もう悪意は嫌だ
もういやだぁ。
たとえ自分に対してじゃなかったとしても
もう、悪意のあるコメントは見たくないよー。
悪意あるコメントに対するコメントもいやだー。
悪意あるコメントに対して、
したり顔して正論をかかげる自分にも嫌気が差す。
なんなら悪意がなくても批判的なコメントも見たくない。
悪意があるコメントに対する真摯な返答もいやだ。
真摯な返答を応援するコメントにももやもやするし、
それらを心のどこかで探しに行っている自分にうんざりする。
■新作ポエムですか。大変結構ですな。
最近、人の悪意を感じる行動やそれに対する思いをすごく目にするようになりました。そういった行動に、ものすごくイラ立ちます。
今日脳みそにガツンときた動画はこちらです。
先に言っておくと、この動画を投稿したta1yoさんが特別何かを叩いていたわけではなく、なんなら釣りサムネに近かったように感じました。
ただこのサムネにもなっている、オンラインゲーム「OW2」の推薦システムを使った、通称「皮肉推薦」が、もう嫌で嫌で仕方ないんですよ。
もともと「推薦システム」というのは、対戦終了時、良い動きをしたプレイヤーに投票(推薦)が出来、それが蓄積されることで優良プレイヤーの証となっていく、という仕組みです。
しかし中には良い動きをしたプレイヤーではなく、わざと良くなかったプレイヤーに皮肉を込めて推薦する「皮肉推薦」をする人もいるらしいんです。
「皮肉推薦」を受けた人は、皮肉推薦をされた、ということを確認することができないんですよ。悪口チャットではないので罰せられないけど、悪意を100%込めたメッセージ。大変卑怯な行為で気持ちが悪い。気分も悪い。
それだけならまだしも、僕自身も普通に推薦してもらっただけなのに「もしかしたら皮肉推薦されたのでは」という疑心暗鬼さえ生まれるし、何より人の善性のために生み出された仕組みが平然と悪意に使われていることに、激しい憤りを感じます。
■放っておけよ
でもね、明らかに気にしすぎなんです、僕が。
理由はおそらく、最近、僕自身の中から沸き上がるイラ立ちの処理に、困っているからです。
高校時代の恩師から「愚痴は人に言うな。言う方も聞く方も不幸になる」と教わってきました。その考え方は好きで、できるだけ実践しているつもりです。ですけどそうすると……苛立ちの……アウトプット方法がない!
僕の中で苛立ちがコトコトに煮詰まってしまって、で、その結果、自分の苛立ちに近いものを、無意識に引き寄せ、注視しているんです。
そんで今日、我慢できずにさっき紹介した皮肉推薦の動画に、思い切った反論意見コメントをしたんですよ。それに対してやってきた返信コメントについても反論して、それについても反論して別のコメントにも反論して……もう、嫌気が差してコメントを全部消す、という中学生みたいな行動をしてしまった。いい歳したオッサンが、何やってるんだ。
もう、嫌だよ。悪意もアンチも反論も。正義も主張も正論も、何も聞きたくない!
Twitter見てもなんかそんなのばっかり目につくよ。TwitterじゃなくてX?うるさい!タイムラインはお前がよく見るポストに類似したのを表示しているだけ?うるさいうるさい!もううんざりだ!
「だからいったじゃないですか」みたいなYouTubeのコメントもやめろ!
「その意見はどうなんでしょうか?」みたいな否定もやめろ!
「オゴってくださいよぉ!」みたいな自分だけ得したがるのもやめろ!
「控えめに言って最高」みたいな使い古された表現をするのもやめろ!
「みんなが幸せになりますように」みたいな……とにかくやめろ!
「そんなことを言うのはやめろ!」みたいな傲慢な意見もやめろ!
もう音楽だけ聴いているのでいいのかもな。あとは運動!たぶん運動がいいんだ。あとはなんだ。あとは盆栽か。靴磨きか。瞑想か。なんだこの世は。くだらん!くだらん世の中!
明日は親戚の告別式に行ってきます。寝ます。また今夜。