明治さんの「チョコレート効果|カカオガナッシュ」から考えるチョコレートの規格
エリア限定か販売店限定かはわかりませんが、明治さんから「チョコレート効果|カカオガナッシュ」という商品が販売されています。
昨年に同様の手法で販売されていた「DARKガナッシュ/MILKガナッシュ」(通称水ガナッシュ)と同様の製品なのでテスト販売の位置付けかなとは思うのですが、水ガナッシュの時と同様こちらもホームページに掲載されていないため正式なところはわかりません。
ただ製品の中身ははっきりしていて、特許出願中(※カカオガナッシュのパッケージ裏面には出願番号が書かれていますが、2023年12月に特許第7404270号として特許査定を受けています)の新製法「水練り製法」によって作り出された柔らかなテクスチャが特徴の「チョコレートのようなもの」
この「チョコレートのようなもの」としか言えないところが明治さんが苦労されている部分だと思うのですが、商品パッケージに「チョコレート類ではありません。」と明記されている通りこちらは「チョコレート類」ではありません。
業界団体が定める「チョコレート類」の規格に当てはまらないため「チョコレート」を名乗ることはできないのです。
そもそもチョコレートの規格とは?
日本においてチョコレートに関する規格は、全国チョコレート業公正取引協議会が制定し、消費者庁ならびに公正取引委員会に認定された「チョコレート類の表示に関する公正競争規約及び施行規則」に定められています。
この規約に定められたチョコレート類の規格をまとめたものが上表で、この表の通りチョコレートには明確な定義があって、この範囲に当てはまらないものは「チョコレート(または準チョコレート)」と表示することはできません。
今回取り上げている「チョコレート効果|カカオガナッシュ」をこちらの表を基に具体的に見ていくと、パッケージ表面に「製品中カカオ分50%」と記載されているのでカカオ分35%以上の「チョコレート生地」に該当し、かつ裏面の食品表示にあるように乳成分は使用していないためチョコレート生地の中でも「基本タイプ」(=ダークチョコレート)に当てはまります。
このようにカカオ分だけを見れば「チョコレート」規格になるにも関わらずチョコレート類ではなく名称に「菓子」としか書けない理由は、異性化液糖を使用し水分を3%より多く含ませているためです。
(※推定計算をすると、製品中に水分は7-8%程度含まれていると考えられます)
生クリームを練り込んだ「生チョコ」はどうなる?
「チョコレート類の表示に関する公正競争規約及び施行規則」に定められている通り、水分が3%以下でなければ基本的にはチョコレート類にはなりません。
そうすると「生クリームを加えて作る生チョコはどうなるの?」という疑問が出てきますが、同規約には水分が3%以下の基本的なチョコレートとは別に、生チョコについても規格が定められています。
同規約第3条(1)に記載の「生チョコレート」の規格は以下の通り。
この規格に当てはまるものは種類別名称としては「チョコレート」と表記することができるので、いわゆる「生チョコ」として販売されているものの食品表示には「名称:チョコレート」と書かれているわけです。
ここで明治さんの「チョコレート効果|カカオガナッシュ」に話を戻しますと、異性化液糖を使用し水分を3%より多く含むことでチョコレート類には該当せず、では高水分の生チョコレート規格に当てはまるかというとクリームを使用していないためこちらにも該当しません。
このように、カカオを使用したチョコレートのようなもの(というか見た目も風味もチョコレート)でありながら、定められた規格のどこにも該当しないため「菓子」としか表記できないのです。
ちなみに商品名に「ガナッシュ」とあり、意味合い的には生チョコと変わりありませんが、表示規約で規定されているのは「生チョコレート」という表示のため、ガナッシュと表記することには何の問題もありません。
「チョコレート効果|カカオガナッシュ」は何が優れているのか
以上のように規格に当てはまらないためチョコレートと言いたいのに言えないもどかしさがある「チョコレート効果|カカオガナッシュ」ですが、ではなぜわざわざチョコレート規格から外れる水分に設定しているかというと、「生チョコのようなやわらかい食感なのに常温で長期保存可能」というこれまでにない特徴を付与するためです。
ベースとなる技術の開発ストーリーが書かれた以下の記事で述べられている通り、従来の生チョコは冷蔵保存が必要なため持ち運びや輸送、保管に注意が必要であり、なおかつ水分を多く含むため傷みやすく賞味期限が短いという不便さがありました。
この点を解決するために水分の量やその水分をどう存在させるかが検討され、生チョコのようなやわらかな食感を実現できる水分量でありながら、独自の製造技術によって水分を特殊な構造で保持させることで微生物の繁殖リスクを低減させることに成功したとのこと。
実際、一般的に販売されている生チョコの賞味期限は冷蔵保存で長くても1ヶ月程度であるのに対し、今回購入した「チョコレート効果|カカオガナッシュ」は5月頭の購入で賞味期限が「2025年1月」となっていました。
製造からどの程度経過したものかはわかりませんが、購入時でも9ヶ月の賞味期限があり、水分を含ませて生チョコのようなテクスチャを実現したもので、かつ常温保存であることを考えると驚異的な保存性の良さです。
この保存性の良さを実現する独自の製造技術について具体的には特許第7404270号に記載されていますが、要約すると以下の通りです。
つまり適切な水分量になるよう原料の配合を調整したうえで、求める乳化構造を作り出すために製造機械ならびにその運転条件を適切に調整することがこの技術の肝であると言えます。
このように書くと何だか簡単なことのように見えてしまいますが…やわらかなテクスチャと保存性の良さを両立させるための絶妙な水分量を探し出し、求める乳化構造を実現できる製造機械を選定し、安定的に製造可能な運転条件を細かく調整していくなど、技術の完成までには膨大な試行錯誤が必要であったことは想像に難くありません。
また、上記明治さんの開発ストーリーを読むと、そもそもは「生チョコレート」の規格範囲内で常温で長期保存可能にする、ということを目指して技術開発が進められ、業務用商品としてはそれが実現できたと書かれています。
特許上の数値範囲も「生チョコレート」の規格範囲を部分的にカバーしていますので、今回取り上げている「チョコレート効果|カカオガナッシュ」でも「生チョコレート」の規格にしようと思えばできたのかもしれません。
しかし実際には規格の範囲外で商品化されていますので、それが技術的な問題かマーケティング上の戦略かはわかりませんが、今後定番商品としてラインナップされる頃にはどのような表示になっているかにも注目していきたいと思います。
規格を超えることで広がるカカオの可能性
消費者に誤解を与えないために、規格は非常に重要です。
チョコレートの規格はマーケティングや訴求ポイントにも関わってくるため、商品開発でレシピを組んでいく時「チョコレート規格の範囲でレシピを組もう」や「準チョコレートでも構わないので美味しさと低コストを両立させよう」など、規格を基準に研究開発部隊と営業部隊が押し引きすることはよくあることです。
しかしながら純粋に研究開発の視点で言えば、規格に囚われずに視点を広げることで見えてくるカカオの魅力、可能性もあるはずで、明治さんが作り上げた「水練り製法」による新たなチョコレートは、規格に当てはまる/当てはまらないに関わらず、カカオの可能性を大きく広げた素晴らしいものだと思います。
もちろん消費者へ誤解を与えないように、表示や訴求については十分に検討を重ねたうえで丁寧に説明を行なっていく必要はありますが、「これまでの枠に囚われない」「固定観念を捨てる」というのは研究開発者として常に持たなければならない心構えだなと改めて思わされた、そんなことに考えを巡らせる機会をくれたステキな商品でした。