唐突に推理物を書きたくなってきた。
この世界には、数多の謎と、数多の事件が存在する。
そして、その数だけ、真相と犯人が存在する。
「先生!いらっしゃいますかー!先生ー!」
ドンドンと力強くドアを叩く音がする。
「むにゃむにゃ…」
そんな音すら耳障りになること無く睡眠を優先するほど、私は眠気に抗うことが出来ない。
「全く…入りますよ、先生!」
そう言って彼女が入ってきて、流石に私も身体を起こした。
「ふゎ…勝手に入るなといつも言っているだろう、カティ。」
「先生が仕事もしないで寝呆けてるからこうして怒りに来るんでしょ!!」
フウセンガムの様に頬を膨らませたこの少女の名は、カティ・ストーンズ。
底辺作家の私に弟子入りを志願してきた物好きな子供だ。
「それで。私に何か用でも?まだ原稿までの期限はあるはずだが。」
隔月で雑誌掲載される私の記事は、先日納品したばかり。次の原稿まではまだまだ時間がある。
「忘れたんですか?雑誌の出版社同士の交流パーティーですよ。今夜から3泊4日、豪華客船貸し切り!プール付きで、パーティーの食事には3つ星シェフ!はぁ…夢のようです…」
「まさか、そんな物にあやかりたくて底辺作家の私に弟子入りしたんじゃないだろうな?」
「それ目的だったらそもそも先生に弟子入りなんてしないですよ、何言ってるんですか。」
妙にムカつく事を言ってくるな、このガキは。
「とにかく!準備して下さい!まぁか外行きの服くらいは持ってますよね?」
「私を誰だと思っている。それくらいある。待ってろ。」
そそくさとあまり使っていない寝室に入り、お気に入りのコーディネートで彼女の前に出た。
「どうだ、イケてるだろう?これならオシャレ作家を名乗っても…」
「服を買いに行きましょう」
そして夕方、交流パーティーの客船がある港に到着した。
「招待状を見せて下さい。」
堅物そうなガードマンに招待状を見せ、長い階段を登って船に入る。
「わぁ…中も綺麗…夢見たいです…」
カティは浮かれまくっている。貧乏な村の出身だと聞いたことがあるが、この反応を見ると余程だったのかもしれない。
「さて…まずは荷物を置きに行くか。私達の部屋は…801号室だな。」
基本的に、会社ごとに階層が分けられている。
…が、しかし。
「おや、お隣の方ですね。新人さんですか?よろしくお願いしますね。」
「あ、アハハ…ハイ…どうも…」
「…先生?」
如何せん会社には全くと言っていいほど顔を出さず、提出もカティに、カティが弟子入りする以前も郵送で納品していた私は、会社の人間の顔をほとんど知らないのだ。
「そういえば、社長は急遽おやすみだそうです。」
「あ、またですか…」
「また?」
「あ、いえ、こちらの話です…アハハ…で、では…」
うっかり口が滑るところだった…危ない危ない。
さて荷物を置いて、交流パーティーまでは少し時間があったので、船を散歩することにした。
「1階から3階は船員用、4階から6階は儲かってる会社の社員用。7階が責任者用で、8階は人数の少ない会社用と…」
「9階はメイドとシェフ、オーナー用みたいですね。私達には関係なさそうです。」
「七階の…709は、空き部屋かな。んで、一番奥、ここが会場だな。お、既にフルーツが置いてある。どれどれ…」
「先生。つまみ食いは駄目ですよ。」
「まぁまぁ。ブドウの一つくらい…」
「お客様、今は準備中です。飾りとはいえ、フルーツはまだ食べないで下さい。」
後ろから現れたのは、無愛想な…というか、無表情のメイドだった。
「あぁ!ご、ごめんなさい!ほら先生行きますよ!本当にすみません!」
「あぁ…私のブドウが…」
「後でいくらでも食べて下さい!!」
そそくさと会場から立ち去ろうとすると、ガシャーン!と大きな音がした。
「も、申し訳ありません…」
「はぁ…またですか。今日何度目ですか?手が痛いなら休んでいなさい。」
「ご、ごめんなさい…」
前髪に綺麗な髪留めを着けたどんくさそうなメイドが、先程の無愛想なメイドに怒られていた。
「ほら先生、あんまり見るもんじゃないですよ。」
「そうだな、すまんすまん。」
その後は適当に散歩した後、パーティーの時間になった為、再び会場へ向かった。
「はむ…はぐっ…むぐむぐ…はぐっ…」
