【エッセイ】忘れていいよ、そして忘れないでね
大学を卒業するとき、お世話になった尊敬する教授に想いを伝えたら、
「僕のことなんて忘れてくださいね、それくらい色んなものに夢中になってね」と言われたことがある。
忘れたくないよ。と思ったけれど、その言葉がお別れにとてもぴったりで、その距離感が先生のまごころを感じさせて泣いた。
最近、
わたしはだいすきだった職場を辞めた。
ここではない、次にやってみたいと決めた場所へのステップアップだったから辞めたかったわけじゃないし、最後の方は寂しさが先行して、辞めたくないです…って上司に言ってたくらい。
そんなとき、上司は、
「きみが求める次の場所に、君の席がある。それはとても素晴らしいことなんだよ。行きなさい。」と言ってくれた。
全部わたしが決めたことだった。
だから、誰もわたしを留めようとせず、いつも冗談っぽく「きみがいなくなったらロスになっちゃうなぁ」なんて笑ってくれた。
最後の日も、みんなそんなふうだった。
先輩が、わたしが欲しいと言ったお菓子をたくさん買ってくれてうれしかった。
誰もお別れの言葉を言わなかった。
またあおうね、てか送別会やるからね。シフトわかったら教えてね、ごはん行こうね。そんな具合。
わたしも泣かなかった。みんなへの想いは手紙に認めておいたから、伝えたいことはもうなかった。
その日はほんっとに忙しくて、夜寝てる時に足が攣って起きるくらい大変だったんだけど、
おつかれさまです〜って言って、みんなと別れて改札を抜けたとき。
今日が終わったら、ここにいるわたしが過去になってしまうんだ
と気づいて、その場から動けなくなった。
とっくに閉まったNewDaysの壁にもたれて、
ただぼうっとしていた。
ありがとうとか、だいすきですとか、そういう言葉はもう心になくって、ただ寂しさが満たしていた。
そっかこれが喪失感って言うのかな?と思ったけれど、重すぎて、抱えきれなくて、終電も近いのに動けなかった。
強すぎる感情に支配されて、身体がどこかへ行っちゃったみたいだった。
言葉も見つけられずに10分くらいそうしていたら、やっとなみだがでてきた。
ぽろぽろと絶え間なく落ち続けるそれを、ただそれそのものとして、あぁわたし泣いてるな…と思った。
どうして今日が過去になるのがこんなに怖いのだろう悲しいのだろう、と、真面目に考えながら涙を流しているへんなひとになっていた。
辞めるんだからあたりまえだが、やっと見つけただいすきな居場所を失うのが怖いのかな、と思っていた。もう一緒にいられない。もう戻れない。今更思ったってしょうがないことに対して泣いているのかな?と。
だけど、冷静に考えたらそうじゃなかったんだと思う。たぶん、わたしはあの時「忘れられたくない」と思っていた。それで泣いていたのだと思う。
今日が終わったら、また明日からはわたしがいないお店での思い出が増えていく。いまも、ほら、刻一刻とわたしがいないあの場所が長くなっていく。みんなはきっと、過去になったら、不可抗力でわたしのことを忘れてしまう。
わたしは別に特別じゃない、みんなにとって特別じゃないからこそ、ずっと一緒にいたかった。
社会人になってから、だいたい1ヶ月しか仕事を続けられたことがなかった。
いろんな理由を抱えていたけど、そのせいでわたしの世界はもうずいぶんずっと暗かったし、自分が何者かわからなくなってパニックを起こすことすらあった。
そんな中で出逢えた新しい居場所で、
わたしはこれまでの辛さを全部抱え込んで愛してると言えるようになっていたのだ。
みんなが自分の中にあるやさしい空気を分けてくれたから、わたしの身体はそれごと浮上して、きらきらした世界に戻ってくることができた。
天真爛漫で明るいひとだと、いろんなひとに言われた。
わたしは自分がそんな要素を持っているなんて、とっくに忘れていた。
そっかあ、って、みんながわたしの鏡になってくれたおかげで、わたしは少しずつわたしの姿を取り戻し、受け入れていけた。
そんなみんながいる場所に、わたしはもういられない。それがどれだけ悲しくて寂しくて辛いことか、忘られてしまうかもと思えてやっと自覚したのだ。
卒業式で泣く人って、こういう感じだったんだろうな…とか思いながら、忘れないで、忘れないでとただ願った。
わたしも、先生みたいに、わたしのことなんて忘れてください。みんなの人生に幸あれ!って言いたかったけど、無理だった。
わたしはまだぜんぜん大人じゃなかった。
いつか、わたしがもっと自分を誇らしく思えるようになったら、またみんなにそれを報告したい。
そして、みんなにもそれを誇ってもらいたい。
だいすきな人の誇りになりたい、それが、いまのわたしの精一杯の愛してるだった。
いつか、忘れていいよ、って笑って言うよ。
だからいまは、どうか、まだ。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?