契機に、我が国でも Sicilian Gambit に基づいた独自のガイドライン作成が行われました。作成の基本概念は不整脈診療における従来の経験的アプローチを改め、より論理的かつ病態生理学的な抗不整脈薬療法を推奨するためでした。
これは、大規模RCTが行われたことで、結果の良し悪し関係なく様々なエビデンスが蓄積されたことによる影響が大きいと考えられます。
エビデンスの蓄積に一役買ったのは、RCT( randomized controled trial )のような、疫学的介入研究を含めた考え方が発展してきたという時代の流れもあるでしょう。
経験的な治療で行われてきたことが、本当に患者のためになるのか(真のアウトカムかどうか)検証していくことで裏付けられていくものもあれば、新しい概念を産むきっかけになることもあるのだなと学ばせていただきました。エビデンスが全てではありません。1つの選択肢にすぎません。そのことを肝に銘じて今日も文献を読んでいきたいと思います。
参考
1)Singh BN,et al.Br J Pharmacol. 1970 Aug;39(4):657-67. PMID:5485142
2)Vastesaeger M,Gillot P,Rasson G(1967) Etude clinique d'une nouvelle medication anti-angoreuse. Acta Cardiol 22: 483–500
3)加藤 貴雄,不整脈薬物療法の新しい考え方 Sicilian Gambit の臨床応用,J Nippon Med Sch 2002; 69(1)
4)Echt DS,et al.N Engl J Med. 1991 Mar 21;324(12):781-8.PMID:1900101
5)Circulation. 1991 Oct;84(4):1831-51. PMID:1717173