「ちょっと先生、汚いですよ…いくら好物だからってそんなブドウばかり…」
こういう時にしかあまり食べることは出来ないので、タダで食える時に嫌というほど食べておきたいのだ。
故に、この少女に対して反論する暇があったら口に放り込む。
美味い。とても。
「私は先日、名誉会長から賞を…」
「私も作家協会から表彰され…」
「私はあのジェームズ・ライターと同じ賞を…」
「あの方に勝つにはあと5冠を…」
フルーツこそ美味いが、周りは自慢話ばかりで、誰よりも自分の実力を誇示したくてしょうがない奴らの集まりだ。
「もぐもぐ…ごくん。くだらん…」
そんな物のために作品を作っているのなら、我々への侮辱にも等しい。
賞を取ったところで、表彰をされたところで、自分の実力など変わらないのだ。
それを活力に出来ても、ゲームでもあるまいし、レベルアップするわけじゃない。
「…先生、また悪い癖が出てますよ。」
「えっ?まさか口に出てたか?」
「出ては居ないですけど、顔に出てます。全てを滅ぼそうとするテロリストみたいな顔してましたよ」
「え、そんなに…?」
いかんいかん、気をつけなければ…
さて、一日目のパーティーを終え、大浴場でそれぞれ身体をキレイにした後、部屋に戻った。
「いやぁー!楽しかったですね!これがまだ後2日もあるだなんて!明日はどうしようかなぁ!」
カティはるんるんしながら、一冊の本を取り出した。
表紙には『著:ジェームズ・ライター』と書かれている。
「それ、そんなに大切なのか?」
「はいっ!宝物なんです!」
私が何気なく尋ねると、満面の笑みで返してきた。
こうしていれば可愛いんだ…
…いかんいかん。私はもうそんな歳でもない。
「さて、私はもう寝るとしよう。カティも夜ふかしはするなよ。」
「え、もうですか…?」
「俺はもうオッサンなんでな。早く寝て早く起きるのさ。」
「…意気地なし」
「あ?何か言ったか?」
「なんでもないです!じゃあ私も寝ます。おやすみなさい!」
カティは腹を立てた様子でベッドに潜ってしまった。
「…まぁいいか。」
深夜3時。
「うむぅ…」
最近どうも真夜中に目が冷めてしまう。
「…トイレ…」
トイレも近い。歳は取りたくないものだ。
「トイレの場所は…っと…」
一番近いトイレは、805と806の間。そう遠くはない。
「夜は消灯してるんだな…」
懐中電灯が部屋に備え付けられている。それを持って歩けという事だろう。
…実はあまり霊的な物が得意ではないのだ。
「何も起きないでくれよ…」
その瞬間。
ダーンッ!!!!
という音が聞こえた。
「やめてくれよ…」
さっさとトイレを済ませ、すぐに部屋に戻った。
翌朝。
朝食を取るために会場へ向かっていた。
「…うん?何だか騒がしいな。」
「何かあったんでしょうか?」
明らかに楽しそうな雰囲気ではない。
端の方では何やら偉そうな人が怒鳴り散らしている。
「あ、お隣の。おはようございます。」
「あ、ども…えっと、何かあったので…?」
「えぇ、何やら、偉い方が殺害されたとか…」
「何ですって…!」
とんでもない事だ。この豪華客船で、殺人事件が発生したのだ。
「被害者は、このパーティーの主催、アブクゼニー財閥の現オーナーであるモーカル氏。心臓に散弾を撃ち込まれ即死。凶器は発見されておらず、目撃者も不在。ドアは全室防音性だったが故に、音を聞いた人も居なかったそうです。」
「ありがとう。ふぅむ…」
純粋に考えれば、犯人は財閥を恨む人間の犯行だが、あくまで表立って活動しているような組織でもない。
金持ちを恨むとしても、この財閥より儲かってる所はごまんとある。
となると、恐らくは…
「内部の犯行だな。俺たちには関係のない話だ。」
「だといいんですけど…ちょっと怖いです。」
「何、深夜に部屋から出なければいいだけの話だ。何も心配はいらない。」
その日は余り遊ぶ気にはなれず、部屋で原稿を進めて過ごすことにした。
その晩。
「やはりか…」
深夜3時。結局トイレで目が覚めてしまう。
「危険ではあるが、彼女の前で漏らすわけにもいかん…」
俺はそっと部屋を出て、トイレに向かった。
が、しかし。
「迂闊だった…」
8階のトイレは、生憎故障中だった。
「クソッ、誰か詰まらせたな…俺じゃないのは確かだが…」
諦めて7階へ向かい、トイレを済ませた。
