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遠い異国のひとたち

毎日いかがお過ごしですか?
だいぶ涼しくなりましたね~

きょうは、9.11だったんですね。。


2001年の当時、わたしは日清紡績という会社の織物加工部門の工場で働きながら短大に通っていましたっ。

地元から遠く離れ愛知県の岡崎市というところに暮らしていました。

就職進学というのは、もう今では珍しくなりましたね。一週間おきに早出と遅出を繰り返しながら仕事と学校の両立をするために一生懸命な毎日でした。

両親に20万円もの現金を持たされて飛行機に乗ったのがつい昨日のことのようです。

入学金と授業料は、工場が貸し付けてくれました。
でも~二度とお金は借りないと思いました♡

そのころは、保育士も幼稚園教諭も単位と出席日数さえあれば、、卒業と同時に戴けるような時代でした ~

今は、ペーパーテストとかもあって、実習などもとても難関になっているようですね。。。

短大の図書館が大好きでした♡♡

車の免許も工場の近くにあって通ってたな。でもMTで颯爽と入学したのに…AT 限定で卒業でした 笑っ

話がそれましたが、テロのあった日は早出で朝6時出勤の週でした。
朝礼みたいなものがあり、みんなで並んでいるところへ到着したわたしに聞こえてきたのは、

『戦争が起きるかもしれない』という話し声でした。

まだ目が覚めてから一時間ほどの脳みそがパッとなりました。出勤の支度で忙しくてテレビとか見てないでした。

仕事中は、そんなことというくらいで忘れ去っていましたが、、寮に戻ってからテレビをつけると事件のことでニュースが大騒ぎしていました…

まるで映画のワンシーンのような感覚で見ていたことを覚えています。雲一つないパステルカラーの青い空にそびえ立つ二つのビルに飛行機が次々と突っ込んでいきました。

空中で派手な爆発ともに立ち上る噴煙とビルの火災の炎…その時飛行機の中とビルのなかにいるひとたちのことは、頭にはありませんでした。

その後、ビルは崩壊し大勢の方たちが亡くなったことを報道で知りました。。。


生活や人生が変わるほどの出来事では正直、ありませんでした。ご家族、関係者の方たちには毎年続くのでしょうね。

突然、家族や友達や知り合いの人が亡くなるというのは、何の心の準備もないだろうし悲しみとかの実感も湧かないほどに分からなくて辛いのでしょうね。

…朝、note を開いたらきょうのことが流れていていろいろ思い出す日でした!


心からご冥福をお祈りいたします。