追悼録~チョココロネが食べたかったひと~
彼女は、気まぐれで、表情がくるくる変わる、猫のような女性だった。
仲良くなれたかな?と関係を詰めようとしすぎると、「あなた、踏み込みすぎ!」と叱られたり、
逆に一歩ひいて進めようとすると、「結局は人ごとなんでしょう?」と怒ったり。
美人で、病床でもどこか華やかで、怒ったり笑ったり、優しかったり意地悪だったり、いろんな表情を思い出す。
初めてお会いしたときから3ヶ月とすこし。あまりに早いお別れだったな。彼女の安心や幸せに、少しは貢献できたのか?もっとできることはなかったのか?グルグルと考える。
亡くなる一週間前に見せた、「私これからどうなっちゃうのかしら?」とすがるような顔を思い出す。「大丈夫ですから心配しないで。大丈夫だから」とかけた言葉は、すこしは救いになったのだろうか。
まだ食事をとれていたころ。「あのパン屋さんの、甘いパンが美味しいのよ。特にクリーム系のパン」と、珍しく食べ物のお話をされた。
「通り道だし買ってきましたよ!焼きたてですよ〜!」と、いそいそとクリームパンを差し出した私に、「全然違うじゃない、私が食べたかったのはチョコレートクリームのパンよ」とつれないお言葉。 え?!まさかのクリームちがい?!「じゃ、つぎはチョココロネ買ってきますね。」と約束した。
次はなかった。その後すぐに入院されてからは、ゼリーしか食べられなかったと聞く。最後に食べたいものを食べさせてあげられなかった後悔が残る。
意味はないかもしれないけど、棺にチョココロネをそっと入れた。意味はないかもしれないけど。
これから、私が彼女のためにできることはまだ残されている。
彼女がなによりも大切にしていた、灰色の美しいネコが幸せな暮らしを手に入れられるように。彼女が心配していた、親戚の方へのご負担がないように。
ここからがんばる。
空の上から、いつものニヤリとした笑顔で「あなた、なかなかやるじゃない」と言ってもらえるように。
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