【小説】ALL ALONE
人の顔も明瞭に見えない真夜中で点滅する黄色信号は、自分の将来に対する不安に似ていて嫌いだった。
夏の暑さも眠りに落ちる午前2時。
僕たちは二人きりでないと話せなかった。それだけお互いを尊重していたのだと思う。一方が意見を出せば、もう一方はその意見を聞く。自分でも非常に良い関係だと思う。
来週に迫った上京の日。思い返せばこの日が近づくほど、その会話に込められた感情は激しくなり、対話の時間は長くなった。
二人で話すのに適しているからと始めた真夜中の散歩は、既に習慣になっていた。
今日も、僕から話しかけた。
「この前、同級生の結婚式あったでしょ。俺たち、ああいう幸せを捨てて自分の夢を追う決意をしたんだよ。俺たちの上京は、そういう意味だ。」
「まあ、地元にいればすぐに仕事も安定し始めて、結婚する環境もすぐに整うだろうしな。」
「つまり、少なくとも親の期待には応えられないってことだよ。仕事と結婚を捨ててるんだから。」
「夢を果たせば、親も納得してくれるんじゃないの。」
「夢が果たせればね。」
「ビビってんの?」
「ビビってないよ。俺には自信しかない。お前もそうだろ?」
「俺も、自信しかない。」
「だよな。それは間違いないよな。」
「でも、もし失敗したらどうすんの?」
「やめろよ。そんな話したくない。でも、一応昔からの知り合いに上京のことを話したから、ダメだったら最終的には無理言ってそこに頼み込むと思う。上京は、専門学校に行くって嘘ついたけど。」
「大事だと思うよ。そうやって逃げ道作るのも。」
「でも、それについては話したくないし、考えたくないよ。そんなこと。」
「まだ話すことあるよ。金のこととか、人間関係のこととか。」
「だからやめろって。俺は夢のために全部捨てるんだよ。夢のことだけ考えたいんだ。」
「お前がそうすると、俺も困るんだよ。何を楽しみに生きていけばいいんだよ。」
「それも、夢が果たせれば、楽しいことなんていくらでも待ってる。だから、もう少し待ってくれ。」
「でも、お前がそうやって夢のことを考え始めてから、俺もつまらない思いばっかしてるよ。お前だってその辛さはわかるだろ?」
「確かに、俺も辛いよ。でも、人の意見で俺たちが変えられちゃったら、それって本当の俺たちの人生じゃない気がするんだ。」
「うん。俺もそれは分かる。今までの学生時代、勉強が出来て大人に可愛がられてた奴も、スポーツの強豪校でアスリートみたいな扱いを受けてた奴も、卒業してからみんなパチンコや居酒屋でしか見なくなった。実力はあるのに。その時、世の中には、夢を追う決意をした奴か、諦めた奴しかいないって分かったんだ。本当はみんな、諦めなければ何にでもなれるのに。」
「でも、そうやって他人と比べるのよくないよ。その子たちの今までの努力も無視しちゃダメだよ。」
「そうだけど、そこから学んだんだ。だから俺は夢を追う決意をした。「諦めなければ夢は叶う」って言葉、本当のことだと思うんだ。」
「それは、俺もそう思う。」
お互いの意見や考え方は違う。しかし、時々シンクロするタイミングがあった。そのタイミングが愛しくて、こうして二人で意見を出し合い、答えを探すことに耽った。
今日も会話は長くなった。片方が沈黙すると、片方も沈黙する。片方が話し出すと、片方はすぐにその話題に食いついた。
長くなることを想定していたので、自動販売機で買うコーラの分の小銭だけ持ち歩いていた。路地裏を抜けたところにある自動販売機に辿り着き、僕はコーラを買った。そして缶の蓋を開けながら、すぐに歩き出した。
喉が潤うと、すぐに会話をする準備ができたので、再び僕から話しかけた。
「もし夢が叶ったらどうする?」
「うーん。別に特別なことはしないかな。でも、周りの奴らを見返せたら、それでいいかな。」
「また、他人と比べてる。」
「いいの。この反骨心がすさまじい原動力になっているから。」
「良い方向に転換できるなら良いけどさ、その反抗心って自分を傷つけるリスクがあるじゃん。見返せた時の快感ってすごいけど、それまで孤独でしょ。友達も、彼女も、先輩も、後輩も、みんな敵に見える。親でさえも。孤独って本当に苦しいよ。それで追い込みすぎて何回も痛い目に遭ってるでしょ。俺も遭ってるし。」
「これくらい追い込まないと、前には進めない。」
「そうだな。前に進むためだもんな。」
「そろそろ行くか。」
「うん。あ、」
「ん?」
「俺はこのまま夢を追って良いんだよな?」
「分かってるでしょ。」
「うん。分かってる。」
「これで良いんだよ。」
「うん。これで良いよな。」
「じゃあ、行こう。」
「うん。」
会話は終わったが、歩く足は止めなかった。そうして、ポケットに入っているイヤホンを取り出し、耳に付けると、音楽以外は何も聞こえなくなり、再び一人になった。
深い闇のような夜道を歩いていても、何故だか今日も一人じゃない気がした。
※この物語はフィクションです。
この記事は、第7回文芸課題"ぶんげぇむ" 参加の記事です。
◆お題:「落ちる」「闇」「路地裏」
◆執筆ルール:
・お題に沿った作品を作ってください。
・小説/エッセイ/詩 などの形式・ジャンルは問いません。
・5つのキーワードを作品に登場させてください。ただし、文字そのものを登場させる必要はありません。
◆文字数:下限なし〜2,000文字(原稿用紙1〜5枚分)