コラム 山下裕賀さん
日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、毎回声楽家や講師の先生方より様々な寄稿文をいただいております。このnoteでは「コラム」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2017年6月号-7月号より日本声楽アカデミー会員のメゾソプラノ歌手、山下裕賀さんの寄稿文を掲載いたします。
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「私の一曲 ~手紙の歌 J.マスネ作曲 オペラ《ウェルテル》より」
山下裕賀 メゾソプラノ
海の日のコンサートに出演させて頂けますことを、心より嬉しく思います。またそれと同時に、身が引き締まる思いです。
今回演奏させて頂く曲は、J. マスネ作曲のオペラ《ウェルテル》から、シャルロットのアリア“ウェルテル…誰が言えましょうか…”です。ゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」が原作であるこのオペラでは、若き詩人ウェルテルと、美しく貞淑な娘シャルロットとの悲しい恋が描かれます。
私が初めてこの曲と出会ったのは学部の卒業試験。同級生が演奏していました。一目惚れならぬ一聴惚れをし、すぐに図書館へ走ったことを覚えています。興奮して楽譜を開くと、そこには難しい旋律が並び、なにより当時ほとんど勉強したことのないフランス語…!恥ずかしながらその時は、譜読みを断念してしまいました。
そこから数年経ち、何気なく楽譜を整理していたとき、ふとこの曲が目にとまりました。時が止まっていた楽譜を引っ張り出してみると、驚くほど自然に音楽が体に馴染みました。それがきっかけとなり、改めてこの曲を勉強し、今では大好きな曲となりました。
シャルロットが、ウェルテルからの手紙を読む場面で歌われることから“手紙の歌”とも呼ばれるこのアリア。いつでも冷静に行動してきたシャルロットが、結ばれることのない彼への愛を自覚し、苦悩し、感情を昂らせます。オーケストラは、彼女の波打つような気持ちの変化に寄り添うように、愛に溢れた旋律を奏で、時には不安な心情を描写し…本当にドラマティックなのです。そのなんとも人間的な音楽の変化が、最大の魅力なのではないかと思います。少しでもその魅力をお伝えできるよう、心を込めて演奏させて頂きます。私が一聴惚れしたように、お客様の“お気に入りの一曲”になることを願いつつ…。