「ふぅ、スッキリ…」
その時。
「…ッ!」
視界の隅に『人影』が見え、咄嗟に飛び退いた。
後ろを振り返ると、斧の様な物を持った人影が、そこにあった。
刃物には非常灯の薄明かりが反射しているが、肝心の人影の容姿は捉えることが出来ない。
「誰だ!何故俺を襲う!俺は関係ない筈だ!」
返事は無い。『人影』は再び斧を振り上げながら、こちらに向かってきた。
「くっ…ただの引きこもりだと思うなッ!」
俺は推理小説を専門としている作家だ。かの有名な名探偵の使用した格闘術だって使いこなせる。
「…!」
『人影』の動きに多少の動揺はあったが、逃げようとはしない。
明らかに私を殺しに来ている。
「見逃す気は無いってか…だが…ッ!」
表示灯の下にある消火器を手に取り、顔があるであろう位置に向かって噴射した。
多少の目くらましにはなっただろうか。
即座に反対側の階段へ向かって走り出し、駆け上って部屋へ駆け込んだ。
「ハァ…ハァ…」
「先生…?どうかしたんですか…?」
勢いよく入ってきたため、カティを起こしてしまった。
「いや、大丈夫だ。すまない…その、幽霊が怖くて!つい、な。」
「へへ…先生ってちょっとかわいいですね…一緒に寝ますか…?」
寝惚けているな…だがこんな状況でそんな事を楽しめる程の胆力は持ち合わせていない。
「ありがとう…大丈夫だよ…。」
そっと頭を撫でると、幸せそうな顔をして寝てしまった。
「さて、どうしたものか…」
翌朝。
「なんてこった…」
8階のトイレの中で、あのどんくさかったメイドが遺体となって発見された。
遺体は顔の右半分が散弾で吹き飛ばされており、左半分が生々しい死に顔で、トイレの便座に座った体制で亡くなっていた。
「妙だな…」
「どうかされたんですか?」
「いや、ちょっとな…部屋に戻ろう」
「実は昨日、トイレに行った時に何者かに襲われた」
「えぇ!?」
カティは飛び出そうな程目を丸くした。
「まぁ落ち着け。身長的に、恐らくはメイドだ。」
斧を振りかざしても天井に届かない程の背の高さ。
小柄なメイド達と考えるのが妥当だろう。
「さて問題だ。この事件、君ならどう考える?」
「来ましたね、先生のそういう考え方。」
カティは待ってましたと言わんばかりに、ニヤリと笑った。
「まず、初日の夜に遡ります。先生はあの夜も、トイレに向かっていましたね。」
「気付いていたのか…」
「気付いては居ましたが、止める理由が無かったので。続けますね。あの夜、もしかすると先生は、犯人に見られていた可能性があります。でも、暗くて先生だと判断できず、恐らくどんくさいメイドではないかと考えたのではないでしょうか。そして、二日目の夜に目撃者と思われるメイドを8階で殺害し、故障中の張り紙をして朝まで隠そうとした。その後部屋から出てくる先生を見て、同じ様に7階の個室で殺害しようとして、失敗した。つまり、犯人はあの無愛想なメイドだと思います!」
「なるほど、君にしては上出来じゃないか。」
「えへへ。」
カティは嬉しそうにしている。
「だが、真相は恐らく違う。」
私は、さらにニヤリと笑い返した。
「初日の夜、俺は物音を聞いた。今考えれば、あれは銃声だっただろう。だが、初日の夜に殺害された被害者が居たのは7階だ。8階の俺が見ている筈がない。当然、犯人も俺に気付いていなかった筈だ。そして二日目の夜、8階は故障中だった。恐らく、ここはカティの考えどおり、既に中で殺されていた筈だ。恥ずかしい話、俺は漏れそうだったから階段を駆け下りて、7階のトイレに入ったんだ。恐らく、犯人は7階に降りて戻ろうとしたところで、俺の足音に気が付き、目撃されたと思ったんだろう。そこで俺を殺そうとした。」
「なるほど…でも、結局犯人は無愛想なメイドである、というのは共通なんですね?」
チッチッチッ、と意地悪っぽく指を振った。
「ここがミスリードさ。とはいえ、私も交戦しなければ気づけなかったがね。」
おもむろに船の地図を取り出し、広げてみせた。
「確かに、これだけであればそう思えるのも当然だ。だが、交戦中、私が格闘術を使ったところ、『人影』が明らかに動揺したのが見えた。無愛想な、というか、あのロボットみたいなメイドが、あんなに明らかに動揺するとは思えない。それにだ。」
船の地図を指差した。
