『急がば漕げマップ』の制作経緯
はじめに
西片トコトコ探索会が制作した『急がば漕げマップ』は、公共交通オープンデータチャレンジへの応募作品です。西片トコトコ探索会は、このチャレンジへの応募をきっかけにメンバーが集まったことが始まりでした。
今回は、チャレンジへの応募に向けてどのような経緯で『急がば漕げマップ』を作成したかについてお話したいと思います。
乗換案内と地理空間認識
当たり前ですが、最初から「鉄道と自転車を組み合わせた経路探索をしたい」と思っていたわけではありません。
最初は、公開されているデータを用いて何ができそうかという観点でブレストしていました。PLATEAUを使ってみたい、列車のリアルタイム位置情報を使ってみたいという気持ちから、現実世界のデジタルツインを作り、そこをフィールドにしたゲームを作れないかという案も出ました。国土数値情報にある地価公示データを組み合わせて、地価の高いエリアを破壊したら高得点、などという話もしていた記憶があります。
一方、我々メンバーはアプリ開発のバックグラウンドを持っているわけではないので、技術的な限界がありました。面白そうなことと技術的に難しそうなこととの間で議論が行ったり来たりし、話は発散……。
そんな中、公共交通データといえばということで話題に上がったのが乗換案内。このデータチャレンジに応募された方は一度は考えたであろう話題ですが、我々の場合は、「アウトローな乗換」が話題になりました。
終電後などの変な時間に乗換検索をすると、いつもと違う経路が提示されることがあります。
例えば、「Yahoo!乗換案内」の「終電後検索」、「NAVITIME」の「終電後に帰れるルート」などを使ってみると、なるべく自宅の近くまで電車で行って、その駅から頑張って歩く経路を提示してもらえます。「意外とこの駅とこの駅は近いのか」ということに気付くこともあります。
酔った頭をフル回転させて「この駅からなら家まで歩けるんじゃないか?」「ここまで電車で行けばタクシー代を節約できるのでは?」という試行錯誤をした経験を、皆さんの中にお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
こうした「アウトローな乗換」を考えていると、普段とは異なる地理空間認識をするよね、という話になりました。逆に言えば、普段は鉄道路線に沿って地域を捉えていて、実距離では近いのに別の鉄道路線沿いにあるせいでその近さに気付いていないことが多いのではないか?ということです。
同じような話で話題になったのが、「ループでワープ」の広告です。
これも、鉄道では乗換が多くて行きづらいけれど、気付きにくいだけで実距離では近いエリアを例示して、そこの移動を埋めるものとしてシェアモビリティを提案している一例です。
こうして、「鉄道路線だけに依存した地理空間認識を、ワープ体験で拡張する」ことが、『急がば漕げマップ』のテーマの一つになっていきました。乗換案内という形式ではなく、マップ表現にしたのも、たくさんの発着地の組合せから、意外な経路を発見して地理空間認識を広げていきたいという意図があります。
駅の重力
もう一つ話題に上がった事柄として、「駅の重力」がありました。普通列車しか停まらないような自宅の最寄り駅を使うよりも、列車本数が多く、優等列車が多く停まるような「大きな駅」まで少し歩いた方が早く着く場合があるというメンバーの経験談が始まりです。「重力の大きい駅まで歩け」という乗換案内は、早朝深夜の「アウトロー乗換」以外にもあり得るのではないかと考えました。また、徒歩だと便利になる駅が限られますが、自転車ならもっと色々な駅の組合せがあるのでは?と議論を広げていきました。
こうしたアイデアから、鉄道と自転車を組み合わせた経路探索を実装してみました(路線データや時刻表データを公表していない事業者の分のデータを、メンバーで手分けして力技で自作したのは別の話……)。
どこの道が自転車に人気?
経路探索結果を地図に落とし込み、色々な発着駅を入力して遊ぶうちに、「よく自転車に乗せようとしてくる経路」があることに気付きました。
そこで、大都市交通センサス(令和3年度調査)の鉄道駅OD表を入力してみたところ、「多くの人にとって自転車が鉄道よりもオトクになる経路」が浮かび上がってきました。
これを「自転車利用ポテンシャル」と名づけ、これまで作ってきた経路探索地図を「到達時間マップ」とし、新しく作成した自転車利用ポテンシャルを表示した地図を「サイクルポテンシャルマップ」としました。サイクルポテンシャルマップは、自転車の需要を表示したものなので、図らずも到達時間マップは利用者向け、サイクルポテンシャルマップは事業者・行政向けという差別化もできました。
名前こそ「サイクル」ポテンシャルマップですが、実際は5,6km自転車に乗るのは(ちょっとしたサイクリングなら良いですが)毎日はやりたくないですから、「公共交通」ポテンシャルマップに読み替えることもできます。実際、どこかで聞いた計画鉄道路線の経路が、ポテンシャルマップに表示されているケースもあります。なお、今回はバス路線データを使用していないので、既にたくさんバスが走っているような経路もあります。このあたりが今後の課題です。
『急がば漕げマップ』で見えてくるもの
こうして出来上がった『急がば漕げマップ』で遊んでみると、思いがけない自転車でのワープ例が出てきて、自分自身、地理空間認識の広がりを感じています。
「意外と近くて早い」
この利便性の発見に加えて、もう一つ発見したいことがあります。
「意外とそんなに遠くないから、ちょっとサイクリングしてみようかな」
このような「移動がてらのサイクリング」という発想です。つまり、単純に「早くて便利」という「乗換案内」の視点に加えて、「ちょっとサイクリングができて楽しい」という「探索」の視点で『急がば漕げマップ』を眺めてみるということです。
この探索の際のちょっとしたツールとして、到達時間マップとサイクルポテンシャルマップの自転車の利用設定に「許容する追加時間」を入れています。個人的には、ここがこれらのマップのミソです。鉄道だけで行くのと10分しか変わらないのなら、せっかく天気も良いし、足を伸ばしてサイクリングしてみよう。この辺りにサイクリングロードがあったら楽しくて実は使いやすいのかも?構えず、そんな気楽な気持ちで遊んでみてください。
地理空間認識とは、単なる距離感の話ではありません。その駅の周りにはどんなまちがあり、どんな道があり、どんな景色が広がっているのか……。「地理」とは、人に例えるならその地域の「人となり」も含んでいるのではないでしょうか。
『急がば漕げマップ』が、皆さまのスピーディでちょっと楽しい経路探索の一助となれば幸いです。