「メイドの控室は9階。巡回以外で7階に降りるのは有り得ないんだよ。」
「確かに…」
「それに、俺が来たのが予想外だったのに、すぐに斧を用意した…9階に取りに上がるにしても、いつ出てくるか分からない対象から長時間目を離し、武器を用意して待ち構える方が、俺じゃない別の人間を襲ってしまうリスクもある。そんなことをするとは思えない。」
「じゃあ、犯人が別にいると…?」
「その通り。そして、この部屋。」
私は、709号室であるはずの場所を指差した。
「部屋番号が書かれているはずの場所に、番号が書かれていないんだ。倉庫でもなければ、掃除用具入れでもない。さて、ここは一体何の部屋かな?」
「まさか…」
「では、答え合わせと行こうか。」
709号室、であるはずの部屋の前。
コンコンコン、と3回ノックする。
「入りますよ、お嬢さん。」
中に入ると、窓を眺めて座る、一人の女性が居た。
「ここが良く分かりましたね。見つかってしまった、というべきでしょうか。」
「あ、あなたは…死んだはずじゃ…!」
死んでいたメイドと同じ髪留めをした女性。
容姿も瓜二つ。
「では、あなたの口から真相を語って頂きましょうか。」
「財閥のオーナー、モーカルは親を失った『私達』を、メイドとして雇いました。モーカルには、アヤカルという一人息子が居て、私はアヤカルと、陰で恋仲になっていました。しかし、モーカルは仕事が出来る妹を大層気に入っており、アヤカルの許嫁に決めました。一方私はどんくさく、仕事をクビにされ、追い出されました。私は妹に成りすまし、こっそりとパーティーに参加しました。妹を薬で眠らせ、メイドとして働き、妹の評価を下げて、約束を破棄させようとしました。夕方、再び入れ替わり、何も知らない妹を仕事に戻し、私は隠れました。その夜、消灯してから妹の様子を確認しに行くと、妹はモーカルの部屋へ入っていくのを目撃しました。妹が評価されていたのは、仕事が出来ているからではなく、モーカルと身体の関係を持っていたからでした。私利私欲のために私を追い出した妹を許せず、私はモーカルをおびき出し、手作りの小型散弾銃でモーカル氏を殺害しました。翌日の夜、私は再び妹の様子を確認しに行く途中で、巡回中だった妹に見つかってしまい、モーカルを殺害したことがバレてしまいました。咄嗟に妹を突き飛ばすと、頭を打って気絶させてしまいました。好機を思った私は、妹の顔を散弾銃で吹き飛ばそうとしました。でも、失敗したんです。この髪飾りは、両親から貰った思い出の物。そう思ったら、手がそれてしまいました。妹を殺害し、トイレに押し込め、掃除ロッカーの故障中用の張り紙を貼り付け、部屋に戻ろうとしたところ、駆け下りてきたあなたを見かけました。散弾銃の弾がもうなかったので、斧で襲おうとしましたが、まさかあなたが格闘術を使えるとは思わず…。」
「では、やはりあなたが。」
「はい…。ですが、何故分かったのです?私達が双子だなんて…」
「強いて言うなら…」
私は自分の頭を指先でつついた。
「探偵作家のカン、ってやつですよ。」
「最後にお願いを…お名前を、教えて下さい。」
「わたしは…」
名乗るほどの者ではない、と言いかけたが、これは彼女なりのけじめだろう。
それを無下にするのは良くない。そう考えて、私は、誰もが知る名を口にした。
「ジェームズ・ライター。大した名ではありませんよ。」
あの後、彼女は自首し、逮捕された。
モーカル氏が亡くなったことで、アヤカル氏がそのまま財閥のオーナーになったが、失意からか業績が伸びていないようだが、まぁ恋人が生きてるだけマシだろう。
「パーティーはもう開催されないんですかねぇ」
カティは随分落ち込んでいたが、多分心配はないだろう。
この街の雑誌会社は金払いが良い。きっとパーティーの一つや二つ開催するくらいは屁でもない筈だ。
「さて、今夜はピザでも頼もうか。」
「さっすが先生!金持ちですねぇ。」
「会社の金払いがいいだけだ。俺は持て余してるんだがな。」
「謙遜しちゃって!でもいいですねぇピザ!そうしましょう!」
私は、ごく普通の底辺作家。
世間的には超人気作家だと自覚するのは、まだまだ先のお話